☆はっぴい・はろうぃん☆(3)




『ふぅ・・・楽しかった。でも、咽喉が渇いちゃった。』
 完全に人が引いてしまうと早速小犬陛下が現われた。
『夕鈴、僕お茶が飲みたいな。』
 ふにゃりと笑み崩れる陛下に、夕鈴はくすりと笑う。
「そうですね。せっかく老師から美味しそうなお菓子をいただきましたし。」

 陛下の手の中にあるお菓子をつつくと、陛下は何故かそれを握り込んだ。
 ・・・渡してくれないと準備ができないのだけど。

『―――夕鈴。お菓子ほとんどあげちゃったけど、ほんとに良かったの?』
 あんなに嬉しそうにしていたのにと。
 窺うように少し屈んでくる、優しい陛下に夕鈴は笑う。
「良いんです。お菓子をもらうあの遊びが楽しかったので。」

 籠いっぱいのお菓子、どれも美味しそうで。
 ・・・でも、今ここにあるのだけで十分と思う気持ちも本当。

(だって、陛下と一緒だったから―――― )

 それが楽しかったから、だからそれだけで十分。
 声に出せない本当の言葉は、そっと胸の奥に隠した。


「今ご用意します。少々お待ちください。」
 陛下からお菓子を受け取ろうとして、「あ」と気がつく。

「その前に、コレ外すの手伝ってくれませんか?」
 夕鈴が指差すのは深いグリーンの仮面。
 もうだいぶ慣れたけれど、視界を少しだけ暗くしているそれだ。
「どうやって取るのかわからないんです。」
 付ける時は侍女に手伝ってもらったから、正直どうなっているのか分からない。
 そう訴えると、良いよと快諾した彼は夕鈴の後ろに回り込んで、しゅるりとますかれいど
 の紐を解いた。

『外したよ。夕鈴。』
 はい、と 渡されたそれを傍近の卓に置く。
 その拍子に仮面の端に飾られた鳥の羽がふぁさりと揺れ動いて落ちた。

「ああ・・・ これで、よく見えます。」
 見慣れた視界に安堵する。
 すると陛下の長い指がするりと頬を掠めていった。
『仮面もいいけど、僕も君のかわいい顔が見れて嬉しい。』
 そのまま流れるような動作で髪をひと房絡め取り、軽くそこに口付けられる。
 物慣れた動きに対応しきれなかった夕鈴の顔は真っ赤に染まった。
「・・・あああぁありがとうございます。」
 思いきり挙動不審に手をバタバタさせる夕鈴に、陛下はくすりと笑って手を離す。
 指に絡みついていた長い髪はどこか名残惜しげに解けて落ちた。

「今、ご用意しますね!」
 途端にぱぱっと距離を取る。
 まだおさまらない動悸を誤魔化して奥に逃げた。










 ぱたぱたと足音が遠ざかる。
 それを見送ってから、黎翔は窓辺に近づき月を見上げた。

 漆黒の空に、冴えた月明かり。
 今夜は、満月だ。

 美しい月明かりで庭木に影が出来ている。
 昼間の太陽が作る濃い影ではなく、どこか儚げな薄い色。

 ―――月を見上げたふりをして、側にいるであろう浩大に話しかけた。


『浩大。そこにいるな。』
 声は返らないが、気配が動いてそれを知る。

 紅い瞳は月を見つめたままで、言葉のみを屋根の上に向けた。

『今夜は、ここはもういい。』
 今宵の夕鈴の警護を解き、代わりに別の命を与えることにする。
『月が明るい。・・・鼠を片付けろ。』

 冴えた月明かりに光る冷たい紅い瞳が、月を見ていた。
 やがて雲が月を隠し、それを見つめて酷薄に笑む。


 こん・・・ここん・・・こん。こん。
 
 どんぐりが、屋根から一個、落ちてき。
 ころころ転がって・・・・ぽつんと庭に影を落とす。

 ―――そのまま、浩大の気配が消えた。












「おませしました・・・・・・あら?」
 いつもの場所に陛下がいなくて視線を巡らせる。

 いつもなら、笑顔で何かしら言ってくれるはずなのに。

 瞬間的に焦燥に駆られるけれど、すぐに窓辺に佇む陛下の後ろ姿を見つけて胸を撫で下ろ
 す。
 無意識に止まっていた足を前に進めて彼のそばに寄った。

「陛下、どうしましたか?」
『いや、月が綺麗だとおもって・・・』
 振り向いた陛下は月の光ように柔らかく笑む。
 可愛い小犬のそれに夕鈴も笑み返して隣に並んだ。










「ほんとう・・・月が綺麗ですね。」
 隣に並んだ夕鈴が月を見上げてほぅと息を吐く。

『ああ・・・綺麗だ(月を見ている君が・・・)』
 月ではなくそんな彼女を見つめて返す。
 月を見ている彼女はそれには気づかない。


 窓辺の優しい光りに照らされた夕鈴
 ほのかな月明かりに顔に照らされて影が出来る

 白い肌は、さらに月光で輝きを増し
 ほんのりと薄紅色した口唇は、弧を描き微笑みを湛える
 はしばみ色の瞳に、月明かりが灯る


 月を見ていた君が、僕を見てくれた。
 金茶の髪が、夜風になびいて、後れ毛が金色に輝いている。
 うっとりとした、潤んだ瞳で、にっこり僕に微笑んだ。

「陛下、月を愛でながらお茶にしましょうか?」




『美味しいね。』
 両手で温かいそれを包み込むように持つ。
 窓辺まで椅子を持ってきて、二つ並べて二人で座った。
 座るともっと月がよく見える。

『夕鈴が入れてくれたお茶が一番美味しいよ。』
「お菓子も、とっても美味しいです。」
 お菓子を少しずつ囓って食べる夕鈴はとても嬉しそうだ。
 大事に大事に・・・というのが見て取れて、そんな可愛い夕鈴に自然と顔は綻ぶ。
『お茶が美味しいから、お菓子も美味しく感じるんだと思うよ。』
「陛下、いくらなんでも、誉めすぎです。」
 照れて俯くそれすらも可愛いなと思った。


 老師からの戦利品の小さな兎のお饅頭。
 なんともいえないつぶらな赤い目の可愛らしい兎だ。

 なんとなく、夕鈴に似てる気がして、これを選んだ。
 ホントに食べたいのは、君なのだけど・・・今は、これで我慢。我慢。

 白い身体にちゃんと耳も顔も焼印で付いている。

 一口食べて驚いた。黄色の黄身餡と思っていたものは、かぼちゃ餡だった。
 しっかり、かぼちゃの味がする。
 不思議な気持ちで、美味しく頂いた。



「・・・・あの、陛下はいつまで仮面をはずさないのですか?」
 お菓子はすっかりお腹の中、月を見上げていた視線をこちらへと移した夕鈴が素朴な疑問
 とばかりに尋ねる。
 彼女の視線は黎翔の目元。黒い仮面は付いたままだ。
「飲み辛くありませんか?」
 彼女が何気なく言ったその言葉に、マスカレードの中の紅い瞳がきらりと光った。

 まさか、兎のお饅頭で君の事を考えていたなんて、君は思わないのだろうな。

 ゆっくりと、黎翔の唇が弧を描く。
 どうして今まで外さなかったか、今から教えてあげるよ。


『とりっくおあとりーと』
 今日だけの呪文をいたずらっこの瞳で告げて、黎翔はにやりと笑った。
『夕鈴、とりっくおあとりーと! お菓子をくれなきゃいたずらするよ?』
「・・・今食べたばかりじゃないですか。」
 何を言っているのかと怪訝な顔をする彼女に さらに笑顔で迫る。

『もっと、お菓子がたべたいな。(君というお菓子が)』
「ええっっ!? ・・・だから、陛下の分を二個とってて言ったのに。」
 今更言われてもと夕鈴がブツブツ言うが気にしない。

(だってわざとだし。)

『夕鈴、とりっくおあとりーと』
 かたん・・・と椅子が軽い音を立てる。
 笑顔のまま立ち上がってゆっくりと夕鈴に近づいた。

「ちょっ・・・ちょっとお待ちください。今ご用意します。」
 迫る黎翔を必死で押し留め、慌てて夕鈴も立ち上がる。
 脇をするりと抜け出した彼女は小走りで裏へお菓子を取りに行った。





 彼女が消えた向こうで何やら物を動かす音がする。

(そんなことをしても無駄なのにね。)
 すでに罠は張った後。
 もう少ししたら夕鈴の声が聞こえてくるはず。

「なんで――― ないっ。無いっ一個も無い。お菓子がなぁ――い!!!」
 案の定、しばらくして彼女の叫び声が聞こえてきた。

 黎翔の口の端が上がったのは彼女には見えない。




「すみません・・・」
 さっきとは対照的にとぼとぼと、夕鈴が申し訳なさそうに戻ってくる。
 黎翔は即座にしょぼんとした顔を作って出迎えた。

『一個も無いの? 夕鈴。』
 彼女にはおそらく垂れた耳と尻尾が見えている。
 うっと唸る姿が目に入った。
「ごめんなさい。陛下。」
 彼女は項垂れながらも、おかしいと首を捻る。
「おかしいですね、ホントに一個も無いんです。」

 ないのは当たり前。
 撤去を命じたのは黎翔なのだから。

 全ては、この"いたずら"のため。

『とりっくおあとりーと』
「っ」
 うるうると潤んだ瞳で、ちょうだいと差し出す両手。
 ううっと葛藤する夕鈴を前にさらに催促してみた。



『夕鈴、お菓子がないんじゃ・・・しかたないよね。』
 ふぅ、と溜め息を残して手を下ろす。
 彼女がホッとしたのを目で確認してから、罠に嵌った兎に告げた。
『気が進まないけど、僕 夕鈴にいたずらするね。』
「え!?」

 彼女の顔から血の気が引いていく。

 だが、残念ながら逃す気はない。


『かわいそうだから、夕鈴に選択権をあげる。』
 夕鈴が固まってしまったのを見て、黎翔は柔らかい声音で告げる。
 小犬を装った狼が、彼女のためと言わんばかりに猶予を与える・・・フリをする。

『1.僕が君にキスをする』
 黎翔の指先が、夕鈴の唇に触れる。

『2.僕が、君が眠るまで子守唄を歌ってあげる・・・・眠るまでね。』
 黎翔が笑むと、夕鈴の肩がビクリと震えた。

『3.寒くなってきたから、君の隣で添い寝してあたためてあげる。』


「〜〜〜〜っ!?」
 僅かに緩んでいた表情は再びガチガチに固まっている。
 その顔色は赤だか青だか、月の光では色まで分からないけれど、


『さあ、夕鈴どれがいい?』






 夕鈴は、くらりと世界が廻った気がした。

 ますかれいどをつけた紅(あか)い瞳のその色が深い紅色(くれないいろ)に。
 知らない瞳の陛下は、まるで唆す悪魔のようだった。


 選択は、限られている。

 ・・・・・夕鈴が選んだ選択は?


 運命はいかに・・・『☆はっぴい・はろうぃん☆』




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私の呟きからこんな素敵なお話を作ってくださいました☆

策士陛下の罠に嵌っちゃった夕鈴です。
これからどうなることやら??

というわけで、次は3つの選択肢に分岐します☆
2万企画のあれみたいな感じですネ。

2012.12.9. 再録



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