「おやすみ、夕鈴。」 「おやすみなさい、陛下。」 向かい合って挨拶を交わし、手を繋いで目を閉じる。 一応夕鈴にも部屋が用意されている。 だが、寂しがった夕鈴が黎翔の部屋にやってきて「怖い」と泣いてから、二人はずっと 一緒の寝台に寝ている。 ―――たまに、兎時代の名残ですり寄ってくるのが少々困るが、黎翔もおおむねぐっすり 眠れている。 それは、常に命を狙われ続けた彼にはとても珍しいこと。 他人がそばにいて眠れたのは夕鈴が初めてだった。 このまま彼女を正妃に据えることに対して、文句を言える者はすでにいない。 黎翔自身もそれを望んでいる。 …だが、夕鈴本人が頷かない。 他のことには素直に返事をするのに、その時だけ、曖昧に微笑んで答えを濁す。 その理由は、…教えてくれない。 * 「……夕鈴?」 夜中にふと目を覚ますと、隣に寝ているはずの夕鈴がいなかった。 彼女がいたはずの場所に触れるとまだ温かさが残っている。 「…どこに行ったんだ?」 嫌な予感を覚えて身を起こし、暗闇の中で辺りを見渡す。 そしてそこで、庭へと続く扉が少し開いているのに気づいた。 「夕鈴…?」 心臓がどくりと波打つ。 突然どこからかやって来た可愛い兎。 だから、いつか突然いなくなってしまうのではと――― 「ゆうりんっ」 ―――庭には大きな池がある。彼女は夜着のままその前に佇んでいた。 水面には大きな月が映り込んで揺れている。 二つの月が彼女を照らす中、彼女は月を眺めているようだった。 「…あと、もう少しだけ。」 ぽつりと、夕鈴が呟く。 静寂に満ちた世界でそれははっきりと黎翔の耳に届いた。 (夕鈴?) 「次の満月まで、待ってください。」 今度は少し声を上げて月に話しかける。 「お願いです。あと少しだけ、あの人のそばにいさせてください。」 月に祈る彼女の背はとても儚く見え、今にも光に消えてしまいそうで。 月に帰る兎の話が脳裏を掠めて、ぶるりと身が震えた。 「お願いします!」 …だが、黎翔はそれ以上近づくことができなかった。 今彼女に触れてしまえば、それが現実だと認めてしまわねばならなかったから。 これが夢であればいいと、そう思った。 だから、そのまま声をかけずに部屋に戻り、そっと目を瞑る。 今は何も考えずに眠りたかった。 ―――次の満月がいつかなんて、考えたくもない。 →次へ 2014.6.8. UP --------------------------------------------------------------------- ちょっと短めですが、最終話が長いので。 かぐや姫か!と、思いながら書いてました。 そして、陛下の現実逃避っぷりがですね。寝るのかよ!と。