ある〜中略〜物語(4.5)
      ※ 紅珠大先生の例のお話の妄想です。




 日が落ちて、空の色が赤から藍に塗りかえられた頃。
 領主の館の門前を、武装した一団が取り囲んだ。

 その一番前に立つのは闇に溶け入りそうな雰囲気を持つ長身の青年。

「―――門を開けろ。」
 威圧感のある声に、門番は青ざめて足を竦ませる。
 しかし仕事を全うせんがため、懸命に首を振って動かなかった。
「す、素性の分からない者を入れるわけにはいきません。」
 もう1人の門番は腰を抜かしてヘたり込み、目を回している。そんな中で彼は1人で青年
 と対峙していた。

(まだ幼い… だが見込みはある。)
 そんな風に思いながらも、青年の瞳は細められ、さらに威圧感が増した。

「ほぅ、素性か。ならば 証明してみせよう。」
「…え?」
 不敵に笑んだ青年に門番が呆けていると、青年の斜め後ろに控えていた男が前に進み出る。
 男は携えた書状を門番の前で開き掲げた。
「ここの領主には度重なる不正な徴税により、捕縛の命が出されている。」
「!?」
 ゆらゆらと揺れる松明の灯りに照らされた書状には確かにその旨が書かれている。
 門番はそれをゆっくりと読み進めながら視線を下ろしていった。
 この文の最後には、その命を誰が下したのかが示されているはず。
「……ッ」
 ゴクリと唾を飲み込んだ門番の目がそこへ辿り着くのと、掲げた男の言葉が発せられたの
 は同時。

「これは勅命である!」
 勅命―――つまり、彼らは王からの使者。
 書状の最後には、それを証明する王の印章があった。
「!!」
 それを見た瞬間に門番は顔色を変える。
 さっと背筋を伸ばし、周りへと即座に合図を送った。


「開門―――!!」
 それから程なくして、軋む音を立てながら重苦しい門が開かれた。









「へ、陛下…!?」
「久しいな。」
 見知った相手に対して青年はニヤリと笑い、小太りの男―――領主は顔をひきつらせる。
 屋敷の兵達は、領主が震えた声で呟いた名を聞いてまた一歩下がった。

「今まではあと一歩のところで逃げられていたが… ようやくお前の尻尾を掴めた。」
 陛下と呼ばれた青年は カツリと沓音を立てて前に出る。

 何度追いつめても言葉巧みに逃げ続けた。
 王都での最後の失策から追い落とそうとしたが、寸でのところで今度は田舎に逃げた。
 ここでさらに私腹を肥やし、ほとぼりが冷めた頃に戻ろうと思っていたのだろう。
 しかし、そんなこと誰が許すものか。

「この私 自ら出向いてやったのだ。光栄に思え。」
 もう逃がさんと鋭い瞳が領主を射抜く。
 正面から狼の瞳に捕らえらた領主は震えながらひざまずいた。

 しかし、何度も見たこの光景。
 男の逃げ道はここから作られる。


「わ、私には見覚えがありません。いつも申しております。きっと、今回も部下が勝手に
 やらかしたものでしょう。」

 お前の部下は無能ばかりか。
 そう言ってやったこともあるが、運が悪いのだと言い逃れる。
 管理能力不足だと言えば、責任をとると言ってこうして田舎に引っ込まれた。
 いつもの手口だ。

「またお得意の蜥蜴の尻尾切りか。だが、今回は言い逃れはできん。」 
 これが証拠だと、帳簿や書簡を持ってこさせる。
「これだけ揃えてもか?」
 全てお前の屋敷から見つかったものだと。
 領主は一瞬だけ顔色を変えたが、すぐに元の媚びた顔に戻した。
「何、を…仰いますやら。その証拠とやらも本当にここで見つかったものなのか分からぬ
 ではありませんか。」
 まだ逃げようとするのか。
 しかし、この証拠はいつもの手では逃げられない。
「―――これは、この私自らがこの屋敷から持ち出したものだ。」
「なっ…!?」
 今度こそ顔色を蒼白に変え、血の気の失せた丸顔からは汗が噴き出す。
 一度開きかけた口は何も言えず、また一文字に引き結ばれた。

 こちらとて、同じ手をそう何度も使わせはしない。
 そのために自らが動いたのだ。

 …その途中で追っ手と交戦することになり、不覚にも負傷してしまったのだが。

「何故お前のような男の元にあんな優秀な人材がいるのか分からんが、この私に傷を負わ
 せるとはなかなかのものだ。」
 口角を上げて笑う青年を前に、腰を抜かした領主はガタガタ震えながら尻餅をつく。

 知らなかったとはいえ、畏れ多くも王に刃を向けてしまった。
 それは己の命の最期を表すものに他ならない。

「あ…、わ、わた……」
 そんな大逸れたことをしようとは思わなかった。
 甘い汁さえ吸えれば良く、反逆の意志などなかった。
 しかし、王が相手ではもみ消すことも言い逃れもできない。

「―――捕縛せよ。」
「はっ」
 短い返事の後、もう何の言い訳も出てこない男を兵が縛り上げる。
 男はもう抵抗しなかった。



「―――娘はどこだ?」
 縛り上げられた男の前に立つ。
 男は捕らえたが、青年はまだもう一つの目的を達していない。
「…な、何のことですかな?」
「己の住む町の現状を憂い 己の愛する者達を守るために、お前に身を売った娘のことだ。」

 自分よりも周りの幸せを望んだ、彼女の悲痛な決意。
 間に合ったことに安堵した。

 もう大丈夫だと伝えねば、早く迎えに行ってやらねば。
 そう思うと気が急く。

「私は、娘のことなど……」
「西の最奥の部屋です。」
 知らないと言おうとした領主の言葉を遮り、声は別の方から聞こえた。
 どこかで聞いた声に青年は振り返る。
「…お前、は……」
 彼女と出会ったあの朝に、彼女の家を訪れた―――巻き込まれていないことに安堵した、
 あの男だった。
 おそらく彼は知っていたのだ。そして何も言わなかった。
 ―――この町は、きっと良い方へ生まれ変わる。

「早く迎えに行かれてください。」
 男が外を指さして笑みを見せる。
「すまない。」
 居場所を聞くと、青年はすぐにそこから駆けだした。




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書かなくても大丈夫かなと思ったのでSNSでは省いた部分です。
紅珠大先生の場合、この辺りはすっ飛ばしてそうな気がするので。
だって、愛の力で追っ手を振りきれるし、敵を倒すのは目からビームだし☆

2012.11.20. 初出



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