ある〜中略〜物語(1)
      ※ 紅珠大先生の例のお話の妄想です。




 昨夜から降り続いている雨が2人を濡らす。
 時はまだ夜が明け切らぬ時間。


 少女は軒先で座り込む何かを見つけ―――、そして それが人であると気づく。
 何故こんなところに…? そう思いながら近づくと、相手も人の気配に気が付いたのかゆっ
 くりと顔を上げ、少女とその青年の目が合った。

「…おケガをなさっているのですか?」
 雨の音に消されない程度の声で少女は問いかける。
 不思議に魅入られるその瞳を見つめながら。

 それはまるで、冷たく鋭い眼光を宿す手負いの狼のような―――――…

「……」
 少女の言葉に青年は応えない。
 それからしばらく互いに無言で見つめあう。

 しかし、思ったよりその時間は長くは続かなかった。

 その静寂を破ったのは、この時分には不似合いな複数の荒々しい足音。
「…来たか。」
 少女にも聞こえるか否かの声で呟くと、剣を支えに青年は立ち上がる。
 そうして彼はちらりと少女の方を見た。
「―――私のことは、見なかったことに」
「こちらです。」
 青年が言い切る前に少女が彼の腕を引く。


 自分より頭一つ分小さな少女の手もまた小さい。
 しかし、その力は思ったよりも大きかった。
 …あまりに不意打ちのことで驚いてしまったというのもあるのだろうが。

 彼が止めるのを忘れていううちに、2人は家の敷居を跨いでいて、気が付けば青年は奥に
 連れていかれていた。



 入ったのは裏口だったのだろう。そこは食事の支度をする場所のようだ。
 しかし、少女の行動が不可解で青年は怪訝な顔をする。
 彼女は一体何をする気なのかと。
「お―――」
「お静かに。少しの間、ここでじっとしていて下さい。」
 少女は青年の言葉を再び遮り、指に人差し指を当てて声を出さないようにと示す。
「もしお辛いのであれば、お座りになられても構いませんから。」


「誰かいるか。」
「! ―――はい。」
 表口の戸を叩く音に少女は応え、青年を置いてそちらへ向かう。

 彼女が何を考えているか今だ読めない。
 すぐにでも逃げ出せるように構えながら、青年は息を潜めて壁に寄った。





 少女ができるだけゆっくりと扉を開けると、そこには武装した男達が何人も立っていた。
 その一番前の男は少女も知っている顔で、安心した彼女は少しばかり警戒を解く。
「…何事でしょうか?」
「怪しい男を見なかったか。」
 申し訳なさそうな顔をするその男の後ろから別の男が声をかけた。
「怪しい、ですか…?」
 首を傾げながら視線を巡らせると、彼以外も皆 厳しい顔をしている。僅かながら疲労の
 色も伺えた。
「奴は罪人だ。あともう少しのところで逃げられてしまった。」
「罪人…」
 呟きながら、奥に隠れている青年の顔を思い浮かべる。
 彼と罪人という言葉はどうしても結びつかなかった。
「ケガを負わせたからそう遠くへは行っていないと思うのだが。」

 彼らが追っているのはおそらくあの青年なのだろう。
 少女は彼の衣服を染めていた色を思い出していた。…答えはもう決まっている。

 見知りの男の顔を見て、―――少女はゆっくりと首を振った。
「…いえ、私は見ておりません。ケガをした猫は先程保護しましたけれど。」
 少女の答えを聞いて、男はどこかホッとした顔を見せた。
 巻き込まれていなかったことに安堵したのだろう。
 それが分かってしまって、少女は罪悪感に少し胸を痛めた。
「そうか。朝早くに済まなかった。何かあればすぐに教えて欲しい。」
「はい。」
 そうして彼らは簡単な挨拶を残して行ってしまった。









「…私は猫か。」
 戻ってきた少女を軽く睨む。
「どちらかといえば、手負いの狼でしょうか。」
 それに怯むでもなく、少女は微かに笑みを見せて、青年を手近な椅子に座らせた。
 そうして彼女はその手に持っていた四角い箱を卓の上に置く。それが何なのかは青年には
 分からなかった。

「…良いのか。罪人を囲ったとなれば君も罪に問われる。」
「ですが、貴方は違うでしょう? 罪人とはもっと濁った瞳をしているものです。」
 脅しのつもりで言った言葉も否と返され、驚いている間に服の前を開かれた。
「……ッ」
 途端、響いた傷の痛みに顔を歪める。
 彼女もまた、その傷口を見て眉を寄せた。
「酷い傷…」
 ぽつりと少女が声を漏らす。
 自分自身も、よく今まで立っていられたと思う。それほどの傷だった。
 彼女は先程の四角い箱から白い布を取り出し、簡単に止血を施してまた着せ直す。

「ここでお待ち下さい。すぐに呼んできますから。」
 誰を、とは青年は問わなかった。




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更新してなかったお詫びの品のつもりが、思ったより間が開いたという。
大変申し訳ない状況でした。やはり見切り発車は危険です。

狼からかけ離れたものにしようとして、『猫』になりました(笑)

2012.11.20. 再録



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