※ 75000Hitリクエスト、キリ番ゲッタームーミンママ様へ捧げます。
      ※ ちなみに2人は結婚してる前提の未来話です




『貴方の子が欲しいです。』

 その願いを口にしたのは、正妃になって何年後のことだったか。
 彼は少しの沈黙の後で、「良いよ」と言った。

 国が落ち着くまでは子供は持たない。それは夫婦で決めたこと。
 だから誰に何を言われても気にしなかった。



 "世継ぎを産むのが后の仕事"

 "女が政に首を突っ込むな"

 そんな風に言われても、私は彼の役に立ちたかったから。彼の隣に立つ者でありたかった
 から。
 だから他人の評価は全部無視した。


 他の誰かのことは気にしていない。気にするのはあの人のことだけ。


 ―――私を動かすのは、いつもあの人の言葉。













    私を動かすのは貴方。 1
「顔色が悪い。」 「えっ そうですか?」 陛下に突然覗き込まれて思わず引いてしまった。 扇で隠そうとしたけれど、それは彼の手によって遮られる。 (やっぱり鋭い…) そろそろと視線を逸らしながら、夕鈴はこっそり溜息をついた。 この人に誤魔化しは通用しない。 顔色のことも分かっていたからいつもより濃いめにしてもらったはずなのに。 「診てもらった方が良い。」 心配げに言ってくれる彼に夕鈴は大丈夫だと首を振る。 「いえ、ただ疲れが溜まってるだけですから。」 倒れるほどのものじゃない。 それを聞いてきょとんとした陛下が急に真顔になった。 「…無理をさせすぎたか。」 「ッ そっちの意味じゃありません!」 真っ赤になって叫ぶところりと表情を変えた陛下が笑う。 「もうっ」 夕鈴が怒ると分かっていて、わざとそういうことを言ってからかうのだ、この人は。 「子が欲しいと言ったのは君だ。私はそれに応えているだけだ。」 彼は冗談の延長のつもりで言ったのだろう。 けれどその言葉は夕鈴の胸にちくりとトゲを刺す。 ――――本当は薄々気づいていた。自分の身体のことだから、誰よりも知っているつもり だった。 「…陛下は、子ども欲しいですか?」 「夕鈴?」 戸惑い聞き返す彼の顔をじっと見上げる。 その時の夕鈴は真剣というより必死に見えたかもしれない。 「―――…そうだね。」 …私を動かすのは、いつも貴方。 「そうですよね…」 答えを得て、夕鈴はそっと彼から距離を置いた。 「…?」 ずっと疑問に思っていた。…私は子どもが産めるのか。 1年ほど前に、毒を飲まされ生死を彷徨う事件があった。その後からそんなことを考える ようになったのだ。 解毒薬は強力だがその副作用で産めない身体になるかもしれないと。それは後から教えら れたことだけど。 そして、その証拠が今の状況。 私が願いを打ち明けて、それなりの月日が過ぎたけれど。 …未だ 解任の兆しは見えない。 * 客人が来ているというので四阿に様子を見に来たら、見覚えのない女が夕鈴の隣に座って いた。 「誰だ?」 感じた疑問を黎翔はそのまま口に出す。 夕鈴よりもいくつか年下だろうか。 美人といえばそうなのだろうが、黎翔は特にどうとも思わなかった。 夕鈴にしか興味を持たない自分にはどうでも良いことだ。 「斉大臣のご息女です。」 「初めまして、陛下。」 夕鈴から紹介を受けた彼女は控えめな所作で礼をとる。 父の斉大臣によく似て大人しい性格のようだ。 「……いつの間に知り合ったんだ?」 氾家と柳家が今も隆盛を誇る中で、斉家は家柄は悪くはないがあまり目立つ方ではない。 斉大臣は無理矢理約束を取り付けるような人物でもないし、知り合うきっかけが分からな かった。 「私達趣味が合うのです。」 言った夕鈴が彼女と目を合わせて頷き合って笑う。 「何の?」 ニコニコとそれはもう楽しそうで、内緒にされているのがちょっと悔しいというか。 だから躊躇わず聞いてみた。 彼女のことになると本当に狭量になる。 分かっていても変える気がないくらいには彼女に溺れている自覚もあった。 「秘密です。」 けれど教えてくれなくて、悪戯っぽく夕鈴は笑った。 彼女の可愛い笑顔に騙されて気づかなかった。その裏にあった彼女の決意に。 気づかされたのは数日後、いつものように彼女を部屋に呼んだ夜のこと。 「―――私が呼んだのは夕鈴のはずだが。」 夜着で前に立つ女に不快感を露わにする。 けれど女は涼しい顔を崩さずに、膝を折って拝礼した。 「はい。その夕鈴様の命により、あの方の代わりに参りました。」 あの時見せた顔は演技だったのか。 女性にしておくにはもったいないほど堂々とした態度。 しかし、それは今どうでも良い。 「夕鈴の指示だと? 何の冗談だ。」 彼女の言葉に黎翔はさらに機嫌を悪くする。 「冗談などではございませんわ。私がここにいることがその証明。」 礼を終え、立ち上がった彼女に事実だと告げられても信じられなかった。 夕鈴が望んだというのか? 君しか愛せないこの身で他の女を抱けと? 夕鈴の気持ちが分からない。 …夕鈴、君は一体何を考えている? 「私はお2人の間に割り入ろうとは思っておりません。私がここにいるのはただ、陛下の 子を為すため。」 斉家の娘は淡々と事実のみを述べる。 さらに彼女は産まれた子は夕鈴の養子として育てられるというところまで決まっているの だと言った。 「お前はそれでも良いのか。」 「……涙を流して私に頼まれたあの方の憂いを、少しでも軽くして差し上げたかったので す。」 夕鈴のことを言う時だけ、少しだけ彼女は表情を変えた。 痛ましげに眉を寄せるのは彼女を慕う故か。 彼女が何を思ってこの女を代わりに寄越したのか分からない。 泣いて頼むほどの何があったのか。 夕鈴の中で何か葛藤があったのだろうことは想像がついた。 ―――だが、そんなもの分かりたくもない。 私に君を裏切れというのか。 「…ふざけるな。」 到底容認できることではなかった。 怒りのままに低く呟いて部屋を出て行く。 女のことなどとうに頭から消えていて、振り返りもしなかった。 「陛下は本当にあの方しか見えておられないのね。」 1人寝所に残された彼女はくすりと笑って静かに呟く。 あの方が泣いて頼むから引き受けたけれど、陛下のお后様への愛はお后様本人が思うより 深かったようだ。 「羨ましい… 私もそんな人に出会いたいものだわ。」 国益よりも1人の女性を選び、楽な道より過酷な道を彼女と共に歩む。 たった1人に捧げられた愛は理想の形だ。 「…さて、戻りましょうか。」 とりあえず、陛下がいなくなったならここにいる理由もない。 借りている部屋に戻ることにする。 拒絶したのは陛下だから、私が何か言われることはないだろう。 肩の荷が下りたと清々しい気分で彼女もまた寝室を後にした。 →2へ 2011.9.21. UP
--------------------------------------------------------------------- 前半夕鈴、後半陛下視点でした。(ラストの斉家の姫視点はオマケで…) 今回はあまり心痛くないです。だって夕鈴が決めたことだし、苛められてるの陛下だし。← では、夕鈴視点で後半スタートです。


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