紅い華 2




「聞いたか?」
 廊下を進む彼女の耳に届く噂話。
 いつものことと、気にも留めずに先を目指す。


「"狼陛下"が西の反乱を一日で鎮めたらしい。」
 ぴくりと、彼女の耳が反応した。

「ああ。しかも少数精鋭で殲滅だとか。」
「最高司令である"狼陛下"自ら前線に出られたと聞いたが。」
「鬼神のごとき強さだったとか。」

 次々と入る情報に一瞬足が止まるが、再び何事もなかったかのように歩き出す。


 …いや、心なしか早足になって。






「司令!」
 些か乱暴に扉を叩き、返事が返ってくる前に彼の執務室に飛び込む。
 たまたま李順が不在だったため、叱責は飛んでこなかった。

「夕鈴」
 書類から顔を上げた彼は、難しい顔から一変して穏やかな笑みを夕鈴に向けてくる。
 さらには大切であろう書類を机上に放り出し立ち上がり、息を切らした彼女のそばまで
 一直線。

「―――今日も一段と可愛らしいな。」
 宥めるように背中を撫で、柔らかな髪を梳いて、いつものように甘く囁く。
 普段の夕鈴なら、ここで真っ赤になるところ。
「お世辞は今 どうでも良いです。」
 けれど今回は赤くもならず、動揺することもなく、いつもと同じだしとそれをすぱっと
 切り捨てて。
「それより、前線に出られたって本当ですか!?」
 相手が誰かもお構いなしに襟を掴んで詰め寄った。

「本当ですか!?」
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「……噂は広まるのが早いな。」
 視線を逸らし、彼は軽くため息をつく。
 否定されなかったことが腹立たしく、夕鈴はさらに目をつり上げた。

(行く前に、あんなに約束したのに!)

「無茶はしないでくださいと言ったじゃないですか! 貴方はこの軍の最高司令なんです!!
 何かあったらどうするんですかっ!?」
「だってー…」
 怒濤の勢いで怒ると、しょげた小犬が表に出てくる。

(うっ それは卑怯です―――!)

 そうなると夕鈴は強く出れなくなるのだ。
 絶対わざとやってるとしか思えないのだが、分かっていてもどうしても勢いは弱まってし
 まう。
「あの作戦は僕がいないと駄目だったし……」
「うっ で、でもですね…」

「―――その作戦を考えたのはてめーだろうが。」

「!」
 二人の後ろで扉が開けられ、入ってきたのは彼女の幼馴染。
 がばっと振り向き、彼の方も睨みつける。
「几鍔! アンタも止めなさいよッ」
「止めても聞かねーだろ。言って聞くようなヤツなら、最初からこんな作戦立てない。」
 視線を戻し、再び陛下の方をじろりと睨む。
 一度は弱まっていた怒りが再燃し、そうなると小犬でも勝てなかった。
「ゆ、ゆーりん… あの、」
 夕鈴の本気の怒りには、狼陛下と呼ばれる彼もたじたじだ。


「怪我は、してないんですね?」
「…え?」
 怒られると思ってビクビクしていた彼が、思ったよりも静かな声の夕鈴にキョトンとなっ
 た。
「どこも、何ともないんですか?」

 彼のことだから大丈夫だとは思うけれど、確認のために問う。
 自分のことを大切にしない人だから心配なのだ。

「―――うん。部下が優秀なおかげでね。」
 肩をすくめて笑う彼のどこにも嘘は見えなかった。
「良かった…」
 その答えに安堵して、夕鈴は肩の力を抜く。
 足の力も抜けそうになったけれど、彼が支えて抱きしめてくれたから床に尻餅を付くこと
 はなかった。


 さっきの噂話を聞いて、いてもたってもいられなくて。
 だから、ここまで急いできた。

 …不安だったの。
 最高司令だからとかそういうのは関係なく、この人に何かあったらって思ったら…怖かっ
 た。


「…俺への心配はねーのかよ。」
 人がせっかくしんみりしていたのに、後ろから情緒の欠片もない声がかかる。
 そういえば、コイツがいるのを忘れていた。
「アンタはこの程度じゃ死なないでしょう?」
 後ろを再びふり返り、呆れ顔の相手を見やる。

 コイツは殺しても死なないだろうから心配なんかしていない。
 むしろ、最前線で突っ込んでいけばいい。

「!?」
 もう一歩前に出ようとしたところで突然後ろに体が傾く。
 そうして再び彼の腕の中に抱き込まれた。
「?? 司令…?」
 覆い被さるように抱きしめられて、肩口にぽすんと頭が乗る。
 首筋に彼のサラサラの髪があたってくすぐったかった。

「ずるい。二人ばっかり仲良くして…」
「……は?」
 拗ねた小犬が見当違いなヤキモチを妬いている。

(誰と誰が仲良しですって? あり得ない!!)

「どこがですかっ! 誰がこんなヤツと仲良くしますか!」
「んなわけねーだろ! 誰がこんな可愛げのないガキと仲良くするかよ!!」
 彼が言わんとする意味が分かり、二人同時に叫んで睨み合う。

 ……と、広い手のひらが夕鈴の視界を覆った。

「ダメ。僕以外見ないで。君は僕のお嫁さんでしょう?」
「お嫁さんじゃありませんよっ 婚約者候補です!!」
「勝手に決めんな! 認めねーって言ってんだろうが!!」
「アンタは私の父親か!」
「お父さん、娘さんを僕にください。」
「ダメだって言ってんだろうが!」

「娘さんを僕にください」
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「……何を騒いでらっしゃるんですか。」

 ぎゃいぎゃいと騒がしい会話は、李順が戻ってくるまで続いた。




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2014.6.15. UP



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ほのぼの会話です。軍服あんまり関係ないww
最後の娘さんを僕にください発言とかお父さん否定してないとかそこに皆さん反応w

次こそは、カッコイイ男達を書きたい…



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