狼陛下の兎 2




 空が明るみ始め、真っ暗だった室内にもわずかに光が差し込んでくる。

「――――…」
 まどろみの中にいた黎翔は、腕の中に何か温かいものを感じ、不思議に思いながらゆっく
 り目を開けた。
 そして腕の中にいたものを確認し―――固まった。

「……え?」

 ひょっとして自分はまだ寝ぼけているのかもしれない。
 そう思って何度か瞬きを繰り返してみる。…が、現実は一向に変わらなかった。

 ……寝台に、自分以外に人が寝ていたのだ。

「っ!」
 一気に目が覚めた黎翔はすぐに身を起こし、枕元の剣を手に取る。
「な―――」
 何者だ、と、声を上げようとしたが、続く言葉は空気に溶けた。

 すよすよと気持ち良さそうに眠る少女。
 とても満ち足りた、幸せそうな寝顔に毒気を抜かれてしまう。

「…刺客、ではないな。」
 こんな細く小さな体で狼陛下に害を為そうなど不可能だ。
 油断させておいて…とも思うが、明らかに爆睡中の少女にはできそうもない。

「……何なんだ?」

 静かな寝台に彼女の健やかな寝息だけが響く。
 妃になろうと画策し、誰かの手引きで潜り込んだのとも違うようだ。
 狼の寝床に入り込んでおきながら、ここまで警戒心なく熟睡できるのもどうかと思うのだ
 が。


「―――ん、……」
 黎翔が考え込んでいる間に相手も目が覚めたらしい。
 じっと見つめる黎翔の目の前で、少女の瞳がゆっくりと開いた。

「……?」
 ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせ、ぐるりと辺りを見渡す。
 そうして黎翔と目が合うと、そこで彼女の動きが止まった。

「君は、誰だ? 何の目的でここにいる?」
 黎翔の問いに彼女は答えない。
 よく分からないといった表情で、のっそり身を起こした。
「君の名は?」
 2人の距離は身一つ分。
 剣は手元に置いたまま、警戒を滲ませて再度問う。
「…??」
 こてんと首を傾げ、彼女は黙って黎翔を見つめている。
 さらりと長い髪が肩を滑ると同時に、ぺしょんと下りた耳が

「………ん? 耳…??」

 すっと手を伸ばし、彼女の頭に触れる。
 腰まで伸びた長い茶色の髪の上に、ものすごくどこかで見たことがあるものがくっついて
 いた。

「……え?」
 衝動のままにその耳を撫でてみる。

 このふわふわの触り心地、そしてこの艶やかな明るい色…
 彼女の後ろに空の籠が見えた。

 そういえば、昨夜は一緒に眠ったはず。
 夕鈴がいない代わりに目の前に現れた少女。

 まさか、

「……夕鈴?」
 その名を呟いた途端に、ぴくんと耳が跳ねた。
 顔を上げて見つめてくる大きな榛色の瞳は期待に満ちていて。
「ゆーりん」
 もう一度名を呼べば、茶色の耳が今度はピンと伸びた。

「そっか、夕鈴なんだ。」
 普通に考えれば有り得ないことなのに、その答えは不思議と確信が持てた。

 目の前にいるのは兎の夕鈴だ。
 どうしてこんな姿になったのかは分からないけれど。

「冗談が本当になったな…」

 夕鈴といると心が安らぐ。
 彼女相手に虚勢を張る必要はないから、彼女の前では肩の力が抜けた。

 妃をと煩い老臣達の言葉を聞く度に、いっそ夕鈴がお嫁さんになったら良いのにと思った。
 だから、よく「君が人間になったら良いのに」と冗談交じりに言っていたのだが。


「ねえ、夕鈴。僕の願いを叶えてくれたの?」
「?」
 髪から頬に滑らせて彼女の顔を覗き込む。
 溢れるように大きな榛色の瞳、透けるような白い肌の愛らしい少女。

「―――あ…」
 そこで黎翔ははたと気づいた。

 朝日に眩しい白い肌は、女性特有のまろやかな線を描いている。―――何も遮ることなく。 
 …兎が服を着ているはずがなかったのだ。



慎様よりいただきました☆
 ※ 50%縮小サイズです。原寸はクリック。



「………」
 途端に後ろめたい気持ちになり、無言で掛布を彼女に巻きつける。
 一度意識してしまったらそのままになんてできなかった。
 このままは色々とマズイ。


「―――誰か」
 黎翔が呼ぶと、隣室から女官の声が返ってくる。
「女官長を呼べ。」



 さて、これからどうしようか。




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2014.5.22. UP



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元ネタくださった某様からイラストをいただいてしまいました!
思い描いたまんまのシーンで悶絶しました。いやマジで。
ありがとうございますーっ

ええと、このイラスト。
そういう描写は皆無ですが、肌色多めってか素っ裸なのでSNSにはあげるのを避けましたw



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