One Letter その3




「あれ、まりあちゃん・・・」
彼女より少し遅れて帰ってきた亮介は、郵便受けの前に立っている彼女の姿を見つけた。
ふたを閉じて彼女はそのままコツンと頭を前に傾ける。
「―――・・・っ」
そのとても寂しそうで今にも泣きそうな横顔に釘付けになった。
中にも入り辛くてその場に立ち尽くす。
「・・・ヤバイかも・・・・・・」


「―――何 そんなトコで立ち止まってんの?」
突然 後ろからかけられた声に亮介はビクリとする。
振り向いて 彼女の顔を見てやっと安心した。
「あ、いや ちょっと・・・」
気まずそうに言って軽く親指で玄関口の方を指す。郵便受けの所にいるまりあが京香の目にも入った。
いつもの光景、変わらない彼女の行動と表情。
「・・・あのコったら まだ待つつもり?」
ホントに呆れるほど一途で意地っ張りだわ。
「・・・?」
ポツリと呟いた言葉を亮介は聞き逃さなかった。
「まりあちゃん、何か待ってるの?」
「・・・知らないなら知らなくてもいい事よ。」
そっけない答えにちょっとムッとする。
「―――俺が知っちゃいけないことなんだ?」
「私が言うべきじゃないってコトよ。知りたかったら本人に聞いて。」
内心マズったと思いながらもそれを表には出さない。
亮介は少し考えて質問を変えた。
「・・・京香ちゃんは、俺の味方なの 違うの?」
俺がまりあちゃんと話す機会が多いのは彼女のおかげだと思ってる。
でも絶対に深く立ち入れさせようとはしない。
彼女の本心はどっちなのだろうか。そういう意味で聞いた。
「誤解、されてるかもしれないけど、私 邪魔なんかしてないわよ。引き離そうとするのはまりあが本気で嫌っている
人間だけだわ。」
「・・・え? じゃあ俺は―――」
それなら自分は真っ先にその対象にされるはずだけど。
「貴方は違うわ。もし まりあが本当に貴方を嫌ってるなら、あのコは口も利かないし感情を動かさないはずよ。」
無―――・・・ それは何よりも残酷な応え。
だから私はその前に、深く立ち入ってしまう前に離すのよ。
彼女を守るため、それだけじゃなく彼女が相手も傷つけてしまわないために。
まりあは怖い。自分をも傷つけてしまうような事を平気でやろうとするから。相手を傷つける事で自分も傷を負う事が
わかっていないから・・・
「貴方は気に入られてる方よ。信じないならそれでもいいけど。」
確かにそれはそんなにすぐに信じろという方が無理な話だ。
あれだけ拒絶されて あれが気に入られてる方だとは・・・
けれど彼女がここで嘘を言う理由は無いし、ずっと一緒にいる彼女がまりあの事をわかっていないはずは無い。
「―――まぁ他の誰でもない京香ちゃんが言うんだから信じるよ。」
「そ。じゃ 私はまりあのトコ行くけど。一緒に来る?」
「当然♪」



「京香ちゃん 最近あのヒトと仲良いね。」
京香は唖然として 指で回していたシャーペンを落としてしまった。
日曜にまりあの家で一緒に勉強をしていた時の事だ。
レースのカーテン越しに差し込む光が白いノートを反射する。
青い絨毯の上に膝を崩して2人は向かい合って座っていた。

「・・・亮介君の事?」
間を空けて京香が問うと彼女は頷く。
「廊下とかでも2人でよく話してるでしょ? だから・・・」
京香の方は呆れて何も言えなかった。
その時まりあの姿を見つけた亮介は真っ先に彼女に向かっていって日曜の誘いを懲りもせずした上
周りからも「頑張れよ〜」とか言われていた。
それなのにそれでも自分より私の方が仲良く見えるなんて 鈍いんだか何なんだか。
亮介君も不憫なヒトだわ・・・
思わず同情してしまう。
「―――まりあは私と彼が話すのが嫌なの?」
「え? そういうわけじゃ・・・ 京香ちゃんならお似合いだと思うし・・・・・・」

・・・おや?

「まりあは、私が彼と話すのと彼が私と話すの どっちが嫌なの?」
「へ―――・・・?」
京香がじっとまりあの瞳を見る。
変な顔のまま まりあは言葉を失って彼女と視線を合わせた。

"どっち"が・・・?

「だ、だから私は嫌じゃないって・・・」
「ふーん・・・」
それだけ言ってまたじーっと睨むように見る。
「・・・け、京香ちゃんの意地悪ぅ〜〜・・・・・・」
半泣きなってしまったところで 京香は視線を外してクッションに体を預けた。
「まりあって自分にも他人にも嘘付けないタイプよね。・・・ま、いい傾向だわ。」
「京香ちゃん それ誤解っ・・・!」
そう言ったらまた睨まれた。
「往生際が悪いわね。自覚あるなら諦めなさいよ。」
「うっ・・・・・・」
思いっきり指摘されて返す言葉が無い。

―――ホントは気づいてるよ。
前ほど彼の事が嫌いじゃないのも、京香ちゃんと楽しそうに話してるのを見た時嫌な気分になっちゃった理由も。
だけど、それ以上はもうダメだよ・・・

「だけどそれじゃ忘れる事になっちゃう・・・ それは嫌・・・・・・」
「まりあ、いつまで待つつもりよ。いいかげん―――・・・」
「だって! まだゼロじゃない。彰が帰って来ないとは限らないっ。」
まだ頑なに信じ続けている 彼が帰ってくるコト。
心を強引に曲げてまで待ち続ける理由が何処にあるというの?
「・・・頑固なんだから。だけどね、自分の気持ちに正直にならないと何時か絶対後悔するわよ。」
「私は いつでも正直だもん・・・っ」
こうと決めたら絶対に引かないこの性格は昔から全く変わらない。
彼女の両親がN.Y.に行こうと言った時も 彰さんと離れたくないからと頑として自分の意思を押し通した。
それが強い所でもあるけれど、同時に1番危険な部分だとも思う。
京香は深く息を吐くと 体勢を戻す。
「まりあがそう言うなら仕方無いわね。―――ほら課題、終わらないわよ。」
その言葉にはっとして 慌ててまりあは手を忙しく動かし始めた。



――― 手紙を送るよ。とびきりキレイな山の写真の絵葉書で。だから・・・

「・・・だから 待ってて―――」
呟いてまりあは目を開けた。
額に手の甲を当てて 天井に向かってため息をつく。
「あの時の夢なんて久しぶりに見た・・・」
彰が行く前に残した言葉、焼きついて離れない笑顔の残像。
「忘れられるわけないよね・・・」



パタン

夕方、いつものように郵便受けのふたを閉めて がっかりした様子で肩を落とす。
今日も入ってなかった。
「夢に出たからもしかしたらと思ったんだけどな・・・」
やっぱり現実はそううまくいかないものだ。
「まりあチャン♪」
ぽんと肩を叩かれて弾かれたように後ろを振り向く。
その表情は驚いたというか、見せたくない物を見られてしまったような感じだった。
「いつも何を待ってんの?」
「・・・何でもない。」
「何でもないワケは無いでしょ。そんな泣きそうな顔しといて。」
途端 ビックリしてまりあは頬をおさえる。
「えっ? ウソ!?」
「ホント。で、何を待ってるの?」
彼はあまり深く考えて聞いている風ではなかった。ただ正直な疑問をぶつけてきているだけ。
「何を、って―――・・・」
本当はそこで黙っていても良かった。話して何が変わるというわけでもない。
けれどその時は、何故か話さずにはいられなかった。
話して心を落ち着かせないと きっと後で独りで泣いたに違いないから。

「―――彰からの手紙を待ってたの。」
「アキラ?」
当たり前だが全然聞いた事のない人間の名前。男か女かも判断しにくい名前だ。
「恋人なの。貴方が来る前、あの部屋に住んでたヒト。」
そっと郵便受けに触れた。冷たい感触が指先に伝わる。
「帰る前に手紙を書くって言って もう1年になる。だけどまだ外国から帰ってこないの。」
"気をつけて" いつもの事だからそれだけしか言ってない。まさかこんなに長く待つ事になるなんて思ってなかったから。
だけどちゃんと待ってるよ。約束をちゃんと守ってる。
「ソレって戻る気無いんじゃ・・・?」
何気に言った亮介の言葉が彼女の感情の線に触れたようで、まりあはギッと彼を睨みつける。
「そんな事ない! だったら手紙を出すなんて言わないわ!!」
「そんな怒らなくても・・・」
率直な感想を言っただけなんだけどな。
こういう風に怒鳴られるのはとっくに慣れてしまっているから別に何とも思わないけど。
ひょっとして図星だったりするのかな?
「――― 泣くほどの事だった?」
「・・・っ 誰のせいだと思ってるのよ〜・・・」
結局泣いてしまった。しかも1番見られたくない人物の前で。
でも当然すぐには泣き止めない。
さすがに本気で困って亮介はぽりぽり頭をかいた。
「ん〜 じゃあお詫び。はい コレ。」
手に乗せられたのは遊園地のチケット。
「全部俺の奢りで連れて行くよ。今度の日曜日にね。」
まるで子供をあやすような口調で言う。
拍子抜けしたというか、きょとんとしてまりあはぴたりと泣き止んだ。
「うん・・・」
そしてまりあは思わず返事をしてしまうのだった。




<コメント>
まりあは私にしては珍しく「普通の」女の子。
弱いし 泣き虫だし 成績も良い方じゃないし。
どちらかと言うと京香の方が私が好んで書く主人公のタイプだね。
・・・しっかし 彰さんの出番は・・・・・・(汗)
仕方無いんだけどさ・・・
もっと出させてあげたかったよ・・・(ため息)



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