願い 1
      ※ 65000Hitリクエスト、キリ番ゲッタームーミンママ様へ捧げます。
      ※ ちなみに50000企画「明けない夜、覚めない夢」の設定です。(後朝前後時間軸)




「明日はお茶会なんだっけ?」
 寛ぐ黎翔に夕鈴は頷きながら湯呑みを手渡す。
「…はい。失敗しないかヒヤヒヤしてます。」

 明日は後宮に貴族の姫君を招いてのお茶会を催すことになっていた。
 お茶会に参加するのは紅珠と、紅珠の知り合いの姉妹だけとはいえ、夕鈴にとっては久々
 の大きな試練だ。
 紅珠の知り合いなら当然それなりの家柄の姫君達なのだ。失敗は許されない。

 今から気が重いと肩を落として、夕鈴は深い溜め息を漏らした。
「氾紅珠以外を呼ぶのって初めてだよね。」
「はい…本当は遠慮したいなと思ったんですけど……でも断ったら氾家に迷惑がかかると
 いうことで断れなかったんです。」
 断って困るのは紅珠で、そうなると氾家の評判の方にも影響が出てくる。
 それを知ってしまえば人の良い夕鈴が断れるはずがなかった。
「確かに、1人だけを贔屓するのは問題だとか言われたらその通りなんだけど。…で、誰
 だっけ?」
「泰家の3姉妹はご存知ですか? 彼女達と紅珠が琴を通して仲良くなったらしくて…」
 それで、自分達も妃に会いたいと言い出したのだという。
 紅珠もあの性格故にあまり強くは言えなかったらしい。
「ああ、あそこの…」
「何か?」
 不安そうな顔をする彼女に何でもないよと黎翔は優しく笑いかける。

「楽しいお茶会になると良いね。」
 氾紅珠が傍にいるなら大丈夫だろうと、彼女がこれ以上不安に思うことがないように、黎
 翔は何も言わなかった。



















*



















「お初にお目にかかります。」
 真ん中の、1番背が高い女性が挨拶すると、他の2人も一緒に深く頭を垂れる。
 おそらく彼女が泰家長姫、脇の2人が妹なのだろう。多分に漏れず、彼女達もやっぱりか
 なりの美人だった。


「本日はお招きありがとうございます。」
「こちらこそ、来ていただいたことを嬉しく思います。」
 夕鈴がお妃スマイルで応えると、彼女達も笑みで返してくれる。それに内心でこっそり安
 堵した。
 友好的な交友関係を築くために第一印象は大切だ。

「―――あとは、紅珠だけですね。」
 彼女が時間通りに来ないのは珍しいと思って夕鈴は視線を巡らせる。
 すると泰家長姫から、伝えるのを忘れていてすみませんと突然謝られた。
「紅珠様は少し遅れられるそうですわ。先に始めていてくださいと仰っておられました。」
「そうですか…」
 それならば仕方ない。
 けれど、初対面の姫君達といきなり会話なんて緊張する。
 ここに紅珠がいてくれたらかなり安心できるのに。思ったところでどうにもできないのだ
 けれど。
 内心でこっそり気合を入れてから、夕鈴は彼女達を四阿に案内した。






「ここは本当に花がたくさんあるのですね。」
「ええ、奥庭にも咲いていますわ。」
 ボロを出さないかドキドキしながら会話する。
 今のところ場は和やかに進んでいた。
 紅珠はまだ来ていない。

「そういえば、お妃様はお茶をお淹れになるのが大変お上手だとか。」
 手に持った茶器を目にして、ふと長姫がそう漏らした。
 割らないように夕鈴がいつも気を遣っているそれを自然と扱う姿はさすが貴族の姫君だ。

「え、いえ。上手というほどのものでは…」
 聞かれて夕鈴は表面上ではやんわり否定する。…ただし心の内では大慌てだった。
「ですが、いつも陛下に手ずから出しておられるのでしょう?」
「ええ、まあ…」

 正直陛下に請われて淹れているだけで、その腕前は飛び抜けた技術があるというわけでも
 ない。
 きっと噂がどこかで誇張されているのだろう。
 また人の知らないところで何を言っているのかあの人は。今ここにいない彼の人に恨み言
 を呟きたくもなる。
 
「きっとコツがおありなのよ。見てみたいですわ。」
「え…」
 見せられるほどのものは何もないけど… とはとても言えない雰囲気だ。
「ダメですか?」
 末姫に請われて悩む。
 しかし、首を傾げて上目使いで見上げてくるそれは、紅珠と同じで可愛過ぎて強くも言え
 なかった。
「……ダメ、ということはないのですけど。」
 それに、断るとせっかくの楽しいお茶会の雰囲気が崩れてしまう。
 今日の仕事はこのお茶会を恙無く終わらせることなのだ。

「―――あの、準備をお願いできますか?」
 最終的には夕鈴が折れて、後ろに控える侍女にお茶の準備をと申し出た。









 この間にも紅珠が来ないかと思ったけれど、準備はあっという間にできてしまう。
 よく沸かされたお湯もわざわざ風炉で沸かした後に四阿へ運ばれ、卓の上には茶器が並べ
 られた。


「特に変わったことはしておりませんよ。」
 いつもの手順で準備を進めながら、じっと見入る末姫に苦笑いする。
 見て盗んだところで陛下は何も変わらないのになと思った。
 陛下に少しでも近づこうというその気持ちと必死な姿は可愛いんだけど。
「では、美味しくしているのはお妃様の愛情ということでしょうか。」
「あい、じょう…」
 何気ない中の姫の言葉に遅れて真っ赤になると3人に笑われた。


「こちらはどうなさるのですか?」
「ああ、そちらは…」
 末姫に尋ねられて夕鈴が後ろを向く。
 その時視線が沸いた湯から逸れた。

「きゃあ!」

「え!?」
 声にびっくりしてふり返ると、長姫が腕を押さえて蹲っていた。
 その前には倒れた急須。たった今、湯を入れたばかりの。

「ッ 大丈夫で」
「お嬢様!!」
 夕鈴が近づく前に控えていた泰家の侍女が夕鈴を突き飛ばして駆け寄る。
 中の姫と末姫も周りを囲んだので夕鈴はタイミングを逃してしまって立っているしかなく
 なった。
「痛みますか!? どこですか!?」
「左腕のところを…」

「お妃様! なんてことを…!」
 ふり返った中の姫が急に声を荒らげる。
「え…」
 あまりに急なことだったので一体何のことだと思った。
「今わざとお倒しになったでしょう! 私見ましたわ!!」
「!? ちょっと待って、私は何も…」
 身に覚えのないことに夕鈴はびっくりする。
 後ろを向いただけだ。急須をぶつかる場所に置いた覚えもない。
「そんな…っ お姉様の何がお気に召さなかったのですか!?」
 けれど夕鈴の言葉は届かず、末姫も夕鈴を責め始める。

 多勢に無勢で夕鈴は何も言えなくなってしまった。




























 お茶会をしているであろう夕鈴の様子を見に行く途中で黎翔は紅珠と出くわす。

「―――今からか?」
「陛下!」
 彼に気が付くと紅珠はいつものようにさっと控えて礼を取った。
 完璧な礼や仕草はさすがは氾家の姫だ。しかし黎翔が気にしているのはそこではない。
「…今日はお茶会と聞いていたが。」
 報告を受けた時間よりだいぶ遅い。
「はい、泰家の姫君達は少し先に来てらっしゃるはずです。」
 つまり、今夕鈴は泰家の姫君達と1人で応対しているということだ。
 ―――それを知って、途端に嫌な予感がした。


「きゃあ!!」

「「!?」」
 突然聞こえた声に2人で振り返る。
「四阿の方からか…」
「今の声は、泰家の長姫様の…!」
 黎翔も紅珠もハッとして視線を交わすとすぐにそちらに向かった。










「何事だ?」
 黎翔が現れると、夕鈴が焦った様子で駆け寄ってくる。
「陛下! それが、」
「お妃様がわざとお倒しになった急須のお湯でお姉様が熱傷をされたのですわ!」
 夕鈴の言葉を遮って中の姫が訴えた。
 彼女から夕鈴に向けられているのは敵意だ。
「だから、私は…」
「まあ! 責任逃れをなさるおつもりですか!?」
「なっ」
 カッとなって反論しようとした夕鈴の口を黎翔が塞いだ。

「…今は何を言っても無駄だから引いて。分が悪すぎる。」
 耳元で囁くと夕鈴はぐっと堪えて引く。
 どうにもならない状況は彼女も理解していたらしい。


「とにかくすぐに医師を呼べ。」
 その時感じた違和感がなんだったのか、黎翔はこの後知ることになる。






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2011.9.18. UP



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前置きが長くてすみません。書いていたらやたらに長くなってきました…
まさかの4話構成です。気長にお付き合いください。
 


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