One Letter その1




近所でも人気のある少し高めのマンション。
新しいながらにクラシック風な西洋建築のデザインは意外に周りに溶け込んでいる。


夕日が空気を赤く染め始めた頃、そのマンションの入り口の自動ドアが開いた。
広く取られた1階の玄関ホールに入ってきた少女はいつものように何かを期待している様子でポストへ向かう。
これが彼女の日課。1番楽しみでワクワクする時間だ。
―――けれど・・・

パタン

彼女はがっかりした様子で郵便受けの戸を静かに閉めた。
中には今日も何も入っていない。
「やっぱり来てない、か・・・」
わかっている事なんだからいい加減諦めればいいのにそれでも期待してしまう。
バカみたいだと思うけれどこれが最後の希望だから。
「まだ、可能性はある・・・」
祈るような思いで彼女は呟いた。



珍しく誰とも会わなかったエレベーターを降り、家の鍵をカバンから取り出す。
「今日のお夕飯は何にしようかなー・・・」
昨日はパスタ、一昨日はシチュー。冷蔵庫に何か残ってたっけ?
考えながら鍵を指でくるくる回す。合わせてキーホルダーの鈴がチャリンと鳴った。
1人暮らしはわりと気楽でいいけれどさすがに料理のレパートリーは限界にきていた。
「量が多いのは食べきれないしー・・・・・・ん?」

あれ?

隣の部屋のドアが開いている。
でも隣は無人のはずだ。1年近く前からずっと誰も住んでいない。

まさか・・・

「あ―――・・・」


「よっと・・・」

ドサドサッ

カラになったダンボールを外に下ろしたところで 彼は呆然と立っている人物に気がついた。
「・・・どうかした?」
彼女に話しかけてきたのは同じ年くらいの男のコ。
「あっ・・・いえ・・・・・・」
慌てて目をそらす。

バカ・・・ 何を期待してたのよっ・・・・・・

違うに決まってるじゃない。
そう思い直して自分の頭をこぶしでコツンと叩く。
彼は彼女の行動を不思議そうに見て首をかしげた。
「? キミ・・・この階の人?」
「え? あっはい。ここ、です。」
彼の部屋より1つ前の扉を指差す。
「そう。じゃあ お隣さんか。ヨロシク♪」
優しそうな笑顔。
スッと差し出された手にちょっとどぎまぎしながら握り返した。
自分より大きいけれど 男の人にしては細いなぁと思う。

違うか・・・ 彼は「普通」なんだよね。

―――・・・
手を握られたまま黙り込まれてしまった。
彼はそれを不思議に思ったが、同時にちょっとした悪戯心が生まれる。
からかいがいのある性格をしていそうだ。
「・・・手がどうかしたの?」
「!! あっ ごめんなさいっ!」
案の定 彼の言葉で夢見た気分から現実に引き戻された彼女は急に慌てだす。
そして離そうとするのを今度は掴んで離さない。
「あの・・・?」
少し緊張したような表情になる彼女にクスッと笑いかける。
「―――あんまり無防備だと今夜遊びに行っちゃうよ?」
「っ!?」
息がかかるほどの距離で囁かれて彼女の顔は真っ赤だ。
「かっ・・・!」
振りほどく前に彼の方から手を離した。
「冗談だよ。」
反応が楽しくてたまらないといった風に彼の顔は笑っている。
「〜〜〜っ!」
完璧に遊ばれていると解って最初に持った彼への好印象は一気に消え去った。
軽そうで本気で恋なんかしてなさそうな。
1番嫌いなタイプだ。
「仲良くしようね♪」
「〜〜〜私 貴方みたいな人が大っ嫌いなんです!」
キッと睨みつけて言ってやるとくるりと背を向ける。
こんな男が隣人なんて冗談じゃない!
「あ、オレの名前 亮介って覚えておいてね〜 まりあチャン♪」
「絶対に覚えません!」

バン!

「あらら〜 怒らせちゃったみたいだなぁ。」
特に困った表情でもなく呟く。
どちらかというと面白い反応だな といった感じだ。
「難攻不落なお姫様ってカンジ?」
そう言って意地悪そうに笑った。



トン トンッ

靴を履いて周りを確認し、忘れ物がないかを1つ1つ指でさして確かめる。
「ん 完璧。」

ガチャッ

「おはよう。」
「あ、おはようござい、ま・・・・・・」
何の疑問も持たず挨拶しかけて横を見る。
壁にもたれてにっこり笑いかけているその挨拶の声の主を認識した途端、まりあの表情が変わった。

バタン!

「おや。」


なっ・・・!?
あの人の部屋のドアは反対方向のはずっ!?

あまりに突然の事にまりあは気が動転してしまっていた。
「なぁにしてんの? 遅刻するよ〜?」
外から亮介の声が聞こえる。
「〜〜〜わかってますっ!」
一体誰のせいだと思ってるのよっ!


それでも遅刻はできないのでそっと開けてみると彼は変わらずそこに居て。
「・・・ガッコ 行かなくて良いんですか?」
半分呆れたようにまりあが尋ねると彼はあいかわらずの笑顔をこちらに向けた。
「せっかく同じトコなんだから一緒に行こうと思って♪」
「え゛・・・」
気が付けば確かに自分のブレザーと同じ物の男性用の制服。当然ながらそれは新品で全ての色が鮮やかだ。
けれど見た途端 彼女は露骨に嫌な態度を見せる。
「私は一緒に行くとは言ってませんからっ。」

ガチャン!

乱暴に鍵をかけて彼の横を通り過ぎる。
けれどどんなに早足で歩いても相手は男の人で、エレベーターに乗るところで追いつかれてしまった。
「ついて来ないで下さい!」
「だって同じ方向でしょ?」
ぐっ・・・
言葉に詰まる。
口では彼の方が上だ。自分では敵わない。
「〜〜〜好きにして下さいっ!」
「じゃあそうする♪」
もうそれ以上抗う気も失せてしまった。
これ以上言い返してもどうせからかわれてしまうだけだ。
なんかペースに巻き込まれている気がして悔しいけれど仕方なかった。



「遅い!!」
私まで遅刻させる気!?
エレベーターから降りてきた彼女に向けられた第一声はそれだった。
「京香ちゃんv ごめんなさーい。」
さっきまでとは打って変わって甘えた声で彼女の腕に抱きつく。
「もうっ 先に行こうかと思ったわよ。」
それをうっとおしいとは思わず京香の方も頭をぽんと叩いただけだった。
そしてそこで彼女の後ろからやって来た わりと美形な男に気がつく。
「・・・貴方は?」
「へ? 俺?」
警戒の瞳で睨まれた亮介はおどけたように笑った。
「彼女の隣に昨日越してきたオトコ。名前は亮介。・・・君は彼女の騎士(ナイト)かな?」
「―――まぁそんなトコね。ってわけでこの子には不用意に近づかないでね。」
まりあの姿をとっさに隠すところを見ると、かなり前から彼女がこうしてまりあを守ってきたことがよくわかる。
ここは無理にしない方が得策だ。
「そんなに警戒しなくても。別に一緒に行こうと思っただけだよ。・・・彼女には嫌われちゃったみたいだけど。」
クスリと笑う。
「ふーん・・・」
ちょっと観察するように見た後、京香は何故か警戒心を解く。
「いいわよ、別に一緒に行っても。」
「京香ちゃん!?」
まりあが驚いた声を出す。
「・・・ただし、言っておくけどまりあが欲しいなら私の眼に適うような男になりなさいよ。わかった?」
「―――肝に命じておくよ。」
からかってるのがバレたかな?
苦笑いして亮介は答えた。



<コメント>
長い長いスランプの末にやっと書き上げた・・・
他の話の方が先に書き上がるし。
でも現代モノって何でこんなに気を使うの!?
長い・・・しかし内容も長いよ 今回・・・
あ、1人暮らしの心境は大学の友達の話を聞いてて自分で解釈したものだったり。



←戻るにおうち帰るに次行くに→