狼陛下の恋敵?(中)




 珀家と懇意にしている家との食事会の帰り、黎翔はつまらない気分で車内から窓の外を見
 ていた。

 どんな豪華なレストランのフルコースだろうと、夕鈴がいなくては何も面白くない。
 それを再確認しただけの本当につまらない食事だった。
 父親の代わりに来たが、しばらくは行きたくないと思う。

 
(あれは…)
 一瞬見間違いかと思ったが、ちらりと見えた横顔から間違いなく几鍔だと分かった。
 彼はとあるビルの前のガードレールに軽く腰掛けて誰かを待っているようだ。

 信号は赤、車は対向車線を挟んで停車する。

 こんな時間に出歩くのは彼には普通のことなのだろうが、不思議なのはその場所。
 近くに若者が集まるようなものもないのに、こんな所で誰を待っているのだろうか。

 するとちょうど待ち人が出てきたのか、彼の腰が浮いた。
 黎翔の視線もそちらへと向く。

 ―――そして、その人物に目が釘付けになった。


(夕鈴…?)
 彼女の姿を自分が間違えるはずがない。
 2人はその場で少し話してから同じ方向へと向かう。
 そこでちょうど信号が青になり、2人を残して車は逆へと進み出した。

 どうして2人があんな場所で会う必要があるのか。
 そして2人はこれからどこへ行くのか。

 …消えたはずの心の靄が再び重くかかった気がした。





























 その翌日の靴箱にも例の手紙と写真が入れてあった。
 さらには黎翔が去った後の、2人がバイクに乗り込む写真まで。

 差出人の目的は分からないが、とりあえず黎翔の機嫌を急降下させるという効果はあった
 ようだ。

 …面白くないことばかりだ。
 唯一の楽しみは今日の夕鈴のお弁当くらい。

 それを思い出して少しばかり機嫌が戻ったものの、また一気に下げるものが目の前に現れ
 た。


 ―――几鍔が廊下の向こうから歩いてきたのだ。
 挨拶するような間柄でもないので、互いに無視するようにすれ違うが、その際に几鍔が黎
 翔にだけ聞こえる声で囁く。

「…俺はまだお前を認めたわけじゃねぇ。」 

 きっと誰も気づかなかった。
 それは明らかに黎翔に向けての警告。


「……釘を刺された、かな。」

 ―――… 本当に面白くないことばかりだ。












「…美味しくなかったですか?」
 心配そうに見上げてくる夕鈴に、え?と思ってお弁当から顔を上げる。
「いや、すごく美味しいよ。どうして?」
「何か、難しい顔をされていたので…」
 ちょうどさっきの言葉を思い出していたところだったから、無自覚のうちにそんな表情に
 なっていたようだ。
 すぐに安心させるようににこりと笑う。
「仕事のことを考えていただけ。夕鈴は料理上手だよね。」

 夕鈴は庶民弁当だとか言うけれど、本当に美味しい。
 甘い玉子焼、小さく作ったハンバーグ、どれも食べると気分があたたかくなるような気が
 する。
 愛情がこもっていると思えば尚更だ。
 大切に食べていたのに、美味しくてあっという間になくなっていく。

 この時間がずっと続けば良いのにと思う。
 そうしたら何の邪魔も入らずに、2人きりで過ごすことができる。


『…俺はまだお前を認めたわけじゃねぇ。』
 せっかく良い気分だったのに、また思い出してしまった。



「…ねえ夕鈴。昨日、君の姿を見かけたんだけど。バイトはいつもあんなに遅いの?」
 食べる手を休めた夕鈴が顔を上げて首を振る。
「いえ、あそこまで遅くなるのは週2日だけです。でも、そういう日はいつも几鍔が…」
「…へぇ。」
 名前が出た瞬間に周囲の空気が思いっきり下がった。
 そうして自然と出ていたひやりとした声に、彼女の肩がビクリとはねる。
「…素直なのも考えものだ。」
「?」
 彼女は意味が分からないようで、びくびくしながらも不思議そうな顔をしていた。
 確かに彼が言うように彼女は鈍い。
 本当に"フリ"だけでこんな風になると思うのか。


「―――自分の恋人が他の男と一緒にいて平気だと思うのか?」
「え…だって、几鍔ですよ?」
 彼女は意識していなくても、こちらはそういう風に見る。
 どうして彼女はそれに気づかないのだろう。
「私の知らない君を知る…それだけでも許しがたい。」
「〜〜〜〜〜っ!?」
 手を伸ばして触れる直前に、彼女は全速力で逃げてしまった。
 カーテンの影に隠れてガタガタと震える。

「夕鈴?」
 静かに名前を呼べば、顔だけをちらりと覗かせる。
「か、からかわないでくださいよっ」
 いつまで演技だと思っているのだろう。
 そう思いながらも、これ以上は彼女が戻ってこなくなりそうなので止めた。
「ゴメンね。面白くなくてつい意地悪言っちゃった。」
 小犬で言えば、彼女は肩の力を抜いてカーテンから出てくる。


 そうしてこの件から、早急にあの写真の犯人を見つけ出そうと思った。
 これ以上はきっと、自分の感情が持たない気がして。



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2011.4.7. UP (2012.2.10.修正)



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陛下のもやもや〜
ちなみに几鍔のセリフを変えちゃいました。

そんなわけで後編に続きます。



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