血色の天使 その1





 天界、光満ちる聖堂の中を天使達が多く行き交う。
 その合間をスルスルと抜けながら 彼はすでに日課となっている彼女を探していた。

「フィリア!」
 同じ白い聖衣、似たような薄い色素の髪、その中で一際目立つ彼女を見つけて彼は手を振る。
 呼ばれた方はピクリと反応はしたが、すぐ何事も無かったように歩き始めて振り向きさえしなかった。
「全く・・・ 相変わらずだね・・・」
 笑いながらも困った表情で肩を竦めて彼は少し足を速めた。


 ポンッ

「置いて行くなといつも言ってるのに。」
 軽く肩に乗せられたその手を 彼女はうざそうに払い除ける。
「私もいつも言ってるわ、カイ。私に構わないで。」
「・・・上司に向かって呼び捨ては無いと思うけどね。」
「今は任務中じゃないもの。関係ないわ。」
 それだけ言って 止まっていた足をさっきより速めて再び進みだした。

 何者も寄せ付けようとしない 容赦ない言動と雰囲気。否、これは拒絶と言うべきか。
 けれど慣れた彼はそれくらいでは引き下がらない。
 彼女に歩調を合わせて横にぴたりとついて行く。
 いくら早くなってもその距離は変わらない。
「・・・・・・っ」
 どんなに早く歩いても相手は男性、身長も歩幅も敵わないのだから。
 その努力は無駄に終わり、振り切るのも諦めて フィリアは普段の歩調に戻した。


 ―――――・・・・・・
 けれどそこで会話が生まれるわけは無い。
 カイの方も別に特別話す事は無かったので少し考えた。
 そして突然フフッと軽く微笑う。
「・・・君は見つけ易くて助かるよ。どんなに遠くに居ても分かるからね。」
 群衆の中に居ても一際目立つ容姿。
 自分でなくてもきっと誰もが彼女に惹きつけられる。
「それがどうしてか、分かるかい?」
 そこまで言ったところで彼女がギッと彼を睨んだ。
 どうやら今のは彼女の注意は引けても機嫌を損ねる言葉だったらしい。
「悪かったわね。どうせ私は異端児よ。」
 怒りを込めて彼に言い放つ。

 純白とは程遠い、赤い赤い血のような翼。
 生まれた時から異端だと言われ続け、怖れ続けられてきた。
 そして私の戦い方は本能的で 我を失えば敵味方関係なく邪魔な者は排除する。
 それは私の心が悪魔の物だからと。
 "異端児"――― 私は周りとは異なる者。
 だから誰も近づかない。何時しか私も求めなくなった。
 ・・・この男だけは何を言っても近寄ってきたけれど。

「おやおや、誤解しているね。私が見つけ易いのは君が美しいからだよ。」
「!? 急に何言うのよ!?」
 顔が真っ赤になっているのを見て彼はクスリと笑う。
 彼女は愛される事に慣れていない。だからこういう時の反応は割と素直だ。
「本当の話だよ。何処に居ても君は周りより輝いて見える。だから一際目立ってる。」
 普段翼は見えないのだから翼の色は関係ない。
 考えれば簡単な事のはずなのに、生まれた時から言われ続けたせいか 彼女は気付かない。
 未だ癒えない心の傷が 彼女に目隠しをしている。
「〜〜〜っ 勝手に言ってな!」
「じゃあ 勝手に言わせてもらうよ。」
 彼の表情は笑っている。
 それが馬鹿にされているみたいで悔しくて。
「〜〜〜〜〜っっ!!」
 ドンと力いっぱい押して彼の身体を突き放し、ズンズン先へ行って彼と距離を開けた。


 もちろん彼も軽くよろけた程度だったからすぐに追いつける事は出来たのだが。
「・・・異端も何も 天使も悪魔も同じモノなのだから関係ないと私は思うけどね。」
 わざと立ち止まったまま、彼女に聞こえるよう大きな声で言った。
 予想通り彼女はピタリと立ち止まり、血相を変えてかなりの勢いでこちらに戻って来る。
「カイ! 貴方言って良いコトと悪いコトの区別ついてる!?」
 今の言葉は。
 存在すら対極に位置するとされている彼らと我々を同じ扱いにするなんて。
 他の誰かに聞かれでもしていたら・・・
「ついてるよ。」
 壁に追い詰められ、詰め寄られていながら、彼は平然として答えた。
「現在の魔族の王は元は神に最も近い天使だった―――・・・ 知ってるかな?」
 彼女の表情が当惑して、彼を締めていた力も緩む。
 隠された秘密の歴史。それを知っている者はおそらく殆んど居ない。
 彼自身、偶然知ってここまで調べるのには相当な時間と労力を使っている。
「何を・・・言っているの・・・?」
「―――彼は誰よりも忠誠心厚く、誰からも愛され、まさに完璧な天使だった。」
 昔話でも話すように緩やかな口調で、カイは語り出す。
 眉根を寄せてはいたものの、フィリアも彼の言葉を疑いはしなかった。
「じゃあ どうして・・・?」
「彼は神を愛するあまりに自分も神になりたいと思ってしまった。―――そして反旗を翻し、破れた。」
 いくら神に近くても、それは近いというだけで やはり神に敵うわけが無いのだ。
「その頃は消滅の刑は存在してなくてね、彼は天界の外、地底の奥底に堕とされたんだ。」 
 堕とされた彼が行ったのは何もない「無」の世界。
 生きる者も生きる術も何も無い世界、それは消滅させられるのと状況は何も変わらないものだった。
 ・・・そして そこで彼は果てるはずだった。
「けれどその地で果てるはずだった彼はそこに新しい世界を創り、自分はその頂点に立った。」
 魔界の王となった彼は その世界で神と同じ地位を手に入れた。
 けれどそこはどんなに真似ても天界ではない。
「違う所で彼は目的を達成した、けれど彼が欲しいのはやはり神の地位。」
「・・・だから彼らはこの地を狙うというワケ?」
 彼女の言葉にカイはこくりと頷いた。
「―――そう。かの王はまだ諦めていない。だから消滅の刑を受けた天使達をも仲間にしている。」
「・・・力になる者なら何でも良いというのね。」
 "消滅の刑"は神に背いた者達が受ける刑の中で最も重い。
 仲間を殺めてしまった者や、反旗を翻そうとした者に与えられる。
 私の場合は暴走する前にカイが止めてくれるから 罰を受けるまでには至っていない。
 そう、まだ。
 いつかは起こしてしまう危険があると 自分でも思っている。

「私はごめんだわ。そんな自己中なヤツの下に付くくらいなら潔く消滅を選んだ方がマシよ。」
 暴走を止められず たとえ誰かをこの手にかけてしまっても、無様に命を長らえようとしようとは思わない。
 力に屈してしまったのなら それは私が弱いからなのだから。
「実に君らしい答えだね。」
 フフッと笑ってカイは楽しそうに言う。
「悪い?」
 ムッとして返すと彼は優しく笑って彼女を見返した。
「いや、私も同意見なのでね。・・・そういう所が 貴女は誰より天使らしいと思うよ。」
 天使だからと全てが心清らかな者だとは限らない。
 上の人々には何を考えているのか分からない者も居るし、中には彼女を邪見にする者も居る。
 彼女を守ろうと思う中で、そういうものも様々彼は見てきた。
 そして疑問を持ち始めた頃、彼はその歴史を知ったのだ。
「君は天使だよ。誰がどう言おうとも。」
「・・・悪魔の心を持っていても?」
 馬鹿みたい と切り捨てるように言う彼女を困ったように見る。
「それは君の周りの大人が創った物だと言っているだろう? 君は純粋すぎるだけだ。」
 だからそれを受け入れてしまっただけのこと。
 いつも言っているはずなのに どうしてそこまで耳を塞いでいようとするのか。
「貴方は私を誤解しているわ。私の心の中は もっと・・・」

「こんな所にいらっしゃったのですね!」
 その声と共に 数人の女性達が2人の間に割って入るような形でカイを取り囲む。
 困ったようなカイの表情を見てもお構い無しだ。
「ずっと探していましたのよ。」
「え、ああ・・・ それはすまないね。」
「今日こそは私達とお茶をなさるお約束、守ってくださるのでしょう?」
「最近ずっとお忙しそうだったんですもの。」

 ああ、そうだった・・・

 彼と引き離されて フィリアは不意に心が冷め切った。
 彼はどの女性にも平等に優しかったのだ。私だけが特別なわけじゃない。
 その優しさに惑わされる者も多いのは確かだが・・・
 危うく私も彼の話術に嵌ってしまう所だった。
「・・・私は失礼しますよ 隊長殿。彼女達に誤解されてはかなわない。」
 感情を持たない瞳で彼の顔を1度だけ見ると、彼女はその場を去っていった。



<コメント>
なんと続きです。つーか趣味丸出し設定〜〜・・・(苦笑)
内容はちょっぴり(?)前作と矛盾してますが ・・・スミマセン(汗)
まだあの頃は漠然としか決まってなくて・・・
まぁ独立した別々の話みたいなものなので気にすることは無いんですけど。
・・・えー どうでも良い補足ですが、フィリア=エイリアです。
エイリアという名前は周りがつけた名前ですんで。



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