狼陛下とお返しの日 -昼休み編-




「幸せですわ。」
 夕鈴の前に座った美少女―――つまり紅珠が、にこにこと嬉しそうにそう言った。
「? 何のこと?」
 夕鈴には特に思い当たる節はない。
 デザートのりんごを食べながら夕鈴が尋ねると、彼女はほんのりと頬を赤く染める。
「お姉様とこうして毎日昼食をご一緒できることですわ。」

 ―――そうなのだ。
 黎翔さまが卒業してからお昼は毎日紅珠と一緒に食べている。
 たまにカフェテリアに行くこともあるけれど、たいていは今日みたいに紅珠が夕鈴の教室
 に食べに来ていた。

 夕鈴は楽しいから別に構わない。
 でも、これに関しては1つの心配事があった。


「ねえ、紅珠。クラスの方は良いの?」

 本来、彼女にもお弁当を食べる友達はいるはずだ。
 ほんの半月前まで一緒に食べていた人達が。
 なのに今は毎日夕鈴と一緒。
 それはどうなのだろうと。

「はい。私がお姉様のところに行くと言うと、みんな笑顔で見送ってくれますわ。」
 答える彼女はとても良い笑顔で、思っていたような心配事はなさそうに見えた。

 ―――いじめも心配していたのだ。
 独りだからここに来ているのではないかなんて、そんな風に思って。
 けれどそれは杞憂だったようだ。
 …それに、青慎にもそれとなく聞いてみたけど、普通だと言っていたし。
 まあ、心配が不要だと分かったならそれで良い。

 安心して弁当箱の蓋を閉じ、机の横にかけていた小さな紙袋を取り出して紅珠に差し出し
 た。
「はい、これは紅珠に。今日はホワイトデーだから。」
 薄青の包装紙に白いリボンの箱。その中身はクッキーだ。
 バレンタインには花束とチョコを貰ってしまったから、そのお返しにと。さすがに今回は
 手作りではなくて市販品だけれど。
 それでも夕鈴には珍しく値段は考えず1番気に入ったものを買ったものだった。
 
「ありがとうございます!」
 大きな藍色の瞳をキラキラさせてお礼を言った後、「あ。」と呟いた彼女が今度は桃色の
 小箱を取り出した。
「では、私からも。」
 それを夕鈴にと渡す。
 それには夕鈴もぱちくりと目を瞬かせてしまった。
「…バレンタインのお返しなのに。」
 これでは意味がない気がする。
「深いことは気になさらないで下さい。」
 夕鈴が複雑な心境でいると、紅珠はそう言って笑う。

 いつも彼女はそうだ。
 何かあれば…いや、なくてもこうして夕鈴に贈り物をしたがる。
 彼女はそれが楽しいらしいのだけど、夕鈴としては何だか申し訳ない。
 彼女の好意が嫌なわけではないし、断ると哀しい顔をされてしまうので受け取っているけ
 れど。
 これではいつまでも礼を返しきれない気がする。


「そういえばお姉様、今日の放課後は――――」

『きゃああああああ!』
 言いかけた紅珠の声は廊下で聞こえた複数の奇声に消された。


「!? な、なに??」
 今度はざわざわと廊下の方が騒がしくなる。
 さらにそのざわめきはだんだんと近づいてきて、夕鈴が見つめる先でドアが勢いよく開い
 た。




「夕鈴!」

「ッ黎翔さま!?」
 驚いて思わず夕鈴は立ち上がってしまう。
 …だって、彼がここにいることが本当に信じられなかったから。

 ―――彼は今月頭に卒業したはず。
 前期試験にも難なく合格した彼が何故ここに。

「用事があって学校に来たから会いに来た。」
「…そうですか。」
 用事のついでならまあいいかと思う。
 ちょっとした騒ぎになってしまっているけれど。


「…ところで、何故氾紅珠がここに?」
 遅れて彼は夕鈴と机を向かい合わせにして座っている彼女に気づいたらしい。
 眉を寄せて見下ろす彼に、紅珠はにこりと優美に微笑んだ。
「毎日一緒に食べてますから。」
「…私の代わりは誰かと思っていたが。」
 最初は不機嫌そうにしていたけれど、それが不意にふと和らぐ。

「―――虫除けくらいにはなるか。」
「ふふ、今も目の前に大きな害虫がいますものね。」
「ほぉ… 面白いことを言う。」
 口端を上げて笑んだ彼の…声が心なしか低くなったのは気のせいだろうか。

「……?」
 3月になってもまだ肌寒い日が続いているけれど、それにしても半端なく空気が冷たい気
 がする。
 そもそも教室は空調が効いているはずなのにおかしい。



「………放課後また迎えに来る。」
 紅珠から視線を逸らした彼がくるりと夕鈴を見て言った。
「え、?」
 それに戸惑ったのは夕鈴の方。

 今日の放課後は、バレンタインのお返しにと予約をしてくれたスイーツ店でデートをする
 予定なのだ。
 黎翔さまのオススメだということで夕鈴は楽しみにしていた。

 ただ、今会えるとは思っていなかったので待ち合わせは店の近くの時計台だったのだけれ
 ど。

「そんな、良いです。直接」
「いや、校門で待っている。」
「は、はぁ…」
 彼はそう念を押して、再び紅珠を見る。
 …睨んでいるようにも見えなくはないのだけど。

「なかなか鋭い方ですわね。」
 呟いた紅珠が何を考えているかも、夕鈴にはよく分からなかった。





「やっぱりここか!!」

 再び教室のドアが壊れそうな勢いで開かれる。
 今度も、夕鈴がよく知る相手だった。

「几鍔??」
 彼も同じく前期合格者だ。
 ひょっとして今日は3年生の集まりか何かの日なのだろうとようやく思い至った。


「急にいなくなるんじゃねーよ。探しに行かされる方の身にもなれ。」
 ずかずかと入ってきた几鍔は真っ直ぐ黎翔さまのところまで来て彼の肩を掴む。
「手間かけさせんじゃねぇよ 全く。」
 軽く走ってきたのか几鍔の息は僅かに弾んでいた。

 …几鍔の様子だと、用事のついでじゃなくてその用事を放ってこちらに来たらしい。
 黎翔さまの方は全く気にしていない風だけれど。

「ああ、君が頼まれたのか。」
 どこか納得したように彼は呟いて、分かったと軽く手を挙げた。
「まあ、私に何か言えるのは李順か君くらいか。」
「どうでも良いからさっさと行くぞ。」
 溜め息付きで言ってから、几鍔はすぐに踵を返す。
 たぶん本当に時間がないのだと思う。じゃなきゃ几鍔も場所が分かりきっているなら走っ
 てきたりはしないだろう。

「ほんとーに面倒見が良いねぇ。」
 小犬に戻った彼はのんびりとそんなことを言って、彼の後ろについた。


「じゃあね、夕鈴。放課後に。」
 教室から出る前に、彼は1度振り返って夕鈴に手を振る。
「はいっ」
 反射的に返事をしてしまうと、彼は満足げに微笑んでから几鍔と一緒に行ってしまった。

 やっぱり迎えに来てくれる気らしい。
 急にどうしたのかよく分からないけれど。

 会える時間が早くなるならそれは嬉しいからいいかと思った。



 ―――その放課後の校門前で、彼と紅珠とでまた一悶着あったのは、何となく予測がつい
 ていた出来事。






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2012.3.14. UP (2012.3.26.再録)



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ホワイトデー当日に日記の方にノリと勢いで書いたものです。
紅珠のキャラが…(笑)
あと、兄貴は苦労性ですね…
学パロの陛下と兄貴はけっこう仲良しです〜

後半の放課後編は、書き下ろしです☆




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