父の背中 1
      ※ 310000Hitリクエストです。キリ番ゲッタールシーラ様に捧げます。
      ※ ちなみに2人は結婚してる前提の未来話です。凛翔は10歳くらいです。




 内乱鎮圧、中央政治の粛正。

 即位後、荒れ果てていた内政を瞬く間に立て直し、奸臣達から実権を取り戻した。

 それを成したのが、我らが王、冷酷非情の狼陛下―――



「…って、どういう意味ですか?」
「へ?」
 凛翔の突然の質問に、母は刺繍の手を止める。
 顔を上げ目をぱちくりさせているその様子を見て、質問の意図が伝わっていないことに気
 づいた。少し言葉が足りなかったらしい。
「えっと、今日の講義でも思ったことなんですが…」


 ―――世継ぎとしての教育が始まってそれなりの月日が経ったが、今のところ勉強は楽し
 い。
 じきに嫌になると父からは助言(?)を貰ったが、だったらその前にできる限り詰め込んで
 おこうと思う。

 …そう言ったら、父は何故か苦笑いしていたけれど。



「父上の功績を話す時に皆がそう言うのです。でもいまいちピンとこなくて…」
「あ、そっか。凛翔の前ではそういうところ見せないから仕方ないわよね。」
 納得がいったらしい母は、ついで苦笑いした。
 母にはその意味が理解できるらしい。…誰よりも母に一番甘く優しい父なのに。
 子ども達の前でも遠慮なく母に愛を囁き触れる父しか見ていない自分にとってみれば、
 "冷酷非情"というのがどうも結びつかないのだ。


「―――陛下がお強いのは知っているでしょう?」
 どう説明したものかと母は少し困っているようだった。
 少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。刺繍の布はもう脇によけてあった。
「はい。」
 母の言葉に凛翔は深く頷く。
「鍛錬場にて皆を鍛える父上はとてもお強いです。」


 あれは8つを過ぎた頃。ある秘密を共有してから、父は凛翔を子どもと扱わなくなった。
 そして世継ぎとしての勉学の開始だけでなく、鍛錬場にも凛翔を同行させるようになった
 のだ。
 その際には、時々剣の手ほどきをしてくれたり、他にも様々な武器の使い方を見せてくれ
 たりもしている。
 ちなみに名目上は軍部視察で、そのついでに体を解したいと言って父はよく皆を相手にし
 ていた。

 …李順や浩大に言わせればストレス発散らしいが。受ける側は楽しみにしているらしいの
 で良いんじゃないかと思う。


「でも、冷酷とか非情とか、そんな風には見えません。」
「…ああ、すごく楽しそうなのよね……」
 あまりに遅くなると呼び戻しに来るのはすっかり母の仕事。
 そこで始まるいちゃいちゃも兵達の楽しみだったりする。…凛翔的にはもう見飽きたに近
 いので呆れるだけだが。
「アレは実際見ないと分からないのよね…」


「―――朝議の陛下はバッリバリの狼モードだよ。」
「浩大。」
 今日も彼は気がつけば窓に座っていた。浩大はたいてい屋根の上で警護していて、面白い
 話題になるとこんな風に降りてくるのだ。
「見に行く?」
 浩大はケタケタ笑って言うが、母はそれに渋い顔をする。
「…まだ凛翔には早いわ。」
「そうだね〜 あそこに公子を出したら陛下の意志は決定的。マジでやばいよね。」

 立太子の準備は邪魔が入らないように秘密裏に進められている。
 時期も慎重を要するため、知っているのはごく一部だ。
 しかし凛翔に対して世継ぎ教育が始まっていることはすでに広まっていて、焦っている者
 達もいるという噂も聞く。
 そんな状態では、ただ「見たい」という理由だけで行動するのは軽率と思われた。


「あ、じゃあ1週間ほど後宮から閉め出してみれば? 日増しに機嫌が悪くなるよ。」
 浩大は面白がる態度を崩さず、それに母は呆れかえる。
「…機嫌が悪いのと冷酷非情は違うでしょ。それなら凛翔だって見たことあるし。」
「いちゃいちゃを邪魔されたときとかねー」

 機嫌が悪い父はわりと怖いが、あれは少し違うらしい。



「…よく分かりません。」
 結局答えは出なかった。
 むぅと考え込んでいると、浩大がぽんっと頭を撫でる。
「公子がもう少し大きくなって、政に関わるようになったら嫌でも見れるから。それまで
 待ってても全然遅くないよ。」














*













「凛翔、まだそっちはダメよ。浩大が戻るまで待ちなさい。」
 先に階を降りた凛翔を母がたしなめる。

 最近、立太子に関して不穏な動きがあるとの報告があり、そのため凛翔は1人で行動する
 のを制限されていた。
 たいていは浩大が付いていてくれるのだが、今は母から父への言付けがあって側を離れて
 いる。
 すぐに戻るらしいので、本当は待っていても良かった。

 でも、実のところ凛翔には実感がないのだ。
 護衛がいなくては危険だと言われているが、ここは後宮の庭だからそんなに危険はないと
 思う。


「すぐ戻りますから。鈴花が好きな花があるんです。」
 本当にすぐそこに見えている花だ。たったそこまで行くのに危険などあろうはずもない。

 風邪で寝込んでしまった鈴花の見舞いにちょうど良いと思ったのだ。
 それを聞いて、仕方ないわねといった風に母も降りてきた。



「―――ッ 凛翔!!」
 笑顔だった母の顔が突然厳しくなる。
 戸惑う間もなく腕を引かれ、抱き寄せられた。




「チッ 仕損じたか。」
 知らない声が聞こえた。
 凛翔を抱きしめる母の腕に力がこもり、全身から緊張した気配が伝わってくる。
「……?」
 凛翔には何が起こっているのか分からない。
「母上…?」
 そっと顔を伺うと、いつになく厳しい表情で前を睨みつける母の顔が見えた。
 その視線の先を追い、母の腕の隙間から外を見る。…そこには、昼間には不自然すぎるほ
 どの黒い服を着た男が立っていた。


「…刺客なんて久々ね。」
「―――ああ、ひょっとして俺が1番乗り?」
 低く呟く母とは対照的に、軽い調子で男が言った。
「立太子がそろそろだろうって主が焦ってたから、他の貴族連中も同じことを考えてとっ
 くに送り込んでると思ってた。」
 そう言ってさらに男は笑う。
「俺は運が良い。王后もいなくなれば主はますます取り入りやすくなる。」

 その手には、細身の刃。
 それが狙うのは、自分と母。

「ほんっと どいつもこいつも懲りないわね。焦って自分の首絞めてどーすんのかしら。」
「肝っ玉据わってんなぁ。さすがは狼陛下の花嫁だ。」
 怯えない母の態度が気に入ったようで、男は楽しげにまた笑う。
 母もまた、口角を上げて皮肉げに笑ってみせた。
「可愛くなくてごめんなさいね。昔っから命狙われまくってたおかげで慣れてるの。」
「ハハ。良いね、そういう気が強いとこ。」
 ニヤリと笑いながら、男は上から下まで舐めるように眺め見る。
 冷えた目にぞくりと背筋が冷えた。
「―――服従させたくなる。」
「お断りよ。」
 きっぱりと答えながら、ぎゅうと凛翔を拘束する力が強くなる。
 …その手が僅かに震えていることに、その時気づいた。


「……母上に触れるな。」
 絞り出した声に、男の眉がぴくりとはねる。

(僕が、守らなきゃ。)

 母の腕から抜け出し、腰にあった小振りの剣を抜いて構える。
 これは父が凛翔の年の頃に使っていたものらしく、最初に剣の手ほどきを受けたときに護
 身用にと持たされていた。

「凛翔!?」
「ほぉ。果敢なガキだ。」
 後ろで母は驚いた声を上げ、対峙した男は面白いと笑む。

「お前に俺が殺れるか?」
「……ッ」

 完全に侮られている。
 全身がカッと熱くなって、勢いのままに踏み込んだ。

 この男を一撃でどうにかできるとは思っていない。
 ただ、母から少しでも引き離せればと思った。



「―――甘ぇよ。」
「!?」
 振りかぶる直前に男の姿は消える。
 回り込まれたと気が付いたときには、身体は吹き飛ばされていた。

「ッ」
 背中が痛み、息が詰まる。
 落ちた時に肩も強かに打ち付けたらしく、少し遅れてズキリと重く痛んだ。


「凛翔!」
 母の悲痛な声は遠い。
 黒い影がこちらに近づいてくる気配がして、第一の目的は達成したことを知った。

「…ッ」
 意識が遠のきそうになるのを叱咤して身を起こす。
 拳を握り込むと、乾いた土の感触がした。


「惜しいな。」
 剣先を眼前に突きつけられる。
 自分を見下ろす男の顔にさっきのような笑みは浮かんでいない。同情に近い、憐れみにも
 似たものだった。
「…お前が公子じゃなけりゃここで死ぬこともなかったし、もっと強くなれたのにな。」
「――――…っ」
 飛ばされた時に剣は手を離れ、視界の端に転がっている。
 もう体勢を立て直すこともできず、反撃の手はすでになかった。

 あと少し持ち堪えれば浩大が間に合ったかもしれない。
 だが、おそらく助けは来ない。

(万事休すか…)
 けれど、死を前にしても屈することはしたくなくて、男を正面からぎっと睨む。
 それが公子としての、凛翔の矜持。

「…あの親にしてこの子ありか。本当に惜しい。」
 スッと剣先が1度引く。
「だが、ここまでだ。」


 その時、黒い風が凛翔の脇を吹き抜けていった。




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2012.5.5. UP



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な、長くなりすぎました…!(汗)
申し訳なく思いながら、後半に続きます。
 


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