赤翼の天使 血の救世主 その1




砂漠の中にある小さな町。
強い日差しを防ぐために高く小さく設計された窓、建てられた時期で黄色くなったりしているけれども元はどれも真っ白な壁、
同じなようで微妙に個性がある家々が路の脇に並ぶ。
小さいながら交易には重要な地点であるため訪れる者は多く、店が建ち並ぶ路は溢れんばかりの人で賑わっていた。

青年は町に入ると同時に古ぼけた風砂避けのマントのフードを取る。
バサバサに切られた少しくせっ毛のある茶色い髪は 汗でペッタリと張り付いてしまっていた。
けれどそれはいつもの事なのであまり気にはしない。
彼は1つの店で飲み物を買うと 人通りのあまり無さそうな階段を見つけて座り込んだ。


―――ねぇ 何かお話してよ 旅人さん。

突然聞こえた少女の声に顔を上げると そこに居たのは少女1人ではなく。
いつの間に集まってきたのか、町の子供達が彼の周りを取り囲んでいた。
何やら期待した瞳で彼らは青年を覗き込んでいる。
彼らはこうしてたくさんやって来る旅人達に話を聞くのが好きなようだった。
最初は少し戸惑っていたけれど 青年はくすりと笑うとみんなの顔を見る。

―――そうだなぁ じゃあ赤翼の天使に会った少年の話をしてあげようか。

彼の言葉にみんなが大きく頷いたので、青年は「これはむかし むかしの話・・・」とお決まりの文句を言って話を始めた。





昔 砂漠の中に1つの小さな町があった。
その町はたった1つの水脈で成り立ち、彼らはその中で質素な生活をしていたけれど今までは特に不自由はしていなかった。
しかしその年はいつになく暑い年で 元から僅かしかない水が底をつき始めていた。

そしてその頃 その町の住人の1人が町外れの道端で倒れている女性を見つけたのだ。
透けるような白い肌、薄い色素の髪、この辺では見ない風貌をした女性だった。
そんな彼女がどうしてこんな所に倒れていたのか。
けれど心優しい彼はそんな疑問も持たず、彼女を自分の家に連れて行って家族みんなで看病をしたのだった。


数日後 無事に目覚めた彼女は1週間くらいで起き上がれるまでに回復した。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか・・・」
感謝の気持ちで涙をためて何度もお礼を言う。
そんな彼女を彼とその家族は温かい笑顔で答えた。
「私達は当然の事をしたまでだよ。ところで名前は?」
「名前、ですか・・・?」
途端彼女は考え込む。しばらく考えて彼女は困った顔で彼らの方を見上げた。
「―――私の名前・・・・・・何でしょう?」
「えっ!?」
これにはさすがに家族も驚かざるを得ない。
「全然思い出せないんです! 私がどこから来たのかも何者であるかさえっ・・・!」
彼女は自身の名前だけではなく、彼が見つける前までの全ての記憶を失っていた。
わからない事に対する恐怖が彼女を襲う。
自分は何者で、どうしてあの場所に倒れていたのだろうか。
さらに彼女は身分を証明できる物さえ持っていなかった。
混乱している彼女を彼の奥さんが宥める。
「大丈夫、大丈夫よ。思い出すまでここに居るといいわ。」
ね? と彼女が優しく笑いかけると 少し落ち着いた。
「でも・・・名前が無いのは呼ぶのにちょっと不便よねぇ・・・・・・」
何か良い名前はないかしら?と考えていると、後ろに居た長女がひょっこり前に出てきて彼女の前に立つ。
きょとんとしている彼女に向かって笑いかける。
「"エイリア" っていうのはどう? "天使"という意味なの。」
「天使・・・?」
一瞬 頭の中で何かが引っかかった気がした。
「あら、いいわね。それにしましょうよ。」
貴女にぴったりの名前だわ。と奥さんも賛同したのでとりあえず何でも良かった彼女はこくりと頷いた。
「じゃあ貴女はエイリアね。私は長女ルリカ、よろしく。」
17よと言う彼女が1番エイリアと年が近そうだ。
ウチには他に女の子が居ないから嬉しいとルリカは笑う。
「私が1番上なの。で、それから長男のウィテ、次男のサイト。・・・あら ユイナは?」
1番下の弟の姿が見当たらないのでキョロキョロと見渡すとドアの影から覗き込んでいるのが見えた。
「ユイナ? 貴方そんな所で何をしてるの?」
「!!」
見つかったと気づいた途端 彼は走って逃げてしまった。
「? 変な子・・・」
呆気にとられていたルリカだが すまなそうにエイリアの方を振り返る。
「ゴメンね。普段は人見知りするような子じゃないんだけど。」
きっと見た事ない容貌をしているから照れてるのね と言って家族は笑った。


彼女、エイリアは置いてもらえる恩を少しでも返そうとよく働いた。
家族も彼女を気に入ったらしく、あまり時間もかからずにお互い本当の家族のように打ち解けていく。
けれど1人だけ、ユイナだけは未だに彼女と目を合わせようとしなかった。
話しかければ一言二言返しただけで逃げるように居なくなってしまう。
これには家族もエイリア自身も困ってしまっていた。



「ユイナ君!」
お使いを頼まれて買い物に出かけている途中で エイリアはちょうど独りで歩いている彼の姿を見つけた。
思わず逃げ腰になる彼に追いつくと隣に並ぶ。
そうするとユイナもおとなしく彼女の歩調に合わせた。
「何してたの?」
「・・・友達と遊んでて、その 帰り・・・・・・」
彼はたいてい誰とでも明るく話せる子だ。だから町で彼を嫌う人間はいない。
けれど何故かエイリアと話す時だけはその元気がない。
「――― ねぇ どうして私の事そんなに避けるの?」
気に入らない所があるなら言って。
下を向いてあいかわらず目を合わせようとしない彼に問いかける。
「・・・わかんない・・・・・・」
「わからない?」
彼女の言葉にこくっと頷く。
「お姉ちゃんの事 嫌いとかじゃないんだよ。ただお姉ちゃんのそばに居ると怖いんだ・・・」

怖い? 私が・・・?

「お姉ちゃんが悪いわけじゃない。僕が勝手にそう思ってるだけだからっ」
「あ、待っ・・・!!」
いつものパターンで逃げようとするユイナを追いかける。
これじゃ今までと変わらない。

けれど今回彼は角を曲がってすぐそこで立ち止まっていた。
だからといって彼女を待っていたわけではなく、建物の陰から前の一所を黙って見つめている。
「? どう・・・」
聞こうとして彼の視線の先を見る。
「―――おじ様・・・?」
ユイナ達の父親、そしてエイリアを助けた男性。
その彼を含めた男性数人は何やら話しこんでいる様子だった。
「こんな話をあんな目立つ場所でしなきゃいいのに・・・」
12歳とは思えない妙に大人びた口調でユイナは呟く。
「話って・・・ 何の?」
「・・・水だよ。今年は水が少なくてみんな困ってるんだ。子供達には内緒にしておこうとか言ってたみたいだけど
僕らだってちゃんと知ってる。」
それは目立つ場所で話しているせいもあるし、何より子供達は周りに対してとても敏感だ。
「水―――・・・」
そう呟いて考え込んでしまったエイリアはユイナが居なくなったのにも気が付かなかった。



「水が足りないって本当なんですか?」
帰ってきたおじさんにエイリアが尋ねる。
「聞いてしまったのか・・・ でもキミが心配するような事は何もないよ。」
まさか自分達の話が聞かれていたとは思っていない。
彼は笑って ぽんと彼女の頭を優しく叩いた。
けれど彼女が言いたいのは別の事で。
「いえ・・・ そうではなくて。私なら 何とか出来るかもしれません・・・」
「え・・・?」


彼女は不思議な力を持っていた。
水脈が通っているはずも無い地面から水を湧き出させたのだ。
その水は枯れる事無く次々に溢れ出す。
記憶が戻ったわけではないがその力の使い方は自然と理解できたらしい。
他にも様々な事ができると彼女は言った。
その力を使う時の彼女は周りが白い光に包まれていてとても神聖なもののように見え、誰もが彼女に引き込まれてしまう。
「私の事を恐れますか・・・?」
彼女の問いに彼らは首を振る。
彼女は命の恩人だ。
誰もが彼女を崇め、"天使"はこの地の本当の天使になった。
そしてこの小さな町は変わっていったのだ。



<コメント>
ちなみに救世主は"メシア"と読みます。
こっちの方が先に書きあがっちゃったヨ・・・(汗)



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