狼陛下の兎 オマケC
      ※空白の半年間の話です。




 いつものように女官達を下がらせて寝室へと入るが、いつものように出迎えてくれるあの
 子はいない。

 ―――可愛がっていた兎が人間になって数日。
 夕鈴には黎翔の自室のすぐ近くに部屋が与えられた。
 黎翔は同室で構わないと思っていたが、設定上の理由もあって部屋がないのはおかしいと
 いうことになったのだ。

「―――…」
 数日前まで彼女の寝床だった籠に触れる。
 今夜は仕事が立て込んで遅くなってしまい、彼女には会えていなかった。

 もうぐっすり寝入っているだろうか。
 …寝顔を見に行くくらいは良いだろうか。


「…何の用だ?」
 寝室の外に感じた気配に声をかける。
 その途端に震えたらしいことも分かっていたが、せっかく浸っていたところを邪魔された
 のだ。声が幾分冷たくなるのは仕方がない。
「あの、申し訳ありません。実は―――」
 それに続いた女官の言葉は思いも寄らないものだった。





「夕鈴? どうした?」
 予想外の人物の来訪に黎翔も驚きを隠せない。


慎様よりいただきました☆
 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。


 女官に案内されて黎翔の元へ来た夕鈴は、枕をぎゅっと握りしめて目には涙を浮かべ、今
 にも泣きそうな顔をしていた。

「怖い夢でも見たのか?」
 彼女のそばまで自ら歩み寄り、さらりと流れる柔らかな髪を撫でる。

 こんなことをするのは彼女にだけだ。
 この可愛らしい兎にだけはどこまでも優しく甘くなれる。

「眠れないのなら、眠るまでそばにいよう。」
 だから部屋に戻ろうと、彼女を促した。
「…ッ」
 けれど、夕鈴は嫌だとばかりに首を横に振る。
 溢れ出た涙の滴が散って、それが綺麗だなとぼんやり思って。

 ―――思わず見惚れたせいで反応が遅れた。

「ゃ…!」
 ぽとりと枕が下に落ち、腹の辺りにドンと何かがぶつかってくる。
 それが夕鈴に抱きつかれたのだと気づいたときには、背中に回った腕がぎゅうぎゅうと締
 め付けていた。
「夕鈴…?」
 いまいち状況が飲み込めず、戸惑いながら彼女を見下ろす。
 へにょんと下がった耳は小さく震えていて、よほど怖かったのだろうと推察された。
「眠るまで隣にいる。手も繋ごう。だから、」
「…!!」
 ぐりぐりと額を押しつけるように、なおも彼女は首を振る。
 何が言いたいのか分からない。
「じゃあ、どうしたいんだ?」
 そう問えば、拘束が少し緩んで彼女は奥を指さした。―――つまり、黎翔の寝室を。
「……ここで寝たい、と?」
 今度はこくりと頷かれる。
 黎翔はそれ以上の言葉を失った。

(…その意味を、君は分かっているのか?)

 そう考えて、それは有り得ないと即座に却下する。
 兎の夕鈴に分かるわけがない。おそらく、一人で寝るのが寂しくて耐えられなかっただけ
 だ。
 内心の動揺を表に出さぬまま、黎翔はしばし考える。

 …だが、可愛い兎のお願い事だ。
 きっと最初から答えは決まっていた。


「―――明日の朝迎えに来るようにと、夕鈴の侍女に伝えよ。」
「!」
 顔を上げた彼女の表情がぱっと笑顔になる。

 ああ、本当になんて可愛いんだろう。この笑顔のためだったら何でもしたいと思ってしま
 う。

 女官達もにっこりと微笑んでから、静かに下がっていった。










慎様よりいただきました☆
 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。


「♪♪」
 さっきまでの泣き顔が嘘のようだ。
 上機嫌の夕鈴は、持参の枕を黎翔の物と並べてはにこにこと笑っている。

 お皿の上―――もとい、寝台の上の可愛い兎。
 本来ならそのまま食べられても仕方がない状況なのだが。

(こんな無防備なモノに手が出せるわけがないだろう…)
 兎の夕鈴にそういう意味の警戒心があるはずもなく、黎翔は盛大にため息を付いた。

「…夕鈴、嬉しそうだね……」
 一緒の布団に入って掛け布団を肩まで上げてやる間も、こうして向かい合っても、彼女は
 笑みを絶やさない。
 何がそんなに嬉しいのか。
「…今夜はもうお休み。」
 ぽんぽんと彼女の肩を布団の上から優しく叩く。

 本当に、どうしてこんなことになったのか。
 …たぶん、自分は今夜眠れないんだろうなと思う。
 最初は同じ部屋で良いと思っていたが、そんな自分を今は思いきり罵倒してやりたい。

「ん?」
 あやしていた手を不意に掴まれ、布団の中に引き入れられる。
 何事かと思っていたら、両手でぎゅっと握りしめられた。

 ―――その時の、彼女の幸せそうな笑顔といったら。
 黎翔はもう何度目か分からない驚きで固まってしまった。

 小さくて柔らかくて温かい。
 握り返したら壊れてしまいそうで何もできなかった。

 そうして、幸せそうな顔のまま、彼女はあっという間に夢の中に落ちていった。


「……本当に君には敵わない。」
 可愛い寝顔を眺めながら、黎翔は苦笑いするしかない。

 今夜は眠れないと思っていた。
 けれど今は、瞼が重くなっていく感覚にも気づいている。
 きっと今夜はぐっすり眠れるだろう。

「ありがとう、おやすみ夕鈴…」



 翌朝 いつの間にか夕鈴を抱きしめて眠っていたことと、そしてその晩 自室に戻ったら夕
 鈴が寝台で眠っていたこと。
 思いがけず黎翔は二度も驚かされることになるのだが、それが日常と化すのはすぐの話。




 →オマケDへ 


2014.7.22. UP



---------------------------------------------------------------------


陛下は夜中すりすりしてくる夕鈴に悶々してればいいww

枕ぎゅーだけでも萌え萌えだったのに、
後にルンルン兎さんも投下されまして悶絶しましたww



BACK