一目惚れ -前編-
      ※ 50万企画後日談。ちなみに「運命の日」Wパロです。




 俺の名前は茂部大翔、白陽学園高等部に入学したばかりの1年生だ。
 内部進学が多いこの学園では珍しい高校編入組。
 部活には入ってないけど、サッカーのクラブチームに所属して一応エースをやっている。

 自分で言うのもなんだけど――― 容姿は整っている方だし性格も明るい方だし、スポーツ
 だけでなく頭の方もそこそこ良い。
 もちろん中学ではモテまくったし、高校だってそうなる確信があった。

 そんな風に期待を膨らませ、華やかなスタートを切るはずだった。
 …が、ここで思わぬ展開があった。

 なんと、入学式前日に交通事故に遭い、入院してしまったのだ。
 骨折したのが足ではなく腕だったのは不幸中の幸いだったものの、学校生活は一月遅れて
 スタート。
 勉強はもう進んでるし、サッカーの遅れだって取り戻さなくちゃならない。
 これからどうしようかとちょっとばかり焦っていた、そんな時。


 ―――俺は運命の人に出会ったんだ。









「なぁ!! 学年もクラスも分かんないんだけど、めっっちゃくちゃ可愛い人 誰か知らな
 いか!!?」
 教室のドアを壊す勢いで教室に滑り込み、目を丸くしている友人達に詰め寄る。
 ちなみに、勉強もサッカーもわずかに遅れをとったが、この性格だから友達はすぐできて
 いた。
 特に今目の前にいる3人はいつも連んでいるほど仲の良いメンバーだ。

「突然何言い出してんだよ?」
「だいたい女子だけでも学校にどのくらいいると思ってんだ。」
 生徒の半分だぞと友人達は呆れる。
「しかも美意識って人それぞれで違うしねえ……」
 3人とも熱い俺とは正反対でもどかしくて仕方がない。
 落ち着いてる場合じゃないんだよ!
「ちがーう! ホントにホントにものすっごく可愛いんだ! 見れば分かるんだよ!!」

「……って言われてもねえ…… 誰だと思う?」
 ポテトチップスが広げられた机を囲んで、彼らはこそこそ話し合う。
「可愛いといえば 4組の緑香蘭とか……」
「いや、2組の李桃花もポイント高いぞ。」
「それって単純にお前らのタイプってだけだろ。」
「まあねぇ」
 軽く息を吐きながら、彼らはちらりと大翔の方を見やる。
 "彼女"を見ていない3人との温度差は変わらない。

「ああーっ! 衝撃のあまりボーッとなって身動きとれなかったからっ!!」
 今の俺には後悔しかない。
 何故、あの時動かなかったのか。
 いつものコミュニケーションスキルはどこにいったのか。
 何故、見送ってしまったんだ。

「でも同学年とは限らないんだよね?」
「だいたいその彼女が何だっていうんだ?」
「バーカ。そんなん決まってるだろーが」

「追っかけたら名前と年とID交換したのにっ」
 ちくしょー!と後悔しまくってもすでに遅い。
 分かっているんだが悔しい。


「一目惚れ、だろ」
 1人燃え上がっていた俺は、彼らの言葉を完全に聞いていなかった。


「絶対見つけてやる! 待っててくれっ 俺のマイラバー!!」


















 あの運命の日から一週間が経ち、俺は心底落ち込んでいた。

「1年の女子、全部チェックしたのにいなかった……」
 実際に全クラス回ったし、欠席の子だってチェックした。
 各クラスにいる友達にも協力してもらった。
 なのに、彼女はどこにもいない。

「じゃあ先輩ってことか。」
「でもさ、探して見つけ出したとしてもその彼女に彼氏がいたらどーすんだ?」
「だよね。茂部が一目惚れするくらいってことは、周りが放っておかないと思うんだけど…」
 3人は今日も彼女を捜す俺に付き合ってくれている。本当に良い奴らだ。



「―――――」
 2年の棟に行くかと角を曲がったとき、自分の中の時が止まった。


「ん? どうした?」
 友人達が立ち止まった俺に話しかけてくるが、今の自分はそれどころじゃない。

「いたっ 見つけたっっ! アレだっ 彼女だ!!!」
 ついに見つけた まいらばー!!

「ええっ どれだ?」
「どの娘!?」
「どこにいる!?」
 友人達も大興奮で身を乗り出してくる。

「ホラ あの今、廊下の角曲がってこっちに向かってくる…あの激可愛い あの娘だよ!!」

「「「!?」」」
 その瞬間、3人とも青くなった。そして、完全に引いた。何故だ。







「ま、まさか… 茂部の一目惚れの相手って…… "あの人"か……」
「そりゃそうだ… 確かに可愛いよ、"あの人"なら……」
「でもマズイよ。相手が悪すぎるよ。"あの人"じゃあ……」

 やばい。あの人はやばい。
 3人とも入学式を思い出す。

「っ茂部やめとけ! って、もういねぇ!!」
「うわっ アイツ、"あの人"に突進してってるよ!」
「ああっ もうあんな近くにいっちゃってる…」

 ああ、そういえば、あいつは入学式に出ていなかった。
 あの人のことを知らないのだと今更ながら気づいた。

「今からでも止めに行くか…」
 もう遅い気がするけど…、と。
 彼らはとぼとぼ後を追った。







「あの!」
「え、な、何ですか??」

 かわいいかわいい
 なにこれやばい

 さらさらと流れる栗色の髪をハーフアップにして、制服をきちんと着こなす姿は清楚とい
 うか可憐というか。とにかく可愛い。
 戸惑う声も、上目遣いに見てくる大きな榛色の瞳も、語彙力が馬鹿になってて可愛い以外
 に思いつかない。

 ああ、それよりも彼女が困っている。
 警戒される前に目的を達成しなければ!

「俺、茂部大翔っていいます。一目惚れしました。俺とつきあって下さいっ!!」
「え??」

 その途端にざわざわと騒がしくなる周囲。
 みんな青くなってるのは何故だろう。
 でも彼女しか見えない俺にはそんなの関係ないからと、とりあえず無視することにした。

「それで、良かったら名前とか教えて欲し……」
「ちょっと待って。」
 それまで彼女の右隣にいた女性が2人の間に割り込んできた。

「あなた、新入生? それで最近まで休んでたか何か?」
 つり目がちのこの女性はかなり気が強そうだ。
 探るような目で見られて少しだけ身を引いてしまう。
「え、そうですけど… 何で知ってるんですか?」
「そりゃこの学校でこの娘に手を出そうとすればね……」
 じろじろと上から下まで見られて居心地が悪い。
 品定めでもされてるみたいだなと思った。

 何だろう、この人…
 というか、どういう意味なんだろう…

「多少力不足気味なのは否めないけど…」
「はい?」
 と、睨むように見ていた相手がふと表情を緩めた。
「ま、良いでしょう。合格。チョッカイかけることを許可します。」
 なんと、お許しが出た。
「やった!」
「ええっ!!?」
 俺の喜ぶ声と彼女の驚く声が重なる。
 慌てた様子で彼女はその人を連れて離れてしまった。
 どうやら内緒の話がしたいらしい。







「ちょっ、明玉っ 何許可してるのよ!?」
「あらぁ 夕鈴ったら。女冥利に尽きるじゃないの♪」
 こちらは怒ってるのに、にやにやしている彼女が恨めしい。
「もうっ からかわないで…!」
 向こうは真剣に言ってきたのに、こんなの相手にも失礼だ。

「いいじゃないですか。」
「紅珠までっ」
 ひょっこりと顔を出したのは、超絶美少女―――夕鈴を姉と慕う少女だ。
 中等部にいるはずなのにいつの間に、とはもう言わない。この少女が見た目に反してアグ
 レッシブで神出鬼没なのはいつものことだ。
「こんなストレートにやってくるなんて貴重よ。」
「だいたい… あの人達のせいでお姉様に誰もちょっかいをかけないんですのよ。」
 2人とも何を考えているんだか。
 他人事だと思って面白がるなんて悪趣味だわ。
 ……まあ、紅珠の場合は違う思惑がある気がしなくもないのだけど。






「何話してるんだろ?」
 離れている上に小声で話されているので会話の内容は聞こえない。
 何故か、途中で1人増えてるけど。

「オイッ 茂部!」
 彼女の様子を眺めていたら、友人達にぐっと腕を引かれた。
「何?」
「マズいって! あの人には手を出しちゃダメなんだよ!」
 何故かこちらもヒソヒソ声だ。
 ダメな理由を周りに聞かれたらマズいんだろうか。
「あの人は汀夕鈴さんっていって、2年生。見ての通り可愛いし密かに人気はある人だ。」
「でもな、あの人は……」
「汀夕鈴さん… 2年… 年上かぁ……」
 名前も可愛い。
 学年は一つ上か。甘えたら優しくしてくれそうだなぁ。





「聞いちゃいねえ…」
 違う世界に飛んでしまった友人をどうしようかと悩む。
 しかし、ここでどうにかしなければ大変なことになるのは必至だ。
「茂部? だから、あの人のバックには―――」
「すとーっぷ」
 再び声をかけようとした彼らを止めたのは、汀夕鈴さんのご友人である明玉女史。
 実は、その隣に並ぶ紅珠様とセットで有名だったりする。
「茂部君の御友人達かしら?」
「はっ はい…」
 怖い。笑顔なのに目が笑ってない。
 逃げたいけれど、逃げられないことも知っている。
 この人達には逆らってはいけないと、本能が訴えていた。
「私は彼に夕鈴にチョッカイかけることを許可しました。したがって、余計なことを彼に
 話すことを禁じます。いいですね?」
「「「〜〜っっ」」」
 全員が高速で首を縦に振る。
 それ以外の選択肢など彼らにはない。





「? なんだ??」
 その頃 ようやく茂部の意識が現実に戻ってきた。
 というか、3人とも何故そんなに青ざめているんだろう?
「茂部君。」
 3人と話していた女性がこちらを向いてにっこりと笑う。
 俺の恋心を応援してくれる優しい人なのでへらっと笑い返してみた。
「私達はもう行かなければなりませんので失礼しますけれど、お近付きの印にこれを差し
 あげますわ。」
 その隣にいた美少女が、微笑みながら数枚のカードらしきものを差し出す。
 促されるままに受け取ったそれを見て、俺はものすごい衝撃を受けた。
「こ、これは…!?」
「お姉様の隠し撮り写真ですの。プロフィールも裏に書いておきましたわ。」
「おおっ」

 普段の制服姿に、体育祭なのか体育服。あとは―――ウサ耳メイドだと!?

「紅珠っ な、何渡してるの!」
 夕鈴さんが真っ赤な顔で慌てている。可愛い。
「じゃあまたね、茂部君。」
「はーい! ありがとうございます!!」
 ああ、これをどうしよう。
 もちろん疚しいことになんかは使ったりしないぞ!? そんな夕鈴さんが汚れるようなこ
 とはできないっ
 一日中眺めていたい。片時も手放したくない。あ、生徒手帳に挟んで持っておくか?






「ちょっと、明玉っ紅珠っっ」
 抗議の声を上げる夕鈴のことはスルーして、2人は周りを見渡した。
 当然周りはビクリと固まり静まりかえる。
「今のことを全校内にまわして下さいませ! 茂部大翔に誰も余計な行動をしないように、
 と。」
『は…はいっ!!』
 紅珠のよく通る一声に、一斉に声が上がった。
 そしてばたばたと走り去っていく人々を見ながら、夕鈴は唖然とする。
「紅珠… 完全に掌握してるのね……」
 ここ、高等部なんだけど。貴女はまだ中等部のはずでは?

「浩大さん、貴方もですわ。」
「……へーい。」
 少し離れた窓枠にもたれ掛かっていた青年は、ただ1人 やる気なさそうに返事をした。

















「夕鈴先輩、かあ…」
 俺は今、美少女から受け取った写真を見ながら幸せに浸っていた。
 どの写真も可愛い。
 ウサ耳メイドは時に、恥ずかしがっているところが最高だ。



「なあ… アイツ、あのままにしといていいと思うか?」
 本人には聞こえないところで、友人達はボソボソと話し合っていた。
 まあ、今の状態では目の前で話していても聞こえていないとは思うが。
「やっぱ事情話しといた方がいいんじゃね?」
「でも、紅珠様に口止めされてるし…」

『その通り!!』
 自分達の声をかき消す勢いで、一斉に挙がった声にびっくりする。
 気が付けばクラスの女子達にずらっと並ばれていて、彼らは思わず身を引いた。

「茂部君に事情話したら私達が許さないからね!」
「こんなこともあろうかと監視してねって明玉先輩に言われてたのよ!」
「あ、ちなみに全校内に伝令まわってるから、他で話そうとしてもムダだからね。」
「てゆーか 話しちゃったら全校から総スカンくらうわよ!」

「お前ら…」
 完全に先回りの根回しが終わっていて、彼らはうわぁと引くしかない。
 高等部を掌握している紅珠様も恐ろしいが、女子をここまで従えられる明玉先輩も十分恐
 い。

「だってねぇ? そうすぐに諦められちゃ困るわよねぇ?」
「そうよ。せっかく会えるチャンスなんだもんッ」
「先輩に手を出す奴がいるってことが耳に入れば絶対来てくれるよね?」
「うんうんっ できれば2人とも来てほしいな〜」
「だよねー」
 完全に引いている彼らを後目に女子達はきゃあきゃあと盛り上がる。
 どうやらすでに事態は避けられないらしい。


「…ダメだ…… 全校生徒が敵になってる……」
 彼らももう諦めるしかなかった。
「こうなったら、オレ達にできることは、奴を温かく見守るだけだ……」
「スマン… ふがいないオレ達を許してくれ…」
「だって、"あの人達"を敵に回すのは怖いんだよ…」
 何も知らず幸せそうな友人の未来を思い、彼らは静かに涙した。




後編へ→




2018.1.7. UP 



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いきなりモブ視点で始まってすみません。
そして視点がコロコロ変わるのもすみません… 茂部視点オンリーじゃ書けなかった…orz

時期的には、黎翔さん達が卒業して夕鈴が2年に進級した辺り。
後編は夕鈴視点からです。



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