雷鳴の珍事 2




 やっぱりというか予想通りというか、翌日になっても状況は残念ながら変わっていなかっ
 た。

 しかしそれでも仕事は通常通りにこなさねばならないので、考えた末に人払いをして行う
 ことになった。
 李順以外は入れないようにして他の官吏達は別室で仕事をさせ、取次ぎを李順が一括して
 行う形にする。
 周囲には極秘の案件があるということにして、たまたま居合わせた方淵がそのまま担当を
 という設定になった。


 どれくらいで元に戻るか分からないが、今はそうして乗り切るしかない。

 しかし何日誤魔化せるか… 頭の痛い問題だった。





「―――次を。」
「はい。」
 方淵(in黎翔)が奥の椅子に座り、黎翔(in方淵)が書類を持って立っているのは誰でも見慣
 れない光景だ。
 自分達も自分が目の前にいるのはやはり違和感がある。
 傍で見ている李順もやはり違和感を拭えないらしく視線がたまに合わない。

 3人は微妙な雰囲気で、それでも仕事はいつものペースで捌いていた。


「方淵、ところで夕鈴は元気にしているか?」
 判を押した書類を李順に渡しながら、黎翔は反対側に立つ方淵に尋ねる。

 夕鈴も当然ここには入れないので後宮で留守番だ。
 今頃は突然空いた時間を利用して掃除に精を出しているのだろうか。

 ―――たった一晩会えなかっただけでも随分長い間会えていないような気になる。
 しかも元に戻るまでは会えないとなると気持ちはますます募った。


「…あの方が元気でない姿を見たことはありませんが。」
 思いっきりしかめ面で答えられる。
 どうやらいつも通りの彼女だったようだ。
「そうか。それで昨日はどう過ごした?」
「ある程度の時間が過ぎるまでお茶を飲みました。その時に今後の対策などを。」

 会話のあまりの色気無さに安心した。
 …あったらただじゃ済まない事態になるが。



「陛下の方はいかがでしたか?」
 今度は逆に方淵に尋ねられる。

 昨夜は当然方淵の屋敷に滞在した。
 そこで黎翔が不快な思いをすることはなかったかと、方淵は心配しているようだ。

「特に問題ないな。1人煩いのがいるが、気にはしていない。」
「…あれは放っていただいて結構です。」
 馬鹿ですからと にべもなく切り捨てられた。
 相変わらずだと思う。
 だがその人物自体は黎翔にもどうでも良いことなので、そうかとしか言わなかった。

「―――お前はあまり人を傍に置かんのだな。私としては助かるが。」
 使用人達も必要がなければ傍にいない。
 その距離感は黎翔には気楽だった。
「できることもしないのは馬鹿らしいですから。」
 淡々とした彼らしい答えに笑う。

「まあ居心地は悪くない。」
「…ありがとうございます。」
 畏まる彼に李順が微妙な顔をしたことは、視界の端に追いやって見なかったことにした。

































 その日の午後、黎翔は方淵の姿で宮中を歩き回ってみた。

 ―――普段の自分では感じることができない雰囲気は新鮮だ。

 王の姿では皆の視線を受け平伏され、作った外面しか見れない。
 しかし今は誰もが比較的自然で、こちらの存在を気に留めない者もいる。

 隠されない噂話、緊張を解いた人々の姿。
 普段は見れない別の顔。

(もっと面白いものが見れるかもしれない…)
 ふとそう思って、好奇心から行動範囲を広めてみた。




(あ―――…)

 そろそろ帰ろうかとたまたま巡らせた視線の先、遠くに夕鈴の姿を見つける。
 その隣には、彼女の夫。…今は方淵が中にいるが。

 どうやら夫婦演技中らしい。
 寄り添って立ち、にこにこと笑顔で夫を見上げる妃。

 演技であれば普通だ。
 あれくらいならいつも通りの光景。


 さらに彼女は屈むように手招きをして、彼の耳元で何かを囁く。
 夕鈴が首に手を回すと、彼は背と足に腕を回して彼女を抱き上げた。

(………私との時より積極的に見えるのは気のせいか?)
 いつもなら近づくとすぐに真っ赤になるくせに。

 何だか心が落ち着かない。
 胃の奥がちりちりと焼けるような感覚がする。

 …、今ここで、夕鈴の隣にいるあの男を引き裂きたいと思う。


「夕、鈴…」
 口の中で小さく転がした名前は、喉に張り付いて上手く声にならなかった。


 …喉が渇く。
 心が、君に飢える。


 その時、ふと顔を上げた彼女と目が合って、――――逸らされた。

「……ッ」
 口の端で鈍い音がして口内に生温い味が広がる。
 握りしめた手は色を失くして爪が手のひらに食い込んでいた。


 この程度で胸を痛めるなんてどうかしている。
 彼女は演技中なだけだ。

 だが、それでは済まされない感情が胸中に渦巻いてぐちゃぐちゃになる。


 声を聞きたい。
 君に、触れたい。

 彼女に触れて良いのは、私だけだ――――


 角に消えていく2人の姿は、それからしばらく経っても目に焼き付いて離れなかった。







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2011.11.19. UP



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2は陛下視点です。

絵的には非常に不思議な光景だと思うんですが、小説だとあまり分かりませんね。
李順さんの心中はものすごく複雑だと思うんですが(笑)

そして陛下、2日目にしてもう夕鈴不足。
でもそれ、方淵の身体ですから。気遣ってあげてください…(汗)

えっと、もう少し続きます。すみません。
 


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