狼陛下の兎 5




「おやすみ、夕鈴。」
「おやすみなさい、陛下。」

 向かい合って挨拶を交わし、手を繋いで目を閉じる。
 一応夕鈴にも部屋が用意されている。
 だが、寂しがった夕鈴が黎翔の部屋にやってきて「怖い」と泣いてから、二人はずっと
 一緒の寝台に寝ている。

 ―――たまに、兎時代の名残ですり寄ってくるのが少々困るが、黎翔もおおむねぐっすり
 眠れている。
 それは、常に命を狙われ続けた彼にはとても珍しいこと。
 他人がそばにいて眠れたのは夕鈴が初めてだった。

 このまま彼女を正妃に据えることに対して、文句を言える者はすでにいない。
 黎翔自身もそれを望んでいる。

 …だが、夕鈴本人が頷かない。
 他のことには素直に返事をするのに、その時だけ、曖昧に微笑んで答えを濁す。

 その理由は、…教えてくれない。





*






「……夕鈴?」
 夜中にふと目を覚ますと、隣に寝ているはずの夕鈴がいなかった。
 彼女がいたはずの場所に触れるとまだ温かさが残っている。
「…どこに行ったんだ?」
 嫌な予感を覚えて身を起こし、暗闇の中で辺りを見渡す。
 そしてそこで、庭へと続く扉が少し開いているのに気づいた。

「夕鈴…?」
 心臓がどくりと波打つ。

 突然どこからかやって来た可愛い兎。
 だから、いつか突然いなくなってしまうのではと―――

「ゆうりんっ」






 ―――庭には大きな池がある。彼女は夜着のままその前に佇んでいた。

 水面には大きな月が映り込んで揺れている。
 二つの月が彼女を照らす中、彼女は月を眺めているようだった。

「…あと、もう少しだけ。」
 ぽつりと、夕鈴が呟く。
 静寂に満ちた世界でそれははっきりと黎翔の耳に届いた。

(夕鈴?)

「次の満月まで、待ってください。」
 今度は少し声を上げて月に話しかける。

「お願いです。あと少しだけ、あの人のそばにいさせてください。」
 月に祈る彼女の背はとても儚く見え、今にも光に消えてしまいそうで。
 月に帰る兎の話が脳裏を掠めて、ぶるりと身が震えた。
「お願いします!」


 …だが、黎翔はそれ以上近づくことができなかった。

 今彼女に触れてしまえば、それが現実だと認めてしまわねばならなかったから。
 これが夢であればいいと、そう思った。



 だから、そのまま声をかけずに部屋に戻り、そっと目を瞑る。
 今は何も考えずに眠りたかった。

 ―――次の満月がいつかなんて、考えたくもない。




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2014.6.8. UP



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ちょっと短めですが、最終話が長いので。

かぐや姫か!と、思いながら書いてました。
そして、陛下の現実逃避っぷりがですね。寝るのかよ!と。



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