Gold Eyes その1




「行く所がないなら 僕の所においでよ。」
行き場を失った少女に差し出された優しい手。
その時からこの人に一生仕えようと誓った。
彼のためなら命を捨ててもかまわないと―――そう心の中で。



活気溢れる首都の街。
大通りには店が立ち並び、様々な人々が行き交う。
首都が栄えるのはその国が平和で豊かな証拠だ。
  
そしてその中を地位の高そうな一組の男女が歩いていた。
「たまにはこういうのもいいでしょう? アイラさんも毎日王子のお相手をしているのは大変じゃないですか?」
黒髪の男性が隣にいる長い銀髪の女性に言う。
「あらそんなことありませんわ、ティスタ近衛隊長様。ライル様とは兄妹のように育ったんですもの。
ずっと一緒にいたんですから今さら大変なんて思いません。」
あの日から9年。少女はもう18に、少年は19になっていた。
彼の側近として仕え始めて長い月日が経ったけれど彼女の気持ちはあの時から変わっていない。

「それより問題なのは・・・・・・」
あきれたように深いため息をつく。
「・・・ライル様は今頃きっと怒っていますよねー・・・・・・」
「どこに行ったんだ!」とキレて周りに当たり散らしているに違いない。
怒っている様が容易に想像できてしまい、それだけでどっと疲れが出てきた。
そんな気が重くなるアイラを見てティスタは不思議そうに彼女を見た。
「何故です? 街に出る事には伝言を頼んだではないですか。」
「黙って傍を離れた事には変わりありませんもの。約束を破ってしまったんですからきっと怒ってらっしゃいますわ。」
「? 約束、ですか?」
「ええ、そうです。『ずっと傍にいること』と『隠し事をしないこと』。私と王子の約束です。」
「それはまた・・・随分と子供っぽい約束ですね・・・・・・」
他に言いようがなくて苦笑いして言う。
確かに18と19の男女がする約束ではない。
「当たり前ですわ。だって子供の頃の約束ですから。」
そう言って彼女は微笑んだ。



「アイラはまだ帰ってこないのか!」
彼女の予想通りライルは完全にキレていた。
部屋の床には書類が散乱しているのですでに暴れた後らしい。
伝言を伝えに来てそのまま捕まってしまった衛兵は、怯えながら彼女が早く戻ってくることを心の中で祈っていた。
「どこに行ったんだ!? 一体!」
「・・・ですから ティスタ様と街の見廻りに・・・・・・」
「だからどうして私の側近がわざわざ街の見廻りに行かなくちゃならないんだ!?」
「私に聞かないで下さいよー・・・」
つめよられて彼はもう半泣きだ。

「ティスタ様、アイラ様が戻られました。」
そこへ別の兵が伝えにやって来た。
「・・・解った。」
ライルが衛兵から手を離し、彼はやっと生きた心地を取り戻して一礼すると、逃げるように部屋から出て行く。
「・・・2人を謁見の間に呼べ。」



荘厳華麗な謁見の間。
磨かれた石の柱に床は真っ赤な絨毯、そして広さも強国に相応しく半端ではない。
両側には公式な議がなされる時と同じく全ての大臣達が並んでいた。
彼らの表情はどことなく緊張で強張っているような気がする。
「・・・そうとう怒ってますね、これは。」
この状況を見ながらアイラがため息混じりに呟いた。
「の、ようですね・・・・・・」
ティスタも思っていたより事が大きくなっているのに少々驚いている。
ちょっとの間アイラがいなくなっただけで大臣達まで収集しているのだから。

「・・・見廻りご苦労だったな。」
周囲に怒りのオーラを発しながらライルが奥から現れた。
彼が来ると2人は片膝をつきその場にひざまずく。
通常これは男性の敬礼の形だが、アイラは男性と同等の扱いを受けているのだ。
「・・・で? 何か言うことは?」
「特に異常ありませんでした。」
下を向いたままでアイラが答える。
「ああそれは良かった・・・・・・ってそうじゃないだろうが! 私が聞きたいのは黙って城から出た理由だ!」
「じゃあ最初からそう言ってください。」
顔をあげて言った彼女はいたって冷静で慌てた様子も全くない。
逆に周りの大臣たちの方がうろたえてしまっていた。
「ま、待って下さい。彼女を勝手に連れ出したのは私です。彼女は悪くありません。」
ティスタが間に割って入り弁解する。
「それは解っている。誘われでもしなきゃアイラは城から出たりはしない。
ついでに言うと何の接点もないはずのお前らが一緒にいるのも変だ。
どうせ大臣達が裏から手ェ回したんだろ。だからこいつらも呼んだんだ。」
ギクッ
完璧にバレている。縮こまる大臣達を一瞬目だけで見てライルは視線をティスタに戻した。
「間違いないな?」
「―――・・・はい、おっしゃる通りです。」
「やっぱりな。とにかく勝手に決めるな。アイラは私が認めるような奴にしか渡すつもりはない。・・・首謀者は誰だ?」
今度は真っ直ぐ彼らの方を見る。
全員が気まずそうに視線をそらし、名乗り出るものは当然いなかった。
「・・・ほほう。誰もいないのか。だったら全員でいいんだな。」
静かな声で、かつ冷たい視線で言われて彼らはますます小さくなる。

「・・・フゥ・・・・・・」
(・・・仕方ないなぁ・・・・・・)
スッ
今までただ傍観していただけのアイラが突然前に進み出た。
そしてライルの前までやって来るとそこにひざまずく。
「アイラ?」
これにはライルも驚いた。
「―――ライル様、勝手に城を出た事は謝りますわ。でも・・・・・・」
彼のマントの端を握るとそこに口付けをした。
それに周りも驚きどよめきが起こる。
「私はライル様に忠誠を誓っております。私の全てはあなた様の物ですわ。それに、約束は忘れていませんから。
 ・・・ごめんなさい。・・・これで許していただけますよね?」
顔をあげて彼を見上げるとにっこり微笑んだ。
誓う言葉は永遠の忠誠。聞く方も恥ずかしくなるほど勇気を必要とする言葉だ。
言った本人はけろっとしているが言われた方はそうはいかなかった。
「〜〜〜っ!! 解ったよ! 戻るぞ!」
さっきの「マントにキス」ですでに顔が真っ赤になっていたライルはますます顔を赤くして、
それをごまかすように身をひるがえすとさっさと部屋を出て行った。
「はい。」
彼の後ろ姿にもう一度微笑むと立ち上がり、後を追って出ようとする。そして出る前に一度立ち止まって大臣達の方を見た。
「すみません、お騒がせしました。」
ぺこりとおじぎをして言うとアイラも奥へ消えていった。



2人がいなくなった後、残された者達はしばらく動くことができなかった。
大臣達は顔を蒼白にし、ティスタもしばしボー然としていたが突然スクッと立ち上がった。
「・・・・・・どうやら完全に私の負けのようですね。」
諦めたように、しかし吹っ切れたのか、すっきりとした表情でティスタが呟く。
「・・・大臣方、私には無理なようです。ですからこの話は辞退させていただきます。」
最初から解っていたことだった。街に出た時も彼女は王子の事しか考えていなかった。
それにあんな場面を見せられて自分が王子に勝る存在になれるとは思えない。
王子の彼女に対する執着もかなりのものだが、彼女にとっても王子は特別な存在なのだ。見ていてわかってしまった。
「・・・・・・あの2人を引き離すなら、王子が認めるような完璧な人物でないとまず無理そうですね。」
それは自分では無理そうなので思わず苦笑いをする。
それでもあの王子が彼女を手放すとはなかなか考えられないのだが。
「・・・では、私も失礼します。」
一礼してティスタも謁見の間から出て行った。



「ったく何を考えているんだ、大臣達はっ!」
言いながら乱暴にイスに腰掛ける。
「仕方ないですわ。皆さんライル様が心配なんです。」
ライルがちらかした書類を拾い集めながらアイラは笑って言った。
「・・・・・・? 一体何が心配なんだよ。政務だってちゃんとこなしてるだろ。」
確かに彼の次期王としての才能は大したものである。その点では言うことはないが彼らの心配は別のところにあった。
「だってライル様も19ですし、もう妃がいらっしゃってもおかしくないんですよ? 
なのにライル様ったら結婚はしないなんておっしゃられるし・・・」
つまり彼らの心配事はこれなのだ。
「? それとお前とどういう関係があるんだ?」
しかし当の本人は解ってないらしい。
「ありますよ、一応私も女ですからね。それが皆さん心配なんですわ。」
もし万が一王子と彼女がそういう関係になったらと。それはあってはならない事だから。
「・・・まあ、私が結婚でもすればそういう心配もなくなるでしょうね。」
「!!? お前結婚する気なのか!?」
驚いてイスから立ち上がってしまう。
「いえ、全く。考えた事もありませんわ。」
即答。表情も全く変わらない。
「・・・あ、そ・・・・・・」
安心したのか気が抜けたのか、脱力してライルは再びイスに座った。
「・・・もちろんライル様が結婚しろとおっしゃれば誰とでもしますけど。・・・大臣の方々も5年前の約束では納得なさらなくなってきましたね。」
「5年前、か・・・・・・もうそんなに経つんだな・・・」



「アイラ!? その髪は・・・!」
短く、肩の所でばっさりと切られた髪。風になびくと光に透けて輝く、彼のお気に入りの銀の髪がバラバラの長さになっている。
「あ、これですか? さっき大臣の方々に呼ばれて『女では王子を守れない。女は結婚でもすればいいんだ。』
みたいな事言われたのでカチンときてその場で切っちゃいました。」
やけにあっさらっとした表情でアイラは答える。
女性は普通髪を伸ばすのがこの国の風習だ。長い髪こそが女の象徴であり、それを切った彼女は「女」であることを捨てたようなものである。
「さすがにあの方達も青くなってました。でもライル様と離れるくらいなら私は長い髪もいりませんわ。」
にっこり笑ってアイラは言うが、ライルの表情は冴えない。
「・・・もったいないな・・・・・・すごくきれいなのに・・・・・・」
彼女の髪の一房に触れて残念そうに呟く。
「・・・二度と俺のいない所でこんな事しないでくれ。」
心臓に悪すぎる。
「―――はい。あなたがそう望むなら。」



その時から伸ばし続けた髪。すでに腰上までに達した。
隣に来た彼女の髪の一房をライルが持つ。
「―――随分伸びたな。・・・俺はこの髪が好きだからさ、切った時はショックだったんだ。でも・・・良かった。」
自分の傍にいるために切ってしまった髪。彼女の気持ちは嬉しかったけど同時にそうさせてしまった自分に腹が立った。
持っていた髪を自分の唇に当てる。サラサラで柔らかくて触れていると安心する。
「・・・もし切るなら今度はライル様に切ってもらいますね。」
「だったら一生切れないな。」
「…私、そんなに伸ばすんですか?」
2人の目が合う。
そこで何故かはわからないけれど笑いがこみ上げてきて2人で笑った。

こんな日々がずっと続けばいいのに―――・・・



<コメント>
コピーするだけなのでとっても楽v
コレはかなり長いですね。(他のも似たようなものだがな)
では次へどーぞ。



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