☆はっぴい・はろうぃん☆(2)




「とりっく・おあ・とりーと」

 老師の部屋に押し入って、早速例の言葉を告げる。
 目を丸くしている老師のことは気にせずに、夕鈴は手のひらを広げて差し出した。

「老師、お菓子をくれないと、いたずらしちゃいますよ。」
 ふふふと仮面の下の目を面白そうに細めて続ける。

 来る途中にも陛下からいろいろと話を聞いた。
 とっても楽しいお祭りだなーと思って、そのうちに気分が高揚してきたのだ。

『あるだろう、老師。出せ。』
 そう言う声の主は、夕鈴からは見えない背後で冷たいオーラを放つ。
 黒の仮面の下から紅い瞳が鋭く睨みつけ、老師の背中がぶるりと震えた。


《なんじゃい。お菓子って・・しかも二人ともそのかっこは、なんじゃ??》
「西の国のお祭りなのですって・・・」
 陛下から聞いたことを老師に楽しげに説明して聞かせる。
 本当に楽しいお祭りなのだということを夕鈴は一生懸命話した。

「お菓子 無いんですか?」
 一通り話し終えた後も、老師の手からお菓子は出てこない。

 楽しみにして来たのに、と。
 しょんぼりと夕鈴が肩を落とせば、後ろのオーラがさらに温度を下げる。

『老師、知ってるぞ。昼間のこと。』
 静かな静かな声に、びくりと老師の肩が跳ね上がる。
『素直に出したほうが・・・身のためだとおもうが・・・』

 オーラの向こうに何かが見える。
 仮面の奥の紅色は刃物のように鋭い。


《年寄りの楽しみを奪いおって・・・》
 そう言って、老師はしぶしぶとくすねたお菓子を返した。








 ・・・・・おかえりなさいませ、陛下、夕鈴様。

 2人が部屋に戻ると、女官長が拱手で出迎えてくれた。
 彼女の後ろには女官達も並んで控えている。全員を見渡して夕鈴も軽く返事を返した。

 ・・・・・いかがでございましたか?
「たくさん、お菓子をくださったわ。」
 柔らかい声音で問う女官長に、夕鈴も笑顔で答える。
「何故かたくさんあって・・・たくさんいただいたの。」
 そうして嬉しそうに、女官長に籠を見せた。


「陛下、」
 ふと何かを考えついたらしい夕鈴が、くるりと 陛下の方を振り返って手持ちの籠を陛下
 に見せる。

 籠の中には色とりどり、大小様々なお菓子。

「二つお菓子を取ってくれませんか?」
『二つだけ?』
「はい、私と陛下の分と。」
 選んでくださいと、さらに籠を彼の前に差し出した。
「三個でも構いません。陛下用に二個でも。・・・私は、一つで良いですから。」
 彼女の笑顔に彼も意図を察したらしい。
 くすりと陛下が笑った。
『私も一個で良い。―――二個か。』
 どれにしようか・・・と、楽しげに指先を籠の上で彷徨わせる。
 どれでも美味しそうな菓子だ。どれを選んでもらっても夕鈴は構わない。
 ただ、陛下が何を好むかに興味があって、軽やかに動く指先を目で追っていた。

『これで良いか、夕鈴。」
 程なくしてそれほど大きくない二つが選ばれる。
 夕鈴はそれに満足げにハイと頷いた。


「では、女官長。」
 再び女官長の方に向き直った夕鈴がにっこりと笑顔を作る。
「とりっくおあとりーとと言ってください。」
 彼女にとっても聞き慣れないであろう言葉に、女官長の表情が珍しく戸惑いの色に変わっ
 た。
 ・・・・・とりっくおあとりーと・・・・ですか?
「はい。どうぞ。」
 こくりと首肯して先を促す。
 籠は夕鈴の前でぷらぷらと揺れている。夕鈴の後ろでは陛下が面白がる風に見ていた。

 ・・・・・とりっくおあとりーと

 望む通りの返答に夕鈴は笑みを深める。
「はい。お菓子ですわ。他の皆さんと分け合って食べてください。」
 そう言って、手に持っていた籠を前へと差し出した。

 ・・・・・夕鈴様、宜しいのですか?
「こんなにあると私たちだけでは、食べきれませんもの。」
 私と陛下の二人だけなら、陛下が選んでくださったあれで十分。
「どうぞ、食べてくださいな。」

 ・・・・・ありがたく、いただきますわ。ありがとうございます。夕鈴様。
 そう言って、女官長は、夕鈴からお菓子がたくさん入った籠を受け取った。




『・・・女官長。』
 ・・・・・済みましてございます。
 陛下が呼ぶと、心得た女官長が頭を下げすぐに返事を返す。
 その返事に軽く頷く彼を夕鈴はきょとんとした目で見ていた。
「・・・・?」
 何の話だろうと夕鈴は首を傾げるが、二人の会話はそれで済んでしまったようで それ以
 上は互いに何も言わない。
 夕鈴に何も伝わらないのは知る必要がないからだろうか。
 それを十分知っているから追求は諦めた。

『今日は、もう良い下がれ』
 ・・・・・かしこまりました。
 女官長が下がって礼を取ると、控えた女官達もそれに倣う。

 ・・・・・夕鈴様、失礼いたします。
「おやすみなさい。女官長。皆さんも」
 静かに下がっていく彼女達が出て行くまで、演技を崩さず二人で見送った。




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時間がなかったので短めに切ってますが。
この後、2人きりの時間が…(笑)

2012.12.9. 再録



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