甘えた子猫 1
      ※ 120000Hitリクエストです。キリ番ゲッターちょこちょこ様に捧げます。




「?」
 庭園の散策中に、何かの鳴き声が聞こえた夕鈴は辺りを見渡す。
 笑い声でも足音でもかき消されそうなほどの小さな声だ。

「お妃様?」
 訝しがる侍女に人差し指を口元に立てることで静かにしてもらい、耳を澄ましてそっと声
 の方へ近づいていく。
 姿は見えないけれど、どうやら声は茂みの中からのようで。


「にゃあ」

 かき分けて覗き込むと、白い猫がそこに蹲っていた。
 乳離れをしているかも分からないくらいの小さい子猫が1匹。
 その猫は顔を上げると、か細い声で夕鈴に向かってもう一度鳴く。

「あら、可愛い。」
 すぐにでも抱き上げて撫でてあげたいくらいだ。
 けれど、その猫が小さく震えていることに気づいた。

「…お母さんは?」
 一応見渡してみたけれど、近くに他の猫がいる様子もない。
「迷子かしら…」
 よく見るとやせ細っているし、とても寒そうに見える。
 抱いて帰ってあたためてあげた方が良さそうだ。
 飼えるかどうかは…後から老師に聞いてみないと分からないけれど。

「…おいで、」
 怖がらせないようにそっと手を伸ばす。
 子猫は動かない。青い硝子のような瞳で見上げているだけ。

「―――え…?」

 柔らかな毛並みに触れるとふわりと浮いた感覚がした。




(あれ……?)

 視界が白に染まったと思った後―――、気が付くと勝手に体が動いていた。
 自分はちゃんとここにいるのに、思うように動かない。
 何かに操られているようにふらふらとどこかに歩いていっている。

(何これ!?)
 あたふたと焦ってみるも、どうにもできない。
 目線は同じ、でも違う意思が働いているみたいで指一本自由に動かせない。



「お妃様??」
 戻ってきた夕鈴が何も言わずに通り過ぎるので侍女達も戸惑ったように声をかけるが応え
 ない。
 慌てて追いかけてくる彼女達に気づいていないのか無視しているのか、夕鈴の身体はただ
 ひたすらに前を向いていた。

(ごめんなさい! 私にも分からないんですッ)
 代わりに夕鈴が必死で謝る。もちろん聞こえないのは分かってるんだけど。


「――――」
 "夕鈴"は、さらにふらふらと人の声がする方に歩いていく。

(ああっ そっちは政務室!)
 一応抵抗してみるけれど、やっぱり無理だった。

 夕鈴の身体を操っている何かが何を考えているかなんて分からない。
 これから何が起こるか想像もつかなくて、夕鈴はとりあえず全てが終わった後の李順さん
 の説教だけは覚悟した。
































「お妃様、ご機嫌麗しゅう―――… お妃様?」
 目が合った官吏達から次々と挨拶されるが、"夕鈴"は入口にぼけっと突っ立ったまま。
 その反応に、今度は皆夕鈴を訝しがる。

(無礼ですみませーんっ でも私にもどうにもできないんですーっ!)

 自分は頭を下げているつもりなのだけど、やっぱり身体は全く動いていない。
 誰の声にも反応することなく、勝手に中に入って奥へと進んでいく。
 さすがに誰も止めることはないが、常と違う妃の様子に視線は集まるばかりだった。



「―――…」
 陛下がいつも執務を行っている部屋に入ったところで"夕鈴"はぴたりと立ち止まる。
 自分の身体を支配するものの視線はある一点をじっと見ていた。

(……水月、さん…?)
 何か気になるところでもあったのだろうか。
 じっと見つめていたかと思うと今度は彼の方に誘われるように寄っていく。

(な、何をする気なのかしら…)
 自分の身体なのにどうにもできない夕鈴は変なことしないでよと祈るしかない。


「お妃様?」
 気づいた水月がふり返る。
 けれどやはり応えるはことなく、"夕鈴"の手が伸びて気になっていただろう"それ"に触れ
 た。

(……三つ編み?)
 薄い色彩の、柔らかで滑らかな髪。
 それを手に持って、触って、手を離す。を、"夕鈴"は数度繰り返した。

「あの… お妃様……?」
 戸惑い躊躇いがちに水月が声を上げる。
 心優しい彼はあからさまな拒絶を示すことはないが、その表情には困惑の色が浮かんでい
 た。
「…私の髪がどうかなさいましたか?」
「なぅ?」
 "夕鈴"が初めて声に応えてきょとんとして見上げ―――、何を思ったか彼の胸に甘えるよ
 うにすり寄る。
「……」
 固まった水月の手からぼとりと書簡が落ちた。


(な、なにしてんのよー!?)
 焦ったのは夕鈴も一緒だ。
 身体は夕鈴の意志の自由にはならないが、目線も感触も同じように感じる。
 そして、周りには夕鈴がそうしているように映るわけで。

 これを周りがどう受け取るか、そして陛下に見られたらどうなるか…
 李順さんに怒られるだけじゃ済みそうにない事態に大いに焦った。


「申し訳ありません… 大変可愛らしいのですが……」
 彼は青い顔でそっと夕鈴の身体を自分から離す。
「これ以上は陛下の御心と私の身が持ちませんので…」


「―――賢明な選択だ。」
 入ってきた陛下の冷たい声。そして硬い足音。
 あまりの怒気と冷気に周りも固まる。
 夕鈴も、視界には入らないがその声だけでヒッと声を上げた。…内なる声なので誰にも聞
 こえはしないが。

 それに動じていないのは"夕鈴"だけだ。
 というか、目に入っていないというのが正しいのか。


「……」
 視線が動いて、今度は別の人物の後ろ頭を視界に入れる。
 黒髪がゆらゆらと揺れていて、瞬間夕鈴はマズイと思った。

(ちょ、そこは止めてーッ!!)
 けれど夕鈴の願い虚しく、そこから視線はもう動かない。
 水月から離れた身体は今度はそちらに向かって行った。




 ぎゅう

「!?」
 突然"夕鈴"は背後から彼に抱きつく。―――柳方淵の背中に。

「何なんだ一体!?」
 当たり前というか、ほぼ反射的に力任せに引き剥がされた。

(ちょっと、痛いじゃないの!)
 感触はそのまま夕鈴にも伝わる。つまり、押さえつけられた頭が痛い。
 女相手にも手加減がないのかこの男は。

「にゃう」
 "夕鈴"も痛かったらしく不満げな顔で見上げる。
 今まで夕鈴を睨みつけていた目が、水月と同じく困惑に満ちたものになった。

「お妃…?」
 眉間の皺を怒りとは別のもので寄せて、彼は探るように夕鈴をじっと見る。
「にゃあ」
「は?」


(にゃあ…?)
 そういえばさっきから猫の鳴き声のような声が。
(……猫?)
 思い当たるものがないというわけではないけれど。


「とにかく、離れろ!」
 なおもしがみ付こうと手を伸ばす"夕鈴"を、彼は思い切り突っぱねる。
 …背後の怒気が増しているのだからそれも当然といえば当然なのだろうが。



「―――こんなに可愛らしいのにひどい男だな。」
 そんな攻防戦を繰り広げていると、横から手が伸びてきて夕鈴の頭を撫でた。
「景絽望…」
 方淵は苦々しい声で呼ぶが、同時に夕鈴を押さえつけていた手が緩む。
 "夕鈴"の腕の力も緩み、甘やかしてくれる方へと我が身を向けた。

「こっちにおいで。」
 優しい仕草で彼が撫でると、ゴロゴロと嬉しそうに笑む。
 さらにはもっと撫でてとでもいうようにその手に頭を擦り寄せた。

(恥ずかしい…! てかほんとに一体何なのよ!?)
 周囲の視線が痛い。方淵の睨みも、背後の威圧感もものすごく痛い。

 …何のイジメだこれは。


「――――!」
 側方から飛んできた物を彼は方向故に仕方なく夕鈴から手を離して掴む。
 痺れる手に嘆息してから、絽望はそちらを向いた。

「…陛下、書簡は凶器ではありませんが。」
 材質は紙とはいえ、硬く丸められたものはそれなりに重みもある。
 しかも本気で投げつけられたものが当たれば痛いでは済まないだろう。

「ああ、害虫を駆除するのに適当な物がなくてな。」
 悪びれた様子もなく、陛下はその鋭い瞳で絽望を睨む。
 それで怯まない彼は本当に貴重な存在だ。


「―――冗談はさておき。これ、猫ですね。」
 撫でろと目で訴える"夕鈴"の頭を軽く撫でて、絽望は再び陛下の方に視線を映した。
「猫?」
「なぁう」
「ほら。猫でしょう?」

 もう一つの証拠と、彼は水月の髪を結んでいた布を解いて"夕鈴"の前に翳す。
 ひらひらさせるとじゃれて取ろうと手を伸ばしてきた。
 その仕草はまさに猫。

「…憑いたか。」
「そのようですね。」


(…憑いた?)
 ひょっとして、さっきの白い猫?

 あの子に触れてからおかしくなった。
 あれからあの子の姿は見えない。

 でも、それが分かったからと、夕鈴にはどうしようもなかった。
 だって、その子は夕鈴に何も言ってくれないから…




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2011.12.19. UP



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中途半端ですが長過ぎたのでぶった切ります。
今回は男性陣のそれぞれの反応が面白かったです☆

 


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