FOREST ANGEL その4
彼女が老婆たちと住んでいる家は森のずっと奥にある。 家の庭には季節ごとに様々な花が咲き、それは見る者の目を喜ばせ、森でも最も美しい場所の1つだ。 「♪〜」 今の季節はオレンジや紫、そして濃淡様々なピンクのコスモス。 それらを家の中に飾ろうとルリアは少しずつ取っては籠に入れていた。 「・・・でもお婆様たちどこまで行ったのかしら?」 すぐに戻るよと言って出て行ってもうずいぶん経つ。 森の入り口にお客様だと言っていたけれどそれにしても遅すぎる気がする。 「何かあったのかしら・・・」 「ルリア。」 花を摘み終えた時ちょうど老婆たちが帰ってきた。 「! お婆様 おかえ―――・・・」 緑の老婆の声に振り返って、 ルリアは初めて見る光景に少し驚いた。 たくさんの人。 固い鎧に身を包んでいて強そうで。ちょっとこの風景には不似合いな。 本で見たことある。確か兵隊さんだったっけ。 そしてその中央、先頭に立つ圧倒されるほどの威厳をもつ男の人。 誰・・・? 彼はルリアを見ると優しく微笑んだ。 「ルリア・・・本当にロイアに似ている・・・・・・」 低い声、でもすごく優しい声。そして今のは、 ? お母様の名前・・・? 「あの・・・貴方は、誰?」 知らない人。でも向こうは知っているみたい。 この人は一体誰だろう? 「―――私はタスティ国王、キルト=カイリス=タスティ。」 「お前の父親だよ。」 ポン と小さい姿のままで老婆たちは彼女の視線の高さに現れる。 「私の、お父様・・・?」 でも 今国王って。 「私はお前を迎えに来たのだ。私のただ1人の娘として。」 澄んだ濃い青の、私と同じ瞳の色。 その瞳がまっすぐこっちを見ている。 迎え、に・・・ じゃあ 本当にこの人が私のお父様なの? ついて行ったら一緒に暮らせるの? 私は―――・・・要らない子じゃないの? ポロ ――― 頬を伝う1粒の涙。 悲しいわけじゃないのに どこかが痛いわけじゃないのに 涙がこぼれた。 ずっとふわふわ浮いてた足が地面に着いたような、何も見えない暗闇の中で誰かが手を握り締めてくれたような。 きっと 安心したの。 ルリアの涙におろおろする老婆たちを王はすまなそうに苦笑いして見る。 許可を。 彼女たちはお互いに見合ってくすりと笑う。 ―――私らじゃダメみたいだね。 老婆たちが後ろに退くと彼はルリアを抱きしめてあげた。 「私のお父様―――・・・ ずっと 会いたかった・・・・・・」 要らない子じゃないよって言って欲しかったの。 こんな風に抱きしめて欲しかったの。 「・・・城へ戻ろう。ロイアも待っている。」 王の腕の中でルリアはコクンと頷く。 それから王は顔をあげ、老婆たちを見た。 「三大精霊の方々、私の勝手な都合でこの子を連れて行くことをお許しください。そして・・・今までこの子を育てていただいて ありがとうございました。」 深々と頭を下げる。 「謝る必要はありませんよ。どういたしまして とだけ言っておきます。」 赤の老婆が答え、 「こちらの方こそその子をよろしくお願いしますよ。」 「私たちにとってもただ1人の大切な娘なんですから。」 2人も続けて答える。 「・・・お婆様たちありがとう。そして・・・さようなら・・・・・・」 「ルリア・・・」 彼女が森を出たのはこれが初めてだった。 自分にあてがわれた広くて豪華な部屋。 見たことのないたくさんの物、天蓋付きの大きなベッド。 見る物全てがいつも新鮮でルリアはここに来てから驚いてばかりだ。 「貴女と・・・こんな風に2人きりで話すのは初めてね。」 ベッドの上に並んで座って 先に話を切り出したのはロイアの方だった。 自分と同じ顔の女の人がこちらに微笑みかけている。 この人が私のお母様。 私をお婆様たちに預けたヒト。 「―――でも あの方も困ったものね。」 そう言ってロイアがクスクス笑い出す。 「・・・お父様のコトですか?」 「そう、かなり貴女が可愛くてしかたないみたい。」 彼女が城へ来て数日。初めての、しかもただ1人の娘のせいか王はすっかり溺愛してしまって彼女を片時も離そうとしない。 食事でも何でも 誰よりも一番近くに彼女を置いてその溺愛ぶりに周りは呆れるほど。 ルリアは別に困った様子もなかったが代わりに大臣たちの方がこのままでは政務まで放り出しかねないとロイアに懇願してきた。 しかたなくロイアが王を諌めてそれを収め、こうして2人で話せる時間ができたのだ。 「抱きしめられるのは好きです、愛されてるってわかるから。でも お父様って誰でもああなのですか?」 「え・・・?」 それは「親」がどういうものか知らないが故の質問。 ロイアはなんと答えたらいいか少し考えた。 「そうねぇ・・・貴女の場合はちょっと特別。あの方はきっと取り戻したいのね。」 ルリアがいない空白の15年、きっとそれを埋め合わせたくて。 愛してあげられなかった分を その愛の深さで。 そばに居られなかった分を ずっと一緒に居ることで。 「そうなったのは私のせいなのだけれど―――・・・・・・」 ああ、そうだ・・・ 今聞かなきゃ。 ずっと聞きたかったコト――― 「ねぇお母様。」 「ん? なぁに?」 「どうして私は―――・・・お母様はどうして私をお婆様たちに預けたんですか?」 それを聞いた瞬間の 驚いたような、困ったような表情。 答え難い事だって解ってる。お母様を困らせるだけの質問って事も。 でも知りたい。 本当は不安だけど。いらない子だからって言われるかもしれないけど。 「・・・お婆様たちは話していなかったのね。」 これは私が言わなければいけないことだからきっと黙っていたのね。 そして不安そうな瞳を向けるルリアに笑顔を見せた。 それで彼女の表情が和らぐ。 「―――私はね、何も持たずにここへ来たの。森は飛び出したようなものだったし他人に誇れるような財産なんて当然なかったわ。」 ただ・・・ 「ただ違っていたのは私が人間じゃない事。もちろん城の人たちだって私という存在を歓迎してはいなかったわ。」 ヒトじゃない、それだけで周りは避ける。 孤独だった。 「私にあったのはあの方への愛だけ。あの方が愛してくれている事だけが私の唯一の励みだったの。」 ルリアは黙って彼女の言葉に耳を傾けている。 「だから貴女が産まれた時ね、とても嬉しかったわ。2人が愛しあって生まれた子だもの。けれど・・・貴女がこれから背負う苦しみが 解っていたから。ずっと悩んでその結果預ける事にしたの。」 教えてあげたかった事がたくさんある。 そばにいてこの子が成長していく姿をずっと見ていたかった。 でも彼女が受けるだろう多くの苦しみから守るためにはそうするしかなくて。 もっと自分に力があれば・・・ そう何度も思った。 「ごめんなさいね・・・」 涙を流してそれを拭く事もせずに彼女を抱きしめる。 いろんな事、 幼い頃の寂しさも大人の都合で振り回してしまった事も。 どんなに謝っても謝りきれないわ。 「お母様・・・ それ以上自分を責めないで下さい。そのおかげで出会えた人も知ることが出来たコトもたくさんあります。だから お母様が謝る事は何もありません。」 「ルリア・・・」 なんていい子に育ったんでしょう。 その言葉が私にどれだけの救いを与えたか。 「ありがとう・・・・・・」 「オヒロメぱーてぃー?」 ドレスのサイズ合わせをされながらルリアはそれをどこで着るのかという話を聞いた。 「そうですわ。近隣諸国や我が国の貴族の方々まで、たくさんの方が姫様のお姿を見に来られるのですわ。」 きんりん、しょこく・・・ 「・・・クノール、とか?」 「え? ええ。あそこは隣国ですもの もちろんいらっしゃいますわ。」 クレイは来るのかな・・・? 何も言わずにここへ来てしまったから。 ここに居る事を知ってるのかもわからない。 もう1度会えるといいねって言ったけどここじゃ会えないよね・・・ 会いたいな・・・ 会えるといいなぁ・・・
<コメント>
ちなみにこの話、きっかけはディズニーの「眠れる森の美女」だったり。(どの辺が)
影響受けたのは最初の部分だけですが。
主人公は16まで森で暮らしてたじゃないですか。まぁあれは3人の魔女だけど。
老婆たちのイメージはアレです。3色で。
・・・ルリアは違うけど。