狼陛下の兎 4




「へー、か…?」
 彼女が一番最初に覚えて発した言葉は自分の呼び名。

 それがどんなに嬉しかったのか、君は知っているのかな?




 ―――それから、半年の時が過ぎ、、、




「陛下! おかえりなさいませ!!」
 その姿が見えた途端、彼女はぱっと表情を明るくする。
 後ろの侍女達は控えながら、にこやかにそれを見守っていた。

「今日は何をしていたんだ?」
 さっと抱き上げ尋ねれば、元気な兎は嬉々として今日のことを教えてくれる。
「侍女さん達と庭をお散歩していました! それでとっても綺麗な花を見つけたんです!」

 くるくると表情が変わる、可愛い兎。
 李順の厳しさと黎翔の甘やかしの結果、夕鈴は女性にしては少々元気に育った。
 どこで間違ったのかと李順はため息をこぼすが、黎翔としてはそんな彼女も可愛いので問
 題ない。

「では、私にもそれを見せてくれないか?」
「はい!」
 夕鈴の元気な返事を聞いてすぐに侍女達が動き出す。
 散策が終わった頃には、四阿に茶の準備ができていることだろう。




「上手になったね。」
 話し方も宮廷作法も、この半年の間に彼女はほぼ完璧にこなせるようになった。
 それはきっと夕鈴の努力の成果だ。…彼女はそれを否定するけれど。
「李順さんの教育のおかげですよ。」
 ほら、まただ。
 そこを指摘しても聞かないので、今ではもう言わないことにしている。
 その代わりにくすくすと笑う。
「厳しかったけどね。」
「…それは、まぁ」
 否定しないところを見ると、彼女にも思うところはあるらしい。

「箸の持ち方が一番難しかったです。」
 今では難なくこなせているけれど、最初は食べられないと泣いているくらいだった。
 本当に、彼女の成長は大したものだと思う。
「よく怒られてたもんね。」
「陛下はすぐ甘やかしますけどね。」
 つんと黎翔の髪を引っ張って彼女は口を尖らせる。
「だって、夕鈴が泣いてるのが耐えられなかったんだ。」

 あの大きな瞳をうるうるさせて、しかも上目遣いで見られたら、どんな男だって手を差し
 伸べたくなる。
 それで耐えられなくて、よく彼女を膝に乗せて食べさせていた。

「それで、後から李順さんに怒られて。」
「全部聞き流してたけどね。」
 そんな話をしながら二人で笑う。
 それが周りには仲睦まじい夫婦に見えるらしい。
 噂が耳に入る度に内心笑い、事実だったので放置しておいた。


 ―――夕鈴は、狼陛下唯一の妃だ。

 自分の代わりに可愛がって欲しいと兎の"夕鈴"を私に預けた、今は亡き遠い異国の姫。
 彼女を愛する王は、その兎に彼女と同じ名前を付けて慈しんでいた。

 …と、李順の進言でそういう設定にしてある。


 後宮から出るときは、兎の耳を髪に隠し、上から紗の布を被っている。
 窮屈な思いをさせるのは忍びなかったが、好奇の目で見られるよりはと彼女に了承させた。
 彼女はそれで良いと言ってくれたが。実は黎翔の方があまり納得していない。


「…ねえ、夕鈴。君はここにいて窮屈じゃない?」
 僕の願いを叶えてくれた愛しい君。
 けれど君は兎だし、本当は野で駆けている方が幸せなんじゃないかと思うときがある。
 最初は服を着るのですら、嫌がって泣いて逃げていたのだから。

 ―――そばにいて欲しいけれど、縛りたくはないんだ。


「私は、陛下のそばにいられるだけで幸せですよ。」
 少しだけ目線が上にある夕鈴が、覗き込んでふわりと笑う。
 心に残る罪悪感も全て洗い流すような、光のような笑顔だと思った。

 ―――手放せない、そう思った。

「じゃあ、ずっとそばにいてくれる?」
 母親に縋る子どものように、彼女を引き寄せ懇願する。
 そばにいて欲しいのは、君だけなんだ。



「……それが、許されるのなら。」
 そう返した夕鈴が少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。




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2014.6.5. UP



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つーわけで、異国の姫設定ですww
ちなみに後宮では耳を隠していません。女官長はじめ侍女さん達は知ってるし。
みんな可愛い兎の夕鈴が好きなので、秘密を漏らしたりはしないのです。

ラストに向けて、ちょっとシリアス展開へ。



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