ある〜中略〜物語(2)
      ※ 紅珠大先生の例のお話の妄想です。




「また大きな拾い物をしてきたの。」
 青年の腰に包帯を巻きながらその老医者は苦笑いする。

 この家の主は医者を生業にしているらしい。
 町医者にしては手際が良く、以前はもっと中央の方で仕事をしていたのだろうことが見て
 取れた。

「怪我人病人は全て自分の患者だと言ったのは先生ですよ。」
 老医者の言葉に血で汚れた布などを片づけながら少女が返す。
 少女は最初はこの医者の孫娘かと思ったが違うらしい。口調からすると助手か何かだろう
 か。
「お主の場合は犬でも猫でも対象じゃがな。」
「放っておけないんです。」
 仲は良好らしい。
 さっきから人を犬猫扱いなのは気になるところだが、そこについては青年も言及しなかっ
 た。


「―――2,3日は動かん方が良いじゃろう。」
 最後に老医者はそう言って治療を終えた。

 脇腹に負った傷は思ったより深かった。
 数と土地の利の点で不利だったことに加え、さらに雨と夜という悪条件。
 それでもこの事態を招いたのは全て自分の責任だ。己の失態に舌打ちでもしたくなる。

 老医者の視線を受けて少女も頷く。
「では空き部屋を―――」
「いや、すぐに出て行く。」
 彼らの言葉には青年を匿う意味も含まれていた。
 それに気づいたからこそ、青年はすぐにここから去るつもりだった。
 これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。
「駄目です。」
 けれど、それを少女が否定する。
「貴方にはここにいてもらいます。」
「だが、」
 首を振ろうとする青年を、榛色が真っ直ぐに射抜く。
「怪我人病人は最後まで診ること。これも先生の教えです。」
 貴方を見つけたのは私です、だからきちんと看病させてください、と。
 青年の腕を掴んで、少女はここに居ろと言い張る。

「逆らわぬ方が良いぞ、言い出したらテコでも引かぬ娘だからの。」
 その後ろでカラカラと老医者が笑った。








 結局最終的に折れたのは青年の方。

 まずはちゃんと休むこと、そう少女に言われて青年は寝台に置き去りにされた。
 しばらく待っていると簡単な食事が運ばれてきて、食べ終わったら薬を飲まされ有無を言
 わさず寝台に寝かされた。

 確かに疲れていた青年は間を置かずに睡魔に襲われ―――、次に目が覚めたのは昼を過ぎ
 た頃だった。







 人の話し声が聞こえる。
 瞬時に剣の位置を確かめ身構えたが、それは子どもや大人の声が混じりどれも和やかなも
 ので。
 あの老医者の元を訪ねてきた人々だろうと思い至った青年はゆるゆると警戒心を解いた。


「先生、ありがとう。もう のども痛くないよ。」
「それは良かった。」

「いつもすみません。」
「良い良い。年寄りの道楽じゃ、気にせんでおくれ。」

「先生! 今日は茄子と瓜を持ってきたぞ!」
「それはありがたい。」


 どの言葉もあたたかい。
 目を閉じて それに耳を澄ませる。

 どの言葉も心地良い、そう思った。



「あ、起きられたんですね。」
 そこへするりと入り込んだ鈴のような声は 青年に向けられたもの。
 顔を上げると 食事が乗った盆を手にした少女が入ってきたところだった。

「食べられますか?」
「ああ、ありがとう。」
 答えの代わりににこりと笑って、少女は脇に置いていた椅子に座る。
 先程と同じように湯気立つそれは食欲をそそった。


「―――"先生"は人望があるようだな。」
 まだ明るい声は聞こえている。
 時折笑い声も混じり、それだけ彼が慕われているのだろうということが分かった。
「ええ。本人は趣味だなんて言うんですけど、町の皆さんは先生のことを本当に慕ってい
 るんです。」
 そちらに目を遣って少女はクスクスと笑う。

 ―――けれど、何かを思い出したように少女はふと笑みを消した。

「…この町は皆本当に貧しくて、だから先生は治療費を受け取らないんです。」
 青年は黙って少女の話に耳を傾ける。
 この町の現状も それが何故かというのも知っていたが、口を挟むことはしなかった。
「元々高かった税がまた値上がりしてしまって… もうこれ以上は払えないと訴えても聞き
 入れてもらえないんです。」
 少女の瞳は苦しみと悲しみに揺れる。
 心優しき少女が悲しむのは、決して自分のためではない。
「仕方ないと仰るんです。新しく作る街道のために国が臨時に税を集めているから と…」
「そのような話は聞いたことがないが。」
 ああ、聞いた覚えはない、と。
 青年は少し考えを巡らせてから再度言った。
「…やっぱりそうですよね。」
 少女も領主側の言葉は最初から信じていないようだ。
 溜め息1つで納得したような顔をしていた。
「つまり、領主が不当に税を徴収して私腹を肥やしているというわけか。」
「そういうことになりますね…」
 眉根を寄せて2人揃って黙り込む。

 …本当にどうしようもない男だと思う。

「役人はどうした?」
「…そんなもの、買収されてしまえば終わりです。」
「……成る程な。」
 今度は青年が納得したと溜め息をついた。


「こんな話、貴方にしても仕方ないですよね。すみません。」
 つい愚痴を言ってしまったと彼女は謝る。
「いや、聞いたのは私だ。」
 青年はそこで全てを言ってしまおうかとも一瞬思った。
 しかし、彼女をこれ以上巻き込むわけにはいかないとそれ以上の口を噤んだ。


 そこで暗い話は切り、彼女に促されて粥を口にする。
 少し冷めてしまったが 温かくて優しい味がした。


「君は助手なのか?」
 一際大きく聞こえた笑い声に顔を上げ、青年がそちらを見ながら問う。
 少女はそれに違うと首を振った。
「いえ、拾われ子なんです。旅の途中で先生が赤ん坊だった私を拾ってくださって。」
 最初の頃は居を転々と移していたが、彼女を育てるために彼は最終的にこの町に定住する
 ことを選んだのだという。
 自分の生い立ちを語りながら、彼女はふんわりと微笑んだ。
「先生は私にとって親であり命の恩人でもあります。だから、いつか恩返しがしたい… 今
 度は私が先生を守りたい。」
 そうして見つめてくる瞳は強く輝いている。
 線は細く儚げに見えるが、その榛色だけは、どこまでも澄んで真っ直ぐで、、

「――――…」
 無意識に青年は手を伸ばしていた。

 白い頬に触れると 彼女の肩が微かに震える。
 うっすらと色付く目元を親指で撫ぜ、そのまま手を顎へと滑らせた。
「君は…」
 少女の大きな瞳に自分が映る。
 そこにいる自分は今まで見たこともない表情をしていた。


「お姉ちゃんはどこー?」

「「!!!」」
 びくりと大きく揺れた身体が 一瞬にして傍を離れる。
 向こうで呼んだ幼子に返事を返し、再びこちらを向いた少女は困ったように小さく笑って
 いた。

「すみません。呼ばれているので… また後で来ます。」
 青年を見る瞳にも白い肌にも、すでにどこにも熱は見当たらない。
 たった今までのことがまるで夢か何かのように、少女は静かに部屋を出て行った。




「だが、夢ではない…」
 胸に灯った熱は今もそこに在り、手のひらに残った感触は幻ではない。
 彼女はたった今までここにいたのだ。
「私は、夢は見ない。」
 紅い瞳を細めて呟き、青年は彼女の名残にそっと口付けた。




→次へ



---------------------------------------------------------------------


まさかの寸止め。

この話では、青年と少女の他にも結構いろんな人が出てきます。
うん、どうしてかは私にも謎です…

2012.11.20. 再録



BACK