狼陛下の兎 3




「…これは一体なんですか?」
 長椅子に優雅に腰かける黎翔の隣を無遠慮に指さし、李順は頬をひきつらせる。
 そんな李順に睨まれて、本能的に怯えた少女はビクリと震えた。

「夕鈴だ。」
 そんな彼女の華奢な肩を引き寄せて、黎翔は何でもないことのようにさらっと答える。
 もちろん、安心させるように頭を撫でるのも忘れない。
「陛下……」
 そんな光景を目の前にして、李順の表情はますます険しくなるばかり。
「それは、貴方が飼っている兎の名前でしょう。」
「ああ、彼女はその夕鈴だ。」
「陛下ッ ふざけてないでください!!」
 ついに李順が大声を上げ、夕鈴は黎翔の袖の中に隠れてしまった。
 それもまた可愛いなぁと場違いなことを考えながら、黎翔は大丈夫だと夕鈴を膝の上に乗
 せる。

 腕の中でぷるぷる震える可愛い兎。
 どんな姿でも夕鈴は変わらず可愛らしい。

「冗談を言ったつもりはない。証拠もあるぞ。」
 さらさらと流れる茶の髪と同じ色の、ぴょこんと伸びた長い耳。
 人間には有り得ないものがそこには在った。
「愛らしい耳だろう?」
 柔らかなそれを黎翔がさするように撫でると、夕鈴から力が抜ける。

「………」
 しばし呆けた様子でそれを凝視していた彼は、おもむろに手を伸ばすと思いきりひっ掴ん
 だ。
「……ぴゃ!」
「夕鈴に何をする!」
 ビックリした夕鈴が飛び上がり、激昂した黎翔が李順から引き剥がす。
 守るように腕の中に囲い込んで睨んでみるが、李順はそれに気づかず呆けたままだ。
「本物、ですね。」
「だから夕鈴だと言っているだろう。」
 さすがに認めざるを得なかったのか、李順からそれ以上の反論はなかった。



「……それで、いかがなさるのですか?」
 しばしの沈黙の後、李順がようやく口を開き 尋ねてくる。
 答えが分かっているのか、李順の表情は複雑そうだ。できれば聞きたくないとその目が
 言っている。
 だが、それを聞いてやる気はなかった。
「当然だろう? 妃としてそばに置く。」
「っ 本気ですか!? 相手は兎ですよ!?」
「だが、人になった。」

 夕鈴は兎だ。
 でも今は人の姿になっている。

 人ならば、妃にしても問題ないだろう?


「夕鈴は私の願いを叶えてくれた。」

 夕鈴ならそばにいても良いと思った。
 夕鈴が、妃になればいいと願った。




「……兎にお妃教育できますかねぇ。」
 説得は諦めたのか、眼鏡をなおす李順から深いため息が漏れる。
「私は今のままで構わないが。」
「私は構います。」

 それから狼陛下の妃がどうのと長々語りだしたので、めんどくさくなって好きにしろと答
 えた。

 どうせ李順のことだ、こちらが許可しようとしまいとそう動く。
 李順の基準は、狼陛下の利益になるか否かだ。


 ただ夕鈴の負担になるなら即刻止めさせようと、それだけ決めた。




 →次へ 


2014.6.2. UP



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短期集中で連載しました。
完結したのでこっちにも掲載。

てか、兎にお妃教育ってwww
そして次回は一気に時間が半年後に飛びます。



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