※ 510000Hitリクエストです。キリ番ゲッター氷焔鶯華様に捧げます。
      ※ ちなみに2人は結婚してる前提の未来話です。お子様'sはお年頃ですー




「李順は喜んでくれるかしら。」
 心を浮き立たせながら、鈴花はふふっと楽しげに笑む。

 手にはたくさんの中から、美しく見栄えのするものを選りすぐった花束。
 もちろん、彼の人に渡すためのものだ。
 のんびり花に目を向けられるほど暇な人ではないけれど、視界の端にでも置いておけば少
 しは和むかもしれないと思ったのだ。


「ここからは私一人で大丈夫よ。」
 彼が仕事をする建物の手前で、侍女達にそう告げる。
 建物はもう目と鼻の先、一人でも何の問題もない。
「ですが…」
「王宮の中だもの。心配は要らないわ。」
 それでも心配する彼女達に、鈴花は大丈夫だと笑顔で答えた。

 実際、王宮の中には至る所に警備が付いている。
 滅多なことが起こるはずもなく、今までもそれで平気だった。

 侍女達の心配性は性分のようなもので、いつもこのやりとりが行われている。
 だから、鈴花もいつものように彼女達を先に戻すことにした。


「どうせ忙しいからってすぐに追い返されるもの。先に戻ってお茶の用意をしていて。」


 ―――彼女の姿が確認されたのは、それが最後だった。






 それからしばらく後、あまりに公主の帰りが遅いので侍女達が李順のところに迎えに行っ
 たのだが。

「公主? いえ、今日は来てらっしゃいませんが…」
 そう答えた宰相殿の言葉に侍女達は青ざめた。
 そして、彼に自分達と別れるまでの経緯を説明する。


「―――陛下に報告を。」
 淡々と静かに過ぎるはずだったその日が、それを境に途端に慌ただしくなった。









    囚われの姫君 1
「…つまり、鈴花はここから李順の部屋までのほんの短い間に浚われたのだな。」 冷えた声が場の空気を一段と重くする。 彼らが今いるのは鈴花と侍女達が別れた場所。 李順と侍女達に加えて黎翔と凛翔もそこに集まった。 夕鈴は現在接客中のためこの場には不在。彼女にはまだ詳しい経緯は説明されていない。 「…はい。角の向こうに行かれるまでお見送りしておりました。」 控える侍女は震えながらもしっかりと答える。 彼女達から謝罪の言葉は最初に聞いた。後は邪魔をしないように静かに座している。 十分に自分を責めている彼女達を黎翔の方もこの場で責める気はなく、そうかとだけ返し た。 「分からないのは目的だな… 何故今 この時期に、公主を浚う必要があるんだ?」 凛翔の呟きは全員が思ったことだ。 相手の考えが読めない以上、次の行動が取りづらい。 彼らの中に浚われた以外の選択肢はなかった。 彼女が李順のところに行くのに寄り道をするはずがなく、行き慣れた道で迷子などあるは ずもない。 となると、浚われたというのは簡単に辿り着く結論だった。 「失礼します。」 兵の一人が駆けてきて彼らの前で膝をつく。 李順が促すと彼は花束と耳飾りを差し出した。 「回廊の下に落ちておりました。」 それを見て顔色を変えたのは侍女達。 気づいた凛翔がどうしたのかと尋ねると、彼女達ははらはらと泣き出してしまった。 「それは、公主様が宰相様にとお持ちだった花束ですわ…」 「その耳飾りも、公主様がお付けになっていた物です。」 その後には自分達の不甲斐なさを責める言葉が続く。 強引にでも付いて行けば良かったと、公主を慕う彼女達は己を強く責めた。 「……陛下、動いてもよろしいでしょうか。」 父ではなくそちらの名で呼んだ凛翔の声音は凍えるように冷たいが、その瞳には怒りの炎 が宿っている。 「…私も同じことを考えていたところだ。」 一方の彼の方からも、全身から黒い炎のような揺らめきが立ち上っているように見えた。 「浩大」 「闇朱」 同じ声色が別々の名を呼ぶ。 呼ばれた者は音もなく彼らの前に現れた。 二人の隠密は それぞれの主の前で頭を垂れて命を待つ。 「「見つけ出せ。」」 絶対零度の空気の中、二つの声が重なった。 「りょーかい。大急ぎで探しまっす!」 「仰せのままに、我が君。」 自ら選んだ主への忠誠は絶対だ。 了承した彼らの姿はまたすぐにそこから消えた。 屋根の上を駆ける彼らの視界にまだ不審な者は映らない。 ここらで別行動だと立ち止まった浩大に倣って闇朱も足を止めた。 「しっかし王宮内で公主誘拐なんて、職務怠慢だね。」 こりゃ責任者の首が飛ぶな と、浩大はこめかみを押さえる。 公主に強く出れない侍女達は仕方ないにしても、王宮警備は一体何をしていたんだという 話だ。 今回のことは王宮の警備に穴があったと知らしめてしまった。責任問題の追求は避けられ ない。 「護衛も付けずにほっつき歩いてるあの女も悪いんですよ。」 対して闇朱は見方が少し違っていた。 彼は常に公主への不満を隠さない。今回もそちらが出てしまったようだ。 まあ、それも間違いではないと浩大は苦笑いする。 「相変わらず公主ちゃんに容赦ないね。けど、仕事は真面目にしてくれよ?」 闇朱は浩大の指揮下にはない。 だがその能力は使えないと些か困るのだ。 「しますよ。それが我が君の望みであれば。」 「あー さすがだネ…」 凛翔が鈴花を大切にする限り、彼女が見捨てられることはないのだろう。 そこに闇朱の感情は入らない。見事なまでの忠誠心だ。 自分達とは違う関係性はあんまり理解できないが、仕事に支障はなさそうなので放ってお くことにした。 * ―――浩大とその部下、そして闇朱からの報告は一刻程で集まった。 今回の誘拐騒ぎの犯人は、とある上流貴族の長男坊。 彼の公主への執心ぶりは有名で、思い余っての行動だったのだろうとのこと。 「―――ああ、そういえば縁談の申し入れが何度か来ていたな。」 「あの家、かなりしつこかったですからね。」 もちろん鈴花の元までその話は全く届いていない。 坊ちゃん育ちの馬鹿息子に、可愛い娘(妹)を渡す気など毛頭なかった。 「…実にくだらない理由だ。」 「同感です。」 はた迷惑な恋路の暴走に、二人の怒りは一段と増す。 放り投げた報告書の束がばさりと床に散らばった。 「遠慮は要らないな。」 立ち上がった黎翔は腰の剣に手をやり、その具合を確かめる。 「ええ。二度とそういう気が起こらないようにお灸を据えてやらなくては。」 「ちょっ 陛下ッ 太子!?」 慌てて止める浩大の言葉も聞いてはいない。 二人の足はすでに外へと向かっている。 「―――浩大、李順にも言っておけ。」 目線だけ振り返って言いおくと、彼らはいなくなってしまった。 「あー もう何考えてんだよ あの暴走親子〜〜」 闇朱が陰から追いかけていったから最悪の事態にはならないだろう。 だが、闇朱に二人を止めるまでの力はない。 「公主ちゃーん 無事でいてくれよ〜〜」 そして、唯一止められるであろう最後のストッパーに浩大は切なる望みを託しに行った。 「なっ 何者だ!?」 突然屋敷の前に現れた二人組に門番達は警戒心を露わにする。 明らかに友好的な態度とは程遠いのだから当然だろう。 彼らは門前に立ち塞がり、武器を構えて目の前の不審者と対峙した。 「何者? お前達に名乗る必要など無い。」 少年が冷ややかな視線を返す。 「命が惜しくばそこを開けろ。」 その隣で青年が剣を抜いて相手に向けた。 眼前の急襲者からの威圧感に全身から汗が吹き出る。 しかし、ここで職務放棄をするわけにはいかない。 「こ、この屋敷をどなたの――― !?」 しかし、彼らの意識はそこで途絶えた。 背後に回った闇朱が手刀を後ろ首に叩き込んで沈黙させたのだ。 「怪我人は仕方ないですが死人は出さないでくださいよ。」 仕事熱心で気の毒な門番達を壁際に寄せてやりながら闇朱が願う。 彼が手を出したのも、このままだとこの場で血が流れそうだったからだ。 「善処する。」 「あまりに抵抗されると保証はないが。」 あくまでやる気の二人からは、何とも微妙な言葉が返ってきた。 どうせ雑魚しかいないのに努力目標なのか。 だが、闇朱に言えるのはここまでだ。 「…お願いしますよ。」 もう一度念を押して、闇朱は公主がいる部屋を探しに行くと消えた。 「―――さて、久々に血が騒ぐな。」 「少しは楽しませてくれると良いのですが。」 中からはたくさんの気配を感じる。 殺気立った雰囲気を感じ、彼らはむしろ楽しげに口角を上げた。 おそらく闇朱が中から開けてくれたのだろう。鍵が抜ける音がする。 そしてこちらに向かってくる男達の荒々しい足音も。 ギィと音を立てて門の扉が開いていく。 「凛翔、お前の腕前を見せてもらうぞ。」 「はい。」 二人同時に剣を構える。 明け切れば中に飛び込む準備もできていた。 「―――――…」 二対の紅い瞳が前を見据える。 獣のように鋭いそれが 光を吸い込み怪しく光った。 →2へ 2012.11.9. UP
--------------------------------------------------------------------- 何故か話がどんどん長くなっていったので分けました。 後半、大暴れ父子とブチ切れ鈴花ちゃんです(笑)


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