花蘇芳 その1




許さない あの男。
私を地獄へと追いやった罪はその身で償ってもらう。
最上級の苦しみをアイツに与えてやる。
待っていて、その日はもうすぐやってくる。
それまでは仮初めの幸せを噛みしめていなさい。
最後の幸せな時間をね・・・




[立花 啓治  もうすぐ貴方の所に災いが訪れる ―H―]
黒い封筒で送られてきた手紙。
その中に入っていたのはそう書かれたカードと花蘇芳の写真だった。
そしてその写真の裏には「花言葉は"裏切り"」と赤い文字で。

ソファの後ろから覗き込んだ彼女がそれを見て小さな悲鳴をあげる。
「な、何よそれっ 悪趣味!」
それらをテーブルに投げ捨てて 啓治は彼女の方を見た。
「安心しろよ、こんな事するのは芙由子だろ。アイツ 自分が勝手に騙されたくせに俺のこと恨んでんだぜ。」
バカじゃねぇの?

彼女・・・千夏と付き合うのにちょっと金が足りなかったから あの女騙して貢がせた。
そんなのにも気が付かずにあっさり騙されて、捨てたら今度は恨みやがる。
騙された方が悪いんだ 逆恨みだぜ。

「1週間後には俺たちの結婚式だ。そんな顔するなよ。」
彼女の肩を抱いて引き寄せてキスをする。
それで千夏も安心したのか笑って今度は彼女からキスを返した。
相手は友達もいない地味な女1人。何もできやしないさ。
その黒封筒を見つめて啓治はクッと冷たく笑った。



―――許さないから!!

髪を振り乱して真っ赤にした瞳をこっちに向けて叫んだあの時の顔。
けれどアイツに対してはああもうこれで終わりか、くらいにしか思わなかった。
元々何の感情もわかなかった女だ。
楽な生活がもうできないのが少し残念だと思った程度で あとはどうでも良かった。
千夏が不思議そうに見上げて俺を見る。

―――騙されたお前が悪いんだぜ?

そう言ったら酷く傷付いた表情に変わった。
芙由子のヤツ まだ期待してた様子で、心の中でバカだよな と冷たく笑う。
誰が千夏のような美人捨ててお前に惚れるかよ。

走り去った彼女を追う気なんてさらさら無い。
放っておいて、また千夏とのデートを再会させた。



手紙の事はすぐに忘れた。
それから特に何もなく結婚式の当日はやって来た。
空は快晴で天気までも祝福してくれたようだと千夏が笑って言う。

結婚式は千夏の希望で教会に決めた。
今日呼んだのは親と2人の親しい友人だけで小規模なものだ。
けれど結婚といっても前から同棲していたから生活はさほど変わらない。
仕事も順調だ。
芙由子が何をしようと俺は幸せだ。
こんな俺を前にして お前に何ができる?


ガチャ・・・

「千夏か?」
控え室のドアが開いた音に振り返って、啓治は言葉を失った。

生気が無い青ざめた表情の中で瞳だけが異様に鋭く光る。
すっかり面変わりした彼女の姿がそこにあった。
「芙由、子・・・ どうしてお前がココに・・・・・・」
やっと絞り出した言葉に芙由子が笑う。
「知り合いに今日が貴方達の結婚式だと聞いたからお祝いに来たの。」
けれど彼女の表情は"お祝いに来た"と言えるような様子ではない。
「何、しに来たんだよ・・・」
けれど彼の言葉は無視して左腕の袖をめくった。
「見て。」
手首に巻かれた白い包帯に赤く滲んだものが混じる。
彼女はその包帯をスルスルと解いた。

「―――私、何度も死のうとしたのよ。」
そこにあったのは生々しく傷跡が残る、手首を切った跡だった。
しかも1度や2度ではない。深く深くその傷は彼女の皮膚に入っていた。
「だ、だから何だよっ・・・!」
啓治は1歩1歩後ろに下がる。その度に彼女も前に進んだ。
「首を吊ろうとした事もある。・・・だけど死ねなかった。」
借金がかさんで、親から見離され、この男からも捨てられて絶望の末に取った選択。
だけどそれすらも許されなかった。
「それから考えたの。私が死ねないのは貴方に復讐していないからだと。」
それまではまだ死んではいけないという事だと解釈したわ。
「そ・・・な バカな事があるワケ・・・・・・」
今のコイツは危険だ、と思ったが逃げ場は無い。
気が付けば壁に手がついていた。

「どうやったら貴方が1番苦しむか考えて、考え抜いて思いついた方法が―――・・・コレよ。」
手に持っていた黒いバックから1本のナイフを取り出す。
「貴方が幸せの絶頂にいる時に現れて地獄の底まで突き落としてやろうってね。」
足が竦んでしまって動けない。コイツは本気だ。
誰か来てくれればいいのに誰も来ない。
「―――子どもまで孕ませといて こんな仕打ちはないわよね・・・」
もちろんとっくに堕ろしたけれどね。
それを知ったのは貴方に捨てられた後だったから。
そう言う彼女の目は見た誰もが背筋を凍らせるほど鋭い。
「おかげで私はもう子どもが産めない身体よ。」
時期が悪過ぎて 不摂生だったのも重なって子宮ごと失くしてしまった。

何がお前しか頼れるヤツが居ない、よ。
何がお前だけいればいい、よ。
私を利用するだけが目的で近づいてきたくせに。
どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ!
貴方のせいで私がどれだけの物を失くしたか 知りもしないくせに!!

「・・・何もかも貴方がめちゃくちゃにしたのよ!!」
芙由子はナイフを高くかざし、彼は思わず固く目を瞑った。



<コメント>
花蘇芳の花言葉はホントに「裏切り」です。
写真にしたのはこの花が木に咲く花だから。
一気に書き上げたからどこかに間違いがあるかも。
しかしヤな男だ 啓治。



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