その事件は、雷が激しい午後に起きた。 雲が重く垂れ込めた空は薄暗く、雨は強く屋根を打ちつける。 時折鈍色の隙間が明るく光り、直後に空を裂くような大きな音が鳴り響く。 近く、遠く、小さく、大きく、、 それでも一日は変わらず流れていく。 ――――はずだった。 「…おや。」 「あら、」 政務室の入口の前で夕鈴と李順がばったり出会う。 彼の手にはいくつもの書簡。仕事はまだまだ終わらなさそうだ。 …まあ、だから夕鈴の方が呼ばれたのだけれど。 「今からですか?」 「はい。お仕事ご苦労様です。」 人前なので互いににっこりと笑顔を張り付けてみる。 気品がないとか優雅さが足りないとか後で怒られるのも嫌だし、夕鈴は精一杯気合いを入 れた。 「陛下は中ですか?」 「ええ、今は」 ピカッ 「…ッ!?」 目が眩むほどの光に一瞬前が見えなくなる。 ドカン!! 『!!?』 同時に地面が揺れるような音が響いて、心臓にずしんと衝撃がきた。 「な、なに!?」 耳も痛くて思わず押さえつつ、何事かと辺りを見渡す。 周囲も同じだったようで、目が合った上司も他と同じく目を丸くしていた。 ―――そうしてちらりと向く方向は同じ。 耳が痛い方向というか… 「今の、政務室から…?」 嫌な予感がする。 「まさか、落ちた…とか…?」 呟き、顔を見合わせ青くなる。 「陛下!」 書簡を捨てる勢いで李順が先に駆け込む。 「貴女達はここで待っていて!」 夕鈴も侍女に言い置いて、続けて中へ続いた。 「陛下!?」 李順が倒れた陛下を助け起こしている。 状況は良くない方だったらしい。 「陛下…ッ」 夕鈴も急いでそこへ駆け寄ろうとして、―――その近くに倒れるもう1人に気が付いた。 「っ方淵殿!?」 彼は夕鈴が手を出す前に頭を振って起き上がる。 何かを探して彷徨った目が、夕鈴とぴったり合った。 「…夕鈴?」 「え?」 同時に陛下の方も意識が回復した様子で、支える李順の方を見る。 「李順、殿…」 「は?」 そして同じ目の高さで陛下と方淵が目を合わせる。 「「何故私が目の前にいる?」」 「ええっ!?」 なんだかとんでもないことが起こっている… 空気が止まったその場で、とりあえずそれだけは分かった…気がした。 外の侍女達には大丈夫だと言い置いて、夕鈴は政務室へ戻ってくる。 誰も中に入れないようにと彼女達に言付けもしておいたから、誰かが入ってくる心配はな いはずだ。 「…つまり、陛下が方淵殿で方淵殿が陛下だと?」 奥では李順が2人に話を聞いているところだった。 今の、何だかすごく不思議な言葉だった気がするけれど… 聞き間違いだったら良いなと、無駄に現実逃避してみる。 「そうなるな。」 「間違いありません。」 願いは虚しく肯定されてしまった。 ふざけて冗談を言う人達でもないので、それは事実で間違いないのだろう。 「一体どうしてこんなことに…」 状況に李順が頭を抱え込む。 その気持ちは分からないでもない。 「確か…雷が強くなったからと、方淵が私の後ろの窓を閉めようとして、」 「そうしたら、突然目の前が光って―――…」 2人ともその後のことは覚えていないとのことだった。 雷の衝撃で意識が入れ替わったとか… あり得ない現実だけれど、受け入れるしかないようだ。 夕鈴の横で李順が重苦しい溜め息をついた。 「事が公になれば混乱を招きます。」 「…とりあえずここだけの秘密にしておいた方が無難か。」 陛下(姿は方淵)の言葉に全員が同意する。 多大な違和感を残しつつ、4人だけの秘密は雷鳴の下で隠された。 夜には雨も雷も止んでいた。 後宮にもいつもの夜が降りて、女官が"陛下"の来訪を告げる。 (来た…!) 人知れずこっそり気合いを入れてから、夕鈴は"彼"を満面の笑顔で出迎えた。 「お帰りなさいませ。」 夕鈴はいつも通りだ。ただそれに相手が一瞬躊躇う気配をみせる。 無理もないと夕鈴は思うけれど。 「…ああ。」 それが彼の精一杯の返しなのも理解はできた。 けれど、いつもと違う素っ気なく見える態度に 周りは戸惑いを隠せずにいて。 「…今日はお疲れなのですね。」 それに夕鈴はにっこりと微笑んで、彼には屈むように目で指示する。 (そんな不機嫌な顔をしないでくださいよ!) (仕方ないだろう!!) 彼女達に背を向けて2人は小声で小突き合う。 見た目は陛下なのに、中はしっかり方淵だ。 …まあこの人に陛下みたいに振る舞えというのも無理な話か。 (…とにかく人払いをしてくださいッ) この状況では話もしにくい。 不審に思われる前に2人になった方が得策だ。 それは相手も同じだったようで、顔を上げると侍女達の方を振り向いた。 「―――下がれ。」 彼の横で、夕鈴は心持ち寄り添って少し俯く。 甘い言葉を囁かれた後のような、そんな雰囲気を作るために。 夕鈴の様子に安心したのか、彼女達はいつもの笑顔に戻って下がっていった。 「もうっ ばれたらどうするんですか!」 人が去ると彼からぱっと離れる。 いつもの調子になる夕鈴に、相手は声が大きいとぎょっとなった。 「良いのか? 誰かに聞かれたら…」 「陛下は2人きりを好まれますから、呼ぶか大声を出さない限りは大丈夫です。」 言いながら、立ち話もなんだからと席に座るように促す。 彼が少々躊躇いつつも腰かけたのを見てから、夕鈴も卓を挟んで向かい合わせの席に座っ た。 「協力してください。陛下のフリ、やってもらいますからね。」 中身は方淵でも今の彼は誰が見たって陛下だ。 さっきみたいに侍女達に戸惑われて、さらに怪しまれたりしたら困る。 後宮の噂は早く、ばれればあっという間に宮中に広まってしまうだろう。それは非常にま ずい。 「…私に陛下のようにやれと? 貴女に?」 不機嫌そうに彼の眉が寄る。不本意だと顔に書いてあった。 「私だって不本意なのは同じですッ」 失礼な人だと夕鈴も負けじと怒鳴り返す。 政務室の延長の如く、睨み合えばバチッと火花が散った。 顔は陛下なのに不思議だ、夕鈴にはもう方淵にしか見えない。 だからドキドキもしない。 「〜〜〜これは陛下のためですから! もしばれたりしたらお困りになるのは陛下ですよッ !!」 その名が出た途端に相手はぐっと黙る。 本当にこの男に陛下の名前効果は絶大だ。 どれだけ陛下が好きなのか。 「私もできる限りのフォローはします。でも、後宮の決まりには貴方にも従ってもらいま すからね。」 仲良し夫婦演技を今度は方淵(見た目陛下)と… 何だか不思議な気もするけれど。 演技するのは同じだから今までとあまり変わらないかもしれない。 「―――とりあえず、時間潰しにお茶でも飲んで帰って下さい。」 いつも通りということで、お茶の準備はしてあった。 ある程度の時間までこの男と2人で談笑なんてできるはずがない。 お茶で何とか誤魔化すことにする。 そうしてその後の話で、2人とも『陛下のために』という意見は一致するので、今は(不 本意ながら)協力し合おうということになった。 →2へ 2011.11.19. UP --------------------------------------------------------------------- 4人しかいないのにやたらと長いのは、今回行間と場面転換が多いからでしょうか… そんなわけで雷で陛下と方淵が入れ替わってしまいました。 えっと、メカニズムとかまあその辺は曖昧に。 前回がシリアスだったのでこちらは軽い気持ちで読んでください☆ てゆーか、後半の2人は全く色気ないですね(笑) 別名陛下大好き同盟です。今回のキーワードの一つ☆