いつものように女官達を下がらせて寝室へと入るが、いつものように出迎えてくれるあの 子はいない。 ―――可愛がっていた兎が人間になって数日。 夕鈴には黎翔の自室のすぐ近くに部屋が与えられた。 黎翔は同室で構わないと思っていたが、設定上の理由もあって部屋がないのはおかしいと いうことになったのだ。 「―――…」 数日前まで彼女の寝床だった籠に触れる。 今夜は仕事が立て込んで遅くなってしまい、彼女には会えていなかった。 もうぐっすり寝入っているだろうか。 …寝顔を見に行くくらいは良いだろうか。 「…何の用だ?」 寝室の外に感じた気配に声をかける。 その途端に震えたらしいことも分かっていたが、せっかく浸っていたところを邪魔された のだ。声が幾分冷たくなるのは仕方がない。 「あの、申し訳ありません。実は―――」 それに続いた女官の言葉は思いも寄らないものだった。 「夕鈴? どうした?」 予想外の人物の来訪に黎翔も驚きを隠せない。 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。 女官に案内されて黎翔の元へ来た夕鈴は、枕をぎゅっと握りしめて目には涙を浮かべ、今 にも泣きそうな顔をしていた。 「怖い夢でも見たのか?」 彼女のそばまで自ら歩み寄り、さらりと流れる柔らかな髪を撫でる。 こんなことをするのは彼女にだけだ。 この可愛らしい兎にだけはどこまでも優しく甘くなれる。 「眠れないのなら、眠るまでそばにいよう。」 だから部屋に戻ろうと、彼女を促した。 「…ッ」 けれど、夕鈴は嫌だとばかりに首を横に振る。 溢れ出た涙の滴が散って、それが綺麗だなとぼんやり思って。 ―――思わず見惚れたせいで反応が遅れた。 「ゃ…!」 ぽとりと枕が下に落ち、腹の辺りにドンと何かがぶつかってくる。 それが夕鈴に抱きつかれたのだと気づいたときには、背中に回った腕がぎゅうぎゅうと締 め付けていた。 「夕鈴…?」 いまいち状況が飲み込めず、戸惑いながら彼女を見下ろす。 へにょんと下がった耳は小さく震えていて、よほど怖かったのだろうと推察された。 「眠るまで隣にいる。手も繋ごう。だから、」 「…!!」 ぐりぐりと額を押しつけるように、なおも彼女は首を振る。 何が言いたいのか分からない。 「じゃあ、どうしたいんだ?」 そう問えば、拘束が少し緩んで彼女は奥を指さした。―――つまり、黎翔の寝室を。 「……ここで寝たい、と?」 今度はこくりと頷かれる。 黎翔はそれ以上の言葉を失った。 (…その意味を、君は分かっているのか?) そう考えて、それは有り得ないと即座に却下する。 兎の夕鈴に分かるわけがない。おそらく、一人で寝るのが寂しくて耐えられなかっただけ だ。 内心の動揺を表に出さぬまま、黎翔はしばし考える。 …だが、可愛い兎のお願い事だ。 きっと最初から答えは決まっていた。 「―――明日の朝迎えに来るようにと、夕鈴の侍女に伝えよ。」 「!」 顔を上げた彼女の表情がぱっと笑顔になる。 ああ、本当になんて可愛いんだろう。この笑顔のためだったら何でもしたいと思ってしま う。 女官達もにっこりと微笑んでから、静かに下がっていった。 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。 「♪♪」 さっきまでの泣き顔が嘘のようだ。 上機嫌の夕鈴は、持参の枕を黎翔の物と並べてはにこにこと笑っている。 お皿の上―――もとい、寝台の上の可愛い兎。 本来ならそのまま食べられても仕方がない状況なのだが。 (こんな無防備なモノに手が出せるわけがないだろう…) 兎の夕鈴にそういう意味の警戒心があるはずもなく、黎翔は盛大にため息を付いた。 「…夕鈴、嬉しそうだね……」 一緒の布団に入って掛け布団を肩まで上げてやる間も、こうして向かい合っても、彼女は 笑みを絶やさない。 何がそんなに嬉しいのか。 「…今夜はもうお休み。」 ぽんぽんと彼女の肩を布団の上から優しく叩く。 本当に、どうしてこんなことになったのか。 …たぶん、自分は今夜眠れないんだろうなと思う。 最初は同じ部屋で良いと思っていたが、そんな自分を今は思いきり罵倒してやりたい。 「ん?」 あやしていた手を不意に掴まれ、布団の中に引き入れられる。 何事かと思っていたら、両手でぎゅっと握りしめられた。 ―――その時の、彼女の幸せそうな笑顔といったら。 黎翔はもう何度目か分からない驚きで固まってしまった。 小さくて柔らかくて温かい。 握り返したら壊れてしまいそうで何もできなかった。 そうして、幸せそうな顔のまま、彼女はあっという間に夢の中に落ちていった。 「……本当に君には敵わない。」 可愛い寝顔を眺めながら、黎翔は苦笑いするしかない。 今夜は眠れないと思っていた。 けれど今は、瞼が重くなっていく感覚にも気づいている。 きっと今夜はぐっすり眠れるだろう。 「ありがとう、おやすみ夕鈴…」 翌朝 いつの間にか夕鈴を抱きしめて眠っていたことと、そしてその晩 自室に戻ったら夕 鈴が寝台で眠っていたこと。 思いがけず黎翔は二度も驚かされることになるのだが、それが日常と化すのはすぐの話。 →オマケDへ 2014.7.22. UP --------------------------------------------------------------------- 陛下は夜中すりすりしてくる夕鈴に悶々してればいいww 枕ぎゅーだけでも萌え萌えだったのに、 後にルンルン兎さんも投下されまして悶絶しましたww