狼陛下と夜会(前)




「―――え?」
 渡されたのは一枚のカード。

「お姉様にも是非来ていただきたいのですわ。」
 渡したのは、黒髪の美少女…つまり紅珠。

 とあることがあってから、「お姉様」と慕ってくれるようになった可愛い少女。
 …そう、とっても可愛いのだ。容姿だけではなく性格の方もとても。
 そんな彼女に目をキラキラさせてそんなことを言われたら、無理だなんて言えない。


 だって、彼女の誕生日のパーティーだなんて。
 そんなの断りづらいものの最たるものだ。


「か、考えさせてくれないかしら…」
 だから、今はそう言うのが精一杯だった。
















「氾紅珠の?」
 聞き返されて、夕鈴はこくりと頷く。
「はい。私が行っても良いものなのかなと…」

 どうしようか迷って結局会長に相談することに決めて。
 放課後になって生徒会室を覗きに行ったら、会長は李順さんと2人で仕事中だった。
 招き入れられて席も勧められたけど、バイトがあるからすぐ帰るとそこは断った。

 …それを聞いた時の会長の顔がちょっとだけ残念そうに見えたけど、それは気のせいだと
 思うことにして。


「本人が来て欲しいと言ってるなら構わないと思うけど。夕鈴は行きたいの?」
 夕鈴が渡したカードを眺め見た後で、会長はそう言って夕鈴を見上げてくる。
 真っ直ぐに見つめる瞳に浮かぶのは純粋な疑問で、夕鈴は答えに少し躊躇った。
「……えっと、実は興味あるんです。今までも何人かに誘われたことはあったんですけど
 全部断ってて。でも 紅珠なら、と…」

 ドレスも靴も必要なものがあるなら貸してくれると言われた。
 断る理由がないのもあるけれど、夕鈴も全く興味がないわけでもなくて。


「―――李順。」
 会長がふり返ると、後ろに立っていた李順さんがメガネを押さえて溜め息をつく。
 呼ばれただけで彼には会長が何を言いたいのか分かったらしい。
「…招待状はもらってますよ。行かれますか?」
「当然だ。…―――というわけで夕鈴。ドレスも僕が用意するから心配要らないよ。」
 夕鈴へは小犬の笑顔を向けてくる。

「え?」
「任せて!」

(あ、何だかすごく楽しそう…)
 目が、オモチャを見つけた時の子どもみたいにキラキラしている。
 その後ろにはパタパタと勢いよく振っている尻尾の幻も見えた。

「いや、あの」
「楽しみだね!」

 ―――これは予想外だ。
 けれど、そこまで言われてしまったら、何も言えないのも確かで。

「は…はい…」



 いつの間にか一緒に行くことが決まっていた。






















*






















「くれぐれも恥をかくようなことは慎んで下さい。」
 前に立っている李順さんはたぶんいつものように厳しい表情をしているのだろう。
 それが今見えないのは、―――目を瞑っているからだ。
 良いと言われるまで夕鈴は動けない、目も開けられない。
「は、はい!」
 見えないけれど、とりあえず反射的に背筋を伸ばして返事する。
 そうしたら「動かない!」と怒られて、ごめんなさいとシュンとした。


「―――こんなものでしょうか。」
 ようやく許されて、ゆっくりと目を開ける。
 ……そして、鏡に映った自分に一瞬驚いて固まった。

 自分とは思えないくらい、きらきらした姿がそこにあったから。


 軽く巻いて肩に流れている髪に触れると、甘い花の香が控えめに香る。
 右上には大きな白薔薇の花飾り。後ろ髪は片側に流して緩く結わいてある。
 イヤリングはローズクォーツの薔薇、細い金チェーンに下げられているネックレスのトッ
 プも同じもの。
 立ち上がれば裾がふんわりと少しだけ広がる、珊瑚色の膝丈のドレス。
 慣れないからヒールは少しだけ低いものにしてもらった。

 大きな鏡の前でくるりと回ってみる。
 ―――自分が自分じゃないみたい。


「というか李順さん… その特技は一体何のために……」
 ヘアアレンジもメイクも、そこらの美容師より断然巧い。
 というか、女子力完全敗北だ。
「珀家に仕える身でこれくらいできなくてどうするんですか。」
 さらりと答える辺りがまた怖い。一体何に使うんだろう こんな技。
 …おそるべし 李家。
「どこでそんな技術を学ぶんですか?」
「貴女が知る必要はありません。」
「それは、そうですけど…」
 すごく気になる。
 けれど、会長が待っていると急かされて、謎は解決されないまま追い出された。









「――――――」
 最初目が合った時、会長からは思いきり黙り込まれてしまった。
 じっと見られたまま何も言われない。

「…会長?」
「あ、いや、…何でもないよ。」
 問いかければすぐに笑顔を向けてくれたけれど。
 すぐに目を逸らされてしまって、それから目が合わなくなった。


(…ひょっとして似合わない、とか?)
 李順さんに見送られて出た行きの車の中でもいつもより会話は少なくて、ちょっと…いや
 かなり凹んだ。




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2012.2.5. UP (2012.2.11.修正)



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やっぱり長くなってしまいましたー(汗)
というわけで、後編へ続きます。




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