『秘色 ーひしょく Uー』




『・・・・こ・・・紅珠。』
 どうにかこうにか絞り出した彼女を呼ぶ声に、ようやく紅珠が気づいて反応した。

「お呼びに、なりましたか? お妃様。」
 そう言いながら、女官達に囲まれている夕鈴の元へ小首を傾げながら、ゆっくりと戻って
 くる。


『もう・・・紅珠、これ以上締め付けたら、背骨が折れそう。』
 痛みに耐え、弱々しい声で何とか訴える。

 紅珠に気付いてもらえたことで、これでようやくこの責め苦から解放されると夕鈴は心か
 ら安堵した。
 ―――けれど、紅珠はにっこりと、それはそれは可愛らしく微笑んで・・・・・・

「お妃様、もう少しですわ。美とは、努力と忍耐ですわ。」

 夕鈴の耳を疑うようなことを、鈴の鳴るような声で紡いだ。




 ようやく、コルセットなる補正下着を身に着け、紅珠が持ってきた服を試着してみた。

 細やかな細ひだをつけた、繊細な地紋をあしらった柔らかな藤色の薄絹の衣装に、青海の
 鮮やかな雪輪文様の錦織りの袷(あわせ)の衣装。
 雪輪文様には、吉兆紋と四季折々の花々が盛り込まれ、これから迎える寿ぎの一年を思わ
 せる。

 縫い取りは銀糸で、襟ぐりが大きく開放的に、大胆に開けてある。
 新春の式典に相応しい天界の花を模(かたど)った細(こま)やかな宝相華文様が施された銀
 糸の刺繍は精緻で、実に見事なもの。
 職人の確かさが窺がえる銀色に煌めくそれらは、上品に彼女を引き立てていた。


 夕鈴の華奢な鎖骨を惜しげもなく見せる衣装は、補正下着により、盛り上げた胸を魅力的
 に見せるデザイン。
 より女性らしさを強調する―――夕鈴が選ぶことの無いような色っぽい艶のある衣装。
 惜しげもなく見せた透明感のある艶やかな白い肌には、豊かな胸の深い谷間に細く繊細な
 雫のような金剛石を連ねたネックレスが映える。

 夕鈴の、金茶の髪は、いつもと違い輪にして、両耳より高い位置に結い上げており、白い
 可憐な花簪で止めてあった。 
 輪にした金茶の髪に絡ませた金剛石と真珠を交互に連ねた髪飾り・・・・
 耳飾は、金剛石を幾つも幾つも連ねた豪華なもの。
 夕鈴が動くたびに、それらがキラキラと美しく煌めく。

 豊かな胸とは対照的に、細く引き絞られた華奢な腰。
 抱きしめたら、折れそうな細腰に巻かれた五色の腰帯。
 金・銀糸を中心としたi錦の帯。
 中央の大ぶりの美しい架空の花の宝相華の意匠に、対の鳳凰が仲良く向かい合う。
 そして、深い赤の宝相華紋の腰帯が華麗に夕鈴を彩っていた。

 職人の技の結晶のような豪華な衣装と絶え間ない宝飾の煌めきが、繊細で華やかな印象を
 与える。
 まさに《新春の参賀》にふさわしい晴れ着だった。 


 衣装にあわせた化粧は、青の豪華な衣装を引き立てつつも、夕鈴らしさを忘れない。
 可愛らしくも上品に選ばれた、柔らかなローズピンクの口紅が印象的だった。


 女官達に着飾られ、美しく紅珠から贈られた服を着こなした妃の姿は、まるで天界に住む
 という天女のよう。
 紅珠からも、ほぅ・・・と感嘆の溜め息が漏れ出した。

「お妃様、わたくしのお見立てした品をこのように着こなしてくださって、ありがとうご
 ざいます。よくお似合いですわ。お贈りした甲斐がありました。」
 同様に、女官達からも賞賛の眼差しと絶賛の言葉。彼女達からもため息が零れ落ちる。


 ―――そんな、大輪の花のような優雅な外見とは対照的に、夕鈴の内心はそれどころでは
 ないのだけれど。
 ぎゅうぎゅうに締め付けられ、夕鈴は苦しくてしょうがない。

 しかし、周りはそれに気づく様子も見せず、ただ褒め称えるのみ。


「新年の参賀は、私は見ることが出来ませんが、陛下と対のこの衣装で是非新年の参賀に
 着てくださいませ。きっと、素晴らしく美しい一対になること間違いなしですわ。」
 その情景を思い浮かべているのか、紅珠はうっとりとした瞳で夕鈴を見る。
 早く脱ぎたい夕鈴は、とにかくコクコクと頷いておいた。

(い、今すぐ脱ぎたい・・・ッ)
 身動きすらろくに取れない状態で、ひたすらそう願う。
 そうして、この状況から解放して貰うための紅珠からの言葉を待った。


「せっかくのご衣裳、是非陛下にもお見せくださいませ。」
『・・・え。』
 けれど、彼女から返ってきたのは、無情にも真逆の言葉。
 唖然となって、咄嗟に言葉も出てこなかった。

「次にお会いする時に、陛下からのご感想をお聞きしたいと思います。」
『こ、紅珠・・・!?』
 無理だと言いたかった。
 けれど言葉は出てこずに、また、表情から紅珠が読み取ってくれることもなくて。

「楽しみにしておりますわ。」
 紅珠は、夕鈴とそう約束して、笑顔のままで後宮を辞した。 




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SNSではA様のイラスト付きだったのですが、SNS限定なのでここでは無しです。

次回から陛下視点です。
着飾った夕鈴にどんな反応をするのか。
を、楽しみにしてください??


2013.1.14. 再録



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