1.方淵 視点 他人に興味などない。周りの評価にも当然関心などなかった。 私は己に勝つために努力するのみ。 常に最大の力をもって最善を尽くす。それが信念だ。 だから登用試験においても家の力など借りる気はなかった。 私はあの馬鹿とは違う。私は私の力のみで上を目指す。 「今年のトップは柳方淵か珀黎翔だろうな。」 小声のつもりだろうが、それははっきり方淵の耳にも聞こえた。 曲がろうとした廊下の角の少し先で数人の受験者達が話している。 他人に聞かせたくないのなら、もっと人気のない場所で離せば良いだろうに。 まあ、聞こえたからとどうとも思わないが。 登用試験は何日もかかけて行われるのが常だ。 その間も誰とも馴れ合う気はなかったから1人で行動していた。 初めの頃は家の名に惹かれた連中が近づいてきていたが、全て無視していたらそれもなく なった。 まあ、どうでも良いことだが。 「―――あの人達、やる気あるのかな?」 無視しておこうと思ったところで後ろから声がした。 振り返ると、顔と名前だけは知っている相手がそこには立っていて。 「珀黎翔か…」 自分と同じく奴らの噂話に出ていた人物だ。 「君は柳方淵だったよね。」 その返しとして、にこりと裏の読めない顔で微笑まれた。 「ね。僕に負けるなんて、みんな本気出してないのかな。」 「…?」 まるで独り言のように呟いた不可解な言葉に怪訝な顔をする。 「僕が一番やる気ないと思ってたんだけど。」 それには方淵も眉根を寄せる。 聞き捨てならないと思ったのだ。 「だったら何故受けた?」 これが自分とトップを争う男の態度だと思うと許せなかった。 それでも相手はそれを受け流して肩を竦める。 「一度くらい受けとかないと周りがね。それで落ちたらもう言われないでしょ。」 「安心しろ。その心根で受かるはずはない。」 「―――僕もそう願っているよ。」 それが、試験前に交わした唯一の会話だった。 そして、合格者の中にあの男の名前はなかった。 それは当然だと思った。 あれで受かられたら、必死の思いで望んだ奴らが不憫だ。 「なぁ聞いたか?」 そんなことを考えていた時、ふと後ろの会話が耳に入った。 耳をそばだてる気はないが会話は勝手に聞こえてくる。 無視をしようと思ったが、その後聞こえた名前に反応してしまった。 「珀黎翔、殿試すっぽかしたって。」 「!!」 「それで―――」 「珀黎翔!!」 廊下の先にその姿を見つけて、大股で歩み寄る。 呼ばれた彼は立ち止まりこちらを振り返った。 「首席合格 おめでとう。」 挨拶の前にそんな風に言われる。 相変わらずののほほんとした顔に、さらに苛立ちがこみ上げて詰め寄った。 「ッ どういうことだ!? 武官だと!?」 さっき聞いた話だ。 黎翔は殿試をすっぽかし、何故か直後に武官の試験を受けたらしい。 「ああ、うん。」 「理由は何だ!?」 肯定で返されてさらに詰め寄る。胸倉すら掴む勢いで。 「―――簡単に言うとデスクワークが性に合わないから?」 体動かしてる方が楽なんだよね、と。 あっけらかんと答えられて、ぶっちんと何かが切れた。 「ッッ馬鹿か貴様は!!」 「えー」 +++++ 黎翔青年はこの後小一時間ほど説教食らいました(笑) 理由は、半端な気持ちで受けるな、最初からそっち受けてろとかそういう感じかな? 内心的には自分を置いて武官に行ったのが許せないというかそんな。 初めて自分に釣り合うライバルにも成り得そうだったのに。 その黎翔が早々に離脱しちゃったわけですから。本人はそれ無自覚とか萌え。 その後武官としての実力も知り、けれどそれでも門番で居続けようとする黎翔に苛々。 そんな方淵が良いなとか妄想してみたり。 方淵以外は夕鈴バイト編前提の話です。 方淵の場合はこれだけは書いておきたかったのです。 ------------------------------------------------------------------------------- 2.水月 視点 彼のことは少し知っている。 下級貴族の出ながら陛下の覚えがめでたいこと、 柳方淵も彼を気にかけていること、 将軍からの昇級の話を断って、後宮門番を続けていること、 …最近は、真面目に仕事にきていること。 後は知らない。 話したこともほとんどない。 特に興味もないけれど、―――何故か目に入る不思議な存在。 (あ―――…) 回廊の途中、また陛下に呼び出されたらしい彼と偶然出会した。 そういうときの彼は雰囲気ががらりと変わる。 機嫌が悪いのか、血のような色をした鋭い瞳で相手を睨むのだ。 この彼は苦手だ。―――あの方を思い出す。 「何か?」 どうやらじっと見ていたらしく、立ち止まった彼に尋ねられた。 紅い瞳は相変わらず相手を射殺しそうな鋭さだ。 「―――貴方は本来門番に留まるような人ではないと再認識したところです。」 私が彼に関して知っていることはあまり多くない。 知っているのは、ほんの少しの"真実"だけ。 私は人の噂は信じない。 けれど、だからこそ知り得るものがある。 「…放っておいてもらいたいんだけどな。」 ふっと彼の空気が緩んだ。 その困ったような顔に小さく笑って返す。 「無理でしょう。どんなに隠れていても誰かが必ず気づきます。貴方は人の上に立つ人で す。」 あの陛下が「傍に置きたい」と言う。 そして彼は、その実力で周りを黙らせられる。 それだけの力を持つ。 「貴方と陛下はよく似ています。貴方の本質もあの方と同じなのでしょうね。」 「へぇ、どうして?」 水月の言葉に彼の表情が面白いといった風に変わった。 「…理屈では言えませんが、」 彼からすいと視線を逸らして晴れた空を見る。 「世が世なら、貴方は王になっていたのでしょう。」 そしてきっと、あの陛下と同じように国を治められたのだろう、と。 「まさか、」 即座に否定の言葉が返ってきた。 いつもの彼に戻って、彼はくすくすと肩を震わせて笑う。 「それは買いかぶりすぎだよ。」 そうして有り得ないと水月の言葉を一蹴した。 「…僕の世界は1人の少女を中心に回っている。そして僕はそれに満足している。」 それが当たり前だという風に、とても満足そうな顔で、 「だから、それ以上は要らない。」 きっぱり言い切った彼は、それを最後に水月の横を通り過ぎていった。 水月はそこから動かずに、もう一度空を見て、そして彼の背中を追う。 「ですが、陛下は――― 貴方を引きずり出すつもりですよ…」 小さくなる背中を見つめて、呟いた声は届く前に風に溶けて消えた。 +++++ 水月さんとはあまり接点なさそうで… サボり属性は同じですが(笑) 水月さんとか紅珠とか、氾家の人々は噂を鵜呑みにしないイメージです。 きっとネズミさんをいっぱい飼ってるだろうし、確実な情報しか信じなさそうな。 ------------------------------------------------------------------------------- 3.李順 視点 「また黎翔殿を呼び出しておられたのですか。」 投げ捨てられたように転がる剣と満足そうな顔をする陛下を見て李順は溜め息をつく。 彼とはたった今そこですれ違った。 相変わらず不機嫌そうな顔をしていて、目が合うと軽く睨みつけられた。 …慣れているので気にはしないが。 「他に楽しめる相手がいない。」 どいつもこいつも平和ボケだと容赦なく狼陛下は言い捨てる。 その中で、彼の強さは陛下の目に適った。 それからずっと、彼を傍に置こうと画策しておられる。 「早くあれを私の片腕に欲しいものだ。」 陛下は黎翔殿をいたく気に入っている。 その実力もさることながら、自分に怯まないあの性格が良いらしい。 いろいろな意味で稀有な逸材だ。 「…彼は貴方のためには動きそうにありませんが。」 ただ、問題はそこだ。 彼は頑なに門番で居続けようとする。出世する気など微塵もない。 「だろうな。あれを動かせるのはあの娘だけだ。」 「…それで、わざわざ庶民の娘を女官になさったんですか。」 今から半月ほど前のことを思い出して李順は再度呆れた顔をした。 少し前に後宮女官として雇った庶民出身の娘。 彼女は黎翔殿の幼馴染らしい。 その彼女に興味を持って雇うと言い出したのは陛下だ。 そしてその採用が特殊だったため、何故か自分が彼女の上司になっている。 とはいえ、話す機会はほとんどないのだが。 「結果的にあのサボリ魔が毎日真面目に来ているだろう。」 「…それはまあ 確かに。」 確かにあの娘の効果は絶大だった。 いかに早く帰れるか休めるかに力を注いでいた彼が、それをぴたりと止めたのは彼女を雇 いだしてからだ。 「―――それで、あの娘の雇用期間を一週間から一月に延ばし、それからどうなさるおつ もりですか。」 陛下が彼女に利用価値を見いだした。だから彼女はまだ後宮に留まっている。 「延ばしたのは后の願いだ。」 「お気に召すと見越して近くに置かれたのはどなたでしょうね。」 半分呆れを含んだ顔で、陛下の方をちらりと見る。 「…私の側近は優秀だな。」 ニヤリと笑った陛下から、否定の言葉は返ってこなかった。 …頭痛がする。 「巻き込まれた夕鈴殿もお気の毒に…」 自分が何故後宮に呼ばれたのか、全く知らないであろう少女に同情する。 全ては陛下が自分の思うように事を動かすため。それに巻き込まれた気の毒な少女。 「そもそもあの娘こそが元凶だろう。黎翔を縛るのはあの娘だ。」 陛下にはそれが不満らしいが、李順としてはそれの何が悪いのかという気持ちだ。 「本人が望んで縛られているんですから良いのではないですか。」 文官でも武官でも、望むものを得られる彼が後宮の門番などに留まる理由。 ただ1人の少女のために。彼女の傍にいるためだけに。 彼は珀家の跡継ぎではないし、どうしようとも全く問題はないはずだ。 「だがそれでは黎翔は私のものにはならない。」 「陛下…」 相手の意志がどうであれ、陛下は黎翔殿を手に入れるつもりらしい。 その為ならばきっと何であろうと利用する。 「…面倒なことにならないと良いんですが。」 何かが起こることは確実だ。 その時のことを思い、李順はこっそり溜め息をついた。 +++++ 李順さんは夕鈴の上司、という設定はそのままで。 まあ、夕鈴もお妃ではないので姑にはなってないですけど。 狼陛下は何か画策しているようです(笑) ------------------------------------------------------------------------------- 4.浩大 視点 オレは最近真面目に仕事に来ているとある門番の、その正しい理由を知っている数少ない 1人だ。 その彼とは元々世間話をする間柄。最近はとある情報を彼に流す役目も負っている。 見返りは美味い酒。だから文句はない。 今日もネズミを追っ払う傍らで、何か面白いことはないかと王宮中を動き回っていた。 「そう、良かったわ。」 いつものように彼の前に姿を現そうとして、別の声が聞こえたから足を止める。 ちらりと見えたのは女官の後ろ姿。 (おっと、逢い引き現場にはち合わせたかな。) しかし、だからといって踵を返したりしない。 こそっと死角に回り込んで観察を始めた。 「だから安心して良いよだって。」 家族からの伝言を伝えているらしい。 彼の相手は彼の幼馴染の少女。 そういえばここに来てから休み無しだ。1度も家に帰っていない。 そりゃ確かに心配だろうなと思う。 だから彼が伝言役を果たしているのか。 「我が弟ながらほんと良い子に育ったわ。」 「夕鈴の教育の賜物だね。」 涙ぐむほど感動している彼女に彼がにこりと微笑む。 それにぞわっと鳥肌が立ったのは仕方がないこと。 (うわ、何あのカオ…!) あんなの他じゃ絶対見せない。 蕩けるような甘さって、ああいうのを言うんじゃないだろうか。 それをあの男が見せたと言うことに驚いてしまう。 「あ、もう戻らないと。じゃあね、黎翔。伝言ありがとうっ!」 元気に少女はそう言って、自分の職場に帰っていった。 「あの娘のどこがそんなにスキ?」 彼女の姿が完全に消えてから、屋根の上から彼の隣に着地した。 「覗きとは悪趣味だな。」 冷ややかに睨まれて、心外だなと返す。 「いや、あんなど真ん中でいちゃつかれたら誰の目にも入るって。」 彼女は普通の子だ。 可愛い系ではあるし、着飾れば美人になるのも知ってる。 でも、絶世の美女ってわけでもないし、中身は至って普通の子だ。 …ちょっと肝はすわってるけどね。 「夕鈴は可愛いよ。」 「うん、ノロケは良いから。」 ころっと態度を変えた彼に即座にツッコミを入れる。 放っておくとどこまでもベタ褒めるのを聞くのは正直しんどい。 「―――夕鈴は世界に色をくれたんだ。」 過去に思いを馳せているのか、そう言う彼は少しだけ遠い所を見ていた。 「僕が笑えるのは夕鈴のおかげだ。」 彼女のことを話す時、彼の雰囲気は柔らかく変化する。 彼にとっての彼女はそれだけの影響力を持つのだとはっきり分かった。 「強いところも弱いところも、笑顔も涙も守りたい。」 自分の世界は彼女を中心に回っていると言い切るほどだ。 彼の全ては彼女のために。彼女さえいれば他に何も要らないと。 「結局ノロケ聞かされた…」 「絡んできたのはそっちだろう。」 うんざりした顔をすると相手に意地悪く笑われる。 「…そんなに大事なら、手を離さないようにね。」 「当たり前だ。」 そうきっぱりと答えた目の前の男は、獲物を逃がす気のない獣の瞳をしていた。 +++++ 基本、夕鈴以外は本気でどうでも良い黎翔さん(笑) 浩大が横流ししているのは夕鈴の様子です。 浩大はお后様の護衛もやってるので後宮には良く出入りしてます。 →下町編へ 2012.9.3. UP --------------------------------------------------------------------- 遅くなりましたすみません!! こちらは王宮編です。どれも短めに。 いや、観察対象が黎翔だけなのであんまり長くならなくて… 下町は幼馴染3人組ひっくるめて対象なので。 やはり私の場合は人数が話の長さに比例するようです…(汗) 浩大や李順さんは陛下が陛下じゃなかったらいなさそうな気もするけど。 どうしようかと考えて、黎翔の代わりに狼陛下を引き受けた人がいる、という設定で落ち着きました。 時代の流れで黎翔は王にならずに済んで、治世はあっちの世界より10年ほど早く落ち着いた、みたいな。 珀家は実は王族の傍系ではあるんだけど、聡い父親は争いを避けるために閑職にいるって設定です。 (いやだって賢王だったらしいから) 黎翔青年もそれは承知しているので出世する気は元々なかった。 でも周りが放っておかないわけです。陛下とか陛下とか陛下とかが。 夕鈴のためだけに生きていれば満足なのに、彼はそんな周りからの干渉がかなり不満なようです。 あとは、オマケも同時UPしています。 そちらまで幻想民族様に捧げたいと思いますっ! 幻想民族様、素敵キリリクありがとうございました☆