『秘色 ーひしょく Tー』




 季節は、年末・・・ そろそろ新しい年の準備に皆が、追われる頃―――


「きゃああ〜〜・・・だめっ・・・・死にそう!!」

 普段は静かなはずの後宮に、狼陛下唯一の妃、夕鈴妃の悲鳴が響き渡った。



『お妃様!?』
 その声に、刺客なのかと、危機感を感じた警備の者が駆けつける。
 狼陛下の唯一の妃に何事かあった場合、厳しく処罰されることだろう。
 陛下の夕鈴妃への寵愛は有名なのだから。
 悲鳴の先―――夕鈴妃の部屋の前には、女官長を筆頭に夕鈴妃付きの数人の女官達がが立っ
 ていた。
 その間にも、絹を裂くような、切迫した妃の声が聞こえている。

『女官長殿、何事か!?』
 彼らが問いつめるが、彼女達は涼しい顔のままで皆一様に頭を下げる。
「警備御苦労様です。ご心配には、及びません。」
「妃のお着替え中です。」
『だが・・・』
 中から聞こえてくる悲鳴は尋常ではないように聞こえるのだ。
 これ以上は陛下の許可が無い限り踏み込めないが、通常ならこんな声を聞けばすぐにでも
 中へ飛び込む。
「少々手間取っておりますが・・・ それゆえの騒ぎですの。」
 それなのに女官達は大丈夫だと言い続ける。
「氾家のご令嬢もご一緒です。」
 さらには氾家ご息女の存在まで示唆して、自分達の主張が正しいのだと言い張った。
「何かありましたら、お呼び致します。」
「お妃様には、何事もありませぬゆえ、ご安心を・・・・」
「ご足労でしたが、お引取りくださいませ。」
 女官達は少しも慌てず、優美に笑みさえ浮かべて彼らに戻るように口々に言う。

『本当に、何事も無いのですね。女官殿。』
「はい、重ねて、お引取りを・・・」
 最後にもう一度確認すると、彼女達は揃えて頷いた。

 女官達の背向こうの妃の部屋から切れ切れに聞こえる妃の悲鳴は気になるが、普段と同じ
 落ち着いた女官達の様子に警備の者たちは一安心して、元の場所へと警備にもどった。



・・・それにしても、着替えに手間取り、悲鳴とは!?
 一体どんな着替えなのか?
 警備の者達は首を傾げながら立ち去っていった。









 話は、・・・・数週間前

 うららかな陽射しの降り注ぐ 後宮の秋の庭でのこと。



『久しぶりね、紅珠。』
 夕鈴が笑顔で出迎えると、彼女もまた花綻ぶ笑みを見せ、大貴族の子女らしく完璧で優雅
 な作法で応える。
 いつ会ってもいつ見ても、紅珠は見惚れるほどの美少女だ。
 女である夕鈴ですらあまりの可愛らしさに胸がドキリと高鳴る時があるくらいに。

「お妃様、お久しぶりにございます。お妃様にお会いできて、わたくし、嬉しゅうござい
 ます。」
 紅珠は、思慕の光揺らめく、美しい瞳で夕鈴に花の笑顔を見せた。
 輝く笑顔が本当に可愛らしい。
 そして夕鈴は何故か、そんな彼女に非常に慕われていた。
 もちろん悪い気はしないのだけど。

「今日は、ご相談事があるとか・・・わたくしで、お役にたてるのでしたら何なりと、ご
 相談ください。」
 微笑んで告げる彼女の言葉は本心からのもの。
 彼女のような存在は夕鈴にとって貴重で有り難かった。
 本当はこんな風に頼ってはいけないのも分かってはいるのだけれど、今回は本当に困って
 いたから。
『実はね、紅珠。困っているのよ、陛下が・・・』

 話は、自然に来年の新春参賀の話題になり、陛下と自分の衣装を決められないという旨を
 彼女に話して聞かせる。

「まあ・・・まあ。」
 紅珠は時折頷きつつ、楽しそうな相談事に瞳を輝かせた。そうして最後ににっこりと笑っ
 てみせる。
「うふふふ・・・・お任せください。お妃様にお似合いのご衣裳、わたくし、ご用意いた
 しますわ。」









 そうした経緯を経て、今現在の、警備兵達が聞きつけた悲鳴へと繋がる。


 (早まったわ・・・・相談する相手を間違えたわね。ヴっ・・・)
 再び息が詰まって悲鳴を上げる。
 身体の中のものが全部口から出てしまうかと思った。

 ぎゅ・・・ぎゅゅう・・・・・とウエストが引き絞られる。
 息も苦しいこの状態。下手すれば意識も遠のきそうだ。

 目を白黒させながら、それでも自ら招いたこの状態を今は甘んじて受け入れざるを得ない。

 紅珠曰く、これはコルセットなる補正下着なのだという。
 呼吸することさえもままならないこの下着は、身体のラインを美しく見せるためには必要
 なのだと力説された。
 全く知識がない夕鈴は、そう言われてしまえば反論も拒絶もできない。

 (・・・・せ・背骨が折れそう・・・・)
 先ほどから女官数人がかりで、紅珠指導の下、夕鈴はコルセットを引き絞られていた。

 下町では経験の無いこの下着「コルセット」に、ついつい音を上げそうになる。
 ・・・しかし陛下のためにも、相談に乗ってくれた紅珠のためにも ここは、耐えねば・・・
 
 (夕鈴、ここは、根性。・・・・めざせ、プロ妃よ。)
 必死で、自分を叱咤激励する。


『・・・・こ・・・紅珠。』

 夕鈴がようやく出せた呼びかけの声は、色とりどりの衣装が洪水のように溢れる隣室にい
 る紅珠の耳には届かず、儚く消えた・・・

 他の女官達と、ああでもない こうでもないと、今から夕鈴に着せる衣装選びに紅珠は、
 ただただ夢中だった。 




→2へ



---------------------------------------------------------------------


今回は、新年のネタでコラボってみました☆
1月6日なのは、この日が『色の日』だからということで。
ベースは毎度のことながらさくらぱんさんです。
私ほとんど何もしてない(笑)


2013.1.14. 再録



BACK