願い 2




 長姫が負った熱傷は思ったより酷かったらしく、侍医によるとどうやら痕が残るらしいと
 のことだった。
 わざとだと捲し立てる中の姫と末姫はどうにか宥めて家に帰し、長姫だけはとりあえず痛
 みが引くまでは後宮に留まることになった。
 身の回りの世話のために侍女も一緒に残ったが、1人だけではと後宮の女官を数名彼女の
 部屋に割り当てた。

 破格の扱いは夕鈴の疑いが晴れていない為もあり、事は慎重を要すると後宮内には緘口令
 が布かれた。



「お嬢様はひどく落ち込んでおられます。」
 見舞おうと夕鈴は彼女の部屋まで何度となく足を運んだけれど、全て扉前の侍女によって
 拒否されてしまった。
 長姫も夕鈴がわざと倒したのだと思っているらしい。
 夕鈴よりも妹達の言うことを信じるのは当然のことだと思うし、夕鈴もそれを責めること
 はできない。
「そうですか…」
 今回も見舞いの品だけを侍女に渡して夕鈴は引き下がるしかなかった。







 ―――姫君を心配した陛下が何度も見舞いに訪れているという話を聞いたのは数日後。
 代わりに夕鈴の部屋には訪れない日々が続いた。
 仕事が忙しくなったのもあって、あちらに行くと夕鈴のところに来る時間がないというこ
 とだった。

 それを疑う理由はない。
 本物の妃ならともかく夕鈴は臨時妃だ。
 時間がないなら来ないのは当然のことだと思う。


 …それで胸が痛むのも泣きたくなるのもお門違いだ。

 自分の立場を忘れたわけじゃない。
 あの人の甘い演技に忘れそうになるけれど、私は本当の妃じゃない。

(忘れていないわ。大丈夫……)

 この想いは隠すと決めた。
 だから、"これ"は違うわ。大丈夫。


 何度も言い聞かせて、眠れない夜を夕鈴は耐え続けた。






















 このところ元気がない夕鈴を、侍女達は散歩に行きましょうと誘ってくれた。
 陛下が訪れないからだと思ったらしい。せっかくの気遣いを無碍にするのもなと思ってそ
 れを受け、美しい庭や花を見ているうちに夕鈴は久しぶりに気分が上向く。
 何よりも、落ち込んでいる時の侍女達の気遣いが嬉しかった。

 そうしていつもより長めの散歩の後、夕鈴が休憩をしようと四阿に足を運ぶとそこには先
 客がいた。
 泰家長姫とその侍女だ。彼女達も散歩の休憩中だったのだろう。
 ずいぶん元気そうに見えて、夕鈴は少なからずホッとした。



「…怪我は、もうよろしいのですか?」
 それでも嫌われているのは変わりないのでできるだけ静かに声をかけてみる。
 けれど長姫は夕鈴の姿を見るとさっと立ち上がり、声かけも無視して言ってしまった。
 つき従っていた侍女もおざなりに礼をして彼女について行く。

「―――自分から怪我をさせておいてなんて厚かましい。…さすがは出自不明の妃だわ。」

 去り際の侍女の呟きは独り言にしては大きく、わざと聞こえるように言ったのは明白だ。
 長姫も咎めないところを見るとそれを容認している。
 つまり、夕鈴は長姫より格下だと。そういう意味なのだろう。

「な…ッ!?」
 憤ったのは夕鈴付の侍女達で、反論しようとしたところを夕鈴が制した。
「私は気にしていませんから。」
「ですが…!」
 代わりに怒ってくれる彼女達に夕鈴はありがとうと礼を言う。
「疑いが晴れない限りは仕方のないことです。陛下にも言わないでくださいね。」
「お妃様…」

 この頃の長姫達の態度は目に余ると侍女達は言っていた。
 けれど夕鈴はそれを責められない。

 夕鈴の元には訪れず、彼女の部屋に行く陛下も彼女達が増長する理由だと誰かが言った。
 それは事情があってのことだけれど、傍目にどう見えるか夕鈴にだって分かる。
 だから胸が痛むのだから。






 私が本物のお妃だったら何か言えただろうか。

 …望んでも良かったのだろうか。


 けれど事実は変わらない。私は臨時の花嫁で、期間限定のバイト妃。
 考えても無駄なことに 答えは返らない。



















*




















「目撃者がいない? 夕鈴の侍女達は?」
 李順からの報告を受けて黎翔は思い切り顔を顰める。
「席を外していたということです。あの場にいたのは夕鈴殿、泰家の3姉妹と彼女達の侍
 女のみでした。」
 あの時感じた違和感の正体はこれかと思った。
 人が足りないと思ったのだ。しかし、何故席を外していたのか。
「彼女達から詳しく話を聞いておけ。」
「分かりました。―――それから、泰家から長姫に見舞いの品が届いていますが。」
 またか、と黎翔はため息をつく。
「女官に渡して届けさせろ。」
「陛下に持って行っていただきたいのでは?」
 言いながら李順もいささか呆れ顔だ。
 その意図は分かりやす過ぎて乗ってやるのもそろそろ億劫になってきた。
「……何か勘違いをしていないか。」
「まあ、仕方ないでしょう。長姫殿がいるのは後宮ですからね。」
 会っていれば手が付くとでも考えているのか。
 馬鹿らしいと黎翔はそれを一蹴する。

「―――後宮といえば、浩大から面白い話を聞いたがあれは事実か?」
「…そうですね。早々に調べ上げた方が良いかと思います。」

 これ以上引き延ばすとややこしいことになりそうだというのは2人とも同じ見解だった。
 それに黎翔としては夕鈴にこれ以上会えないのは正直堪える。

「侍医は?」
「それはもう済みました。処分は陛下のお好きなように。」



「…泰家は少しやり過ぎたな。」

 報告書に落とした瞳はどこまでも冷ややかで、李順は久々に背筋を詰めたいものが流れて
 いく気分を味わった。








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2011.9.18. UP



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端折りまくってお送りしています。だって書きたいのはここでないのです。
で、次以降が自分が書きたかったところです☆
 


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