西からのお客様
      ※ 85000Hitリクエスト、キリ番ゲッターちょこちょこ様へ捧げます。
      ※ 2人は結婚している前提で、「ひみつの姫君うわさの王子」とのコラボです。




 白陽国王宮――――

 陛下が各国の要人と謁見を行う場の、玉座の前には旅装の旅人が3人。
 見慣れない服装やその容姿からしても、この辺りの国の人達ではないらしいことは傍らに
 立つ夕鈴にもすぐに分かった。
 けれど使者と呼ぶにはあまりに彼らは軽装過ぎる。それに普通に立っている彼らは膝を折
 ることもしていない。

 どういった経緯で彼らは王宮に呼ばれたのか。
 狼陛下に敬意を払わない彼らは何者なのだろう。


「…そんな格好をしていると相変わらず王子には見えんな。」
 先に声を発したのは陛下の方だった。
 笑みすら浮かべそうなその声には敵意も警戒も感じられない。

(王子…?)
 目の前の人達にはどうにも不似合いな単語に首を傾げる。
 すると一番前にいた長身の男性が話を止めてふり返り、陛下と視線を合わせた。

「供をぞろぞろ引き連れていては無駄に時間がかかる。外の様子も分からんしな。」
 長い金の髪を後ろで束ねたその男性は、切れ長の瞳を真っ直ぐに陛下に向けてくる。
 陛下はそれに笑ったようだった。
「その点については同感だ。―――だが、その強行軍を奥方にも強いたのか?」

(奥方?ってどこに…)

 今度はきょろきょろしてしまう。
 だってどこを見ても目の前には3人しかいないし、どこにも女性は見当たらないし。


「―――大丈夫です。」
 今度は彼の傍らにいた小柄な人物がフードをとって答えた。

 肩を過ぎた黒髪に大きな翡翠色の瞳、女の子のような可愛らしい顔立ちの少年だ。
 声も可愛らしいが、一体何が「大丈夫」なんだろう。

「イジー様は私に合わせていつもより余裕を持って旅程を組んでくださいましたから。」
 そう言って、ふんわりと穏やかに笑む。

(って、え… 女の人!?)
 少年だと思っていたのに、と夕鈴はびっくりしてしまった。

 まじまじと"奥方"の方を見つめる。
 確かに女性と言われれば女性に見えるけれど。
 髪も短いし格好もどう見ても男の子だし、もしかして彼らの国では女性もあんな格好をし
 ているんだろうか。

「ああ、彼女をまだ紹介していなかったな。」
 ぐるぐる考えていると夕鈴の様子に気がついた陛下が手招きする。
 玉座に座ったままで彼は器用に夕鈴の腰を引き寄せて、思わず叫びそうになった夕鈴を笑
 うことで黙らせた。

「―――私の唯一の后、夕鈴だ。」
「…はじめまして。」
 見えないところで腕を外そうとしたけれど外れない。
 仕方ないのでそのまま笑顔を張り付けて挨拶をするしかなかった。
「お初にお目にかかりますわ、お客人様方。」

 もう、これじゃ礼ができないじゃない。
 失礼な后だと思われたらどうするのよッ

「…ああ。」
 それに返された言葉は一言。

(何? 今の「ああ」って!?)
 無表情だから分からない。納得したのか呆れたのか何なのか。
 陛下以上に読めない人だ。


「―――俺はガルニア王国王太子イジー。こっちは妻アルディーナ、後ろにいるのが供の
 ヴィートだ。」
「はじめまして国王陛下、夕鈴様。」
 アルディーナ姫は優雅に腰を折って礼をする。その一瞬だけドレス姿の幻が見えた気がし
 た。

 その仕草を見ると洗練されていて育ちの良さが分かる。
 彼女はきっと、生まれながらのお姫様なのだ。


「夕鈴、彼女を案内してくれないか。いつまでもあの格好は気の毒だ。」
 するりと彼の腕が解かれる。
 そうして見せる為政者の瞳に意図を察して頷いた。
「分かりました。アルディーナ様、こちらへどうぞ。」
「あの、私は気にしませんけど…」
 躊躇いがちに言う控えめな態度は好ましい。
 けれど、今は辞退されても困るので優美な態度で微笑んでみせた。
「あちらも勝手にされると思いますし、こちらも女同士でお話しましょう?」
 遠回しに席を外すように言われただけなのだけど、それを彼女に言う必要はないだろう。

 守られていた頃の自分を思い出す。
 …そこから飛び出したのは自分なのだけど。後悔は微塵もしていないから構わない。

「行ってくると良い。後で行く。」
「はい。」
 王子に背中をぽんと押されて、彼女は少し照れたように嬉しそうに笑う。
 そんな仕草が可愛いなと思った。


 愛し愛される仲は私達と同じ。
 ちらりと自分の夫を振り返ると、彼は優しげな笑みを向けてくれた。
 それに笑みで返してから視線を戻し、姫君が小走りで駆けてくるのを待つ。


 たぶん、彼女とは気が合いそうな気がする。
 それは予想というよりも確信に近かった。



























「まあ! これがそちらの国の衣装なのですね。」
 湯浴みを済ませ着替えてきた彼女に、夕鈴は感嘆の声を上げる。

 ふわふわひらひらの、裾が広がった淡い色をしたドレス。
 夕鈴が知る国のどれでもない不思議なデザインだ。
 でもそれは彼女にとても似合っていて、これならどこをどう見ても深窓の姫君だ。絶対に
 少年には見えない。
 …あの荷物のどこに入っていたのかは謎だけど。

「とってもお美しいですわ。」
「ふふ。先程の格好では男の子にしか見えなかったでしょう?」
「え!? あ、いや…はい… すみません……」
 鋭い指摘に嘘は付けずに謝る。
「気にしないでください。自分でもそう思いますから。」
 彼女はそう言って再度優しげに微笑った。

 ああどうしてこの人を一度でも少年だなんて思ったんだろう。
 どこをどう見たって姫君にしか見えないのに。

「イジー様と初めて会った時があんな格好だったせいか、互いにあれが普通になっている
 んです。」
 初めて会ったとき? あの格好で?
 それがどうして結婚だなんて結果に落ち着くのだろう。
 途端に興味を持って夕鈴は少し身を乗り出す。
「その話、詳しく聞きたいです。」

 すると頷いて彼女は話してくれた。
 見た目からは想像できないほどの、吃驚するような出会いの話を。





「それで、アルディーナ姫はあの方のどういうところを好きになられたんですか?」
 話が終わる頃にはすっかり打ち解けて、互いに口調も態度もだいぶくだけてしまった。
 李順さんに見つかったら怒られるかもしれないけれど、彼女と話していると楽しくてつい
 "后"である自分を忘れてしまいそうになるのだ。

「イジー様は、いつも無愛想で何を考えているのかさっぱりで、だからすぐに誤解されて
 しまうんです。お土産はおかしなものばかりだし、ドレスを新調しても気づいてくれなく
 て。婚礼衣装を見たときは「動きにくそうだな」だったんですよ。」
「…ええと、それ 褒めてるんですよね?」
「はい!」
 にこにこと即答で返事をされた。
 どうやら本気らしい。
 この笑顔がなければ貶しているとしか思えないんだけど。

「―――あの方はローシェンの姫ではなく"私"を見てくださいました。優しい方なんです。
 そして強い方。どんな噂が流れても気になさらず、自分で見たものだけを信じられる方で
 す。」
 そう語る、とても幸せそうな顔。誰にでも分かるほど彼女は本当に彼が好きなのだ。
 それが分かるから夕鈴も温かい気持ちになる。


「王子様とお姫様のラブロマンスかー 良いですね。」
 絵に描いたようなおとぎ話…ではないけれど、王子と姫は正統派だ。
「? 夕鈴様もではないのですか?」
 あれ、と姫に首を傾げられた。
 以前はともかく今は秘密にすることでもないのであっさり白状することにする。
 それに彼女なら、きっと言っても何も変わらないと思ったから。
「あー、実は私 庶民の出なんです。産まれも育ちも下町で、本来は陛下と出会うはずもな
 かったんですけど。」
「どんな出会いをされたんですか?」
 今度はこちらが興味を持たれる。
 初めて会ったはずなのに、互いに隠し事をしようとは思わないのが不思議だ。



 だから、夕鈴も彼女に話すことにした。
 ―――臨時バイトから始まった、不思議な縁の恋話を。



 
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2011.10.17. UP



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切るとこなくて困ったんですけど、さすがに長いのでぶった切りました。
変なところで切ってしまってすみません。というわけで、後半に続きます。
 


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