血色の天使 その2





「・・・貴方様は随分と彼女を目にかけていらっしゃるのですね。」
 見送る背中を見ながら 不満げな様子で1人の女性が言った。
「異端と呼ばれる者に自ら近寄ろうとなさるのは貴方様くらいのものですわ。」
 別の1人もそう切り出す。
 それはきっと誰もが彼に言うセリフ。聞き飽きるほどではないがもう何度も聞いた。
 するとカイはフフと笑う。
「―――話してみると意外と可愛らしいですよ。」
 世間慣れしていない素直な反応も、時折見せる少女らしさも。
 カイにとっては全てが新鮮で、そしてとても愛しい。
 そう言った表情が普段見せないようなものだったので 女性達は多少なりともムッとする。
「でも私は嫌ですわ。皆言っているではありませんか、彼女は"悪魔の心を持っている天使"だと。」
「いつ我等を裏切るのかと、皆恐れていますわ。」
 彼は何も言い返さない。
 確かにそれは誰もが思っている事、声に出さないだけの人々の不安。
 自分はそう思ってはいないが。
「主は何を考えてらっしゃるのかしら。あのような危険な者を天使軍に置くなど。」
「・・・・・・」
「あまつさえ聖堂の中を我が物顔で歩くなんて。聖堂が穢れてしまうわ・・・」

 パンッ!!

『!!!?』
 中央で大きな音をたてられて、水を打ったように彼女達は静かになった。
 その手を叩いた張本人は 営業用のスマイルで彼女達を見下ろす。
「どうやら貴女方は私が思っていた以上に愚かな方々のようだ。」
『なっ!!?』
 思わずカッとする女性達だったが、次の彼の表情を見ると 怯んで固まってしまった。
 普段女性には笑顔しか見せない彼の、それは静かな怒り。
「全てを慈しむ心無くして天使と呼べるのか。」
 それは常に彼が持っていた疑問。
「・・・少なくとも 貴女方より彼女の方が数倍天使らしい。」
 彼女の事をろくに知りもしないで 情報だけに流されて。
 "彼女"という人格を勝手に創り上げてしまう者達の何処が天使というのか。
 嫉妬という感情に負けてしまうような心弱き達の何処が。
「お茶の約束は無かった事にして頂きたい。もう話す事も無いでしょう。」

 そして、私も天使らしくは無い。
 そもそも我々と魔族とは何が違うのだろうか・・・



 日当たりの良い窓に座って 彼女は外を眺めていた。
 立てた膝に頬杖をついて、眺めるのは光に溢れた天界の姿。
「フィリア。こんな所で待っていてくれたんだね。」
 彼の声が聞こえてもフィリアはそちらを見たりはしない。
「・・・どうして私が貴方を待たなければならない。」
「素直じゃないね。―――寂しがり屋さん。」
 言葉と同時に彼女の肩を後ろから抱いた。
 彼女からは陽の香りがする。その温かさはとても心地好い。
「離せ」
 彼はそれに応えない。
「離せと言っている。」
 再び彼はそれを無視。

「〜〜〜〜〜離してっ!」
 開いている腕で払い除けようとしながら振り向くと 彼の顔が間近にあった。
 彼の腕はあいかわらず巻かれたまま。
 ひょっとしてもしなくても さっきより体勢的には危ない状況だ。
「やっとこちらを向いたね。」
 下手すればキスでもしてしまいそうな距離。
 見事にフィリアは何も出来なくなってしまった。
「心配しなくても彼女達の誘いはきちんと断ってきたよ。」
「だっ 誰が心配なんかを・・・っ」
 あまりの至近距離のせいでフィリアの顔は赤い。
「今は誰よりキミが大切だからね。他の女性はどうでも良い。」
「ど、どうしてそう貴方はすぐそーゆー事を・・・」
 本気じゃないのにそういう事を言うから女性達が舞い上がってしまうのに。
「すぐには信じられないかもしれないが これは本気の言葉だよ。今守りたいのは君だけだ。」
 いつもより甘く優しい声。
 耳元で囁かれる声は彼女の体温を上昇させた。
「そ・・・っ」
「ん?」
 2人の間に抵抗するようにあった彼女の手に 少し力が入る。
「―――そんなの信じるわけないでしょ 馬鹿!!」
 渾身の力を込めて突き飛ばし、彼の身体は見事に吹っ飛んだ。
 窓を支えにしていたおかげで効果は予想以上だ。
「酷いね〜・・・ 尻餅をついてしまったよ。」
 ヤレヤレといった感じで カイはそのまま立ち上がらずにフィリアに苦笑いを見せる。
「本当に素直じゃないね 君は。」
 そういう所も可愛いと思うのは当然の事だけれど。
 言えばムキになるのも目に見えて分かりやすい。
「もし君が死んでしまったら 私はすぐに後を追うよ。それぐらいの気持ちを持っているのは覚えておいて欲しいね。」
「し、知らないわよっ! 独りで逝ってよ!!」
「―――今はそういう事にしておこうか。」
 言葉とは裏腹に 顔は正直な人だとカイはくすくす笑って言った。
 もちろんその反応はフィリアにはとても面白くない。
 言葉の駆け引きでは絶対に敵わないのだから。そこが悔しくて仕方がない。
「〜〜〜笑わないでよっ!!」
 今言えるのはそれだけ。顔を真っ赤にして言う事しか出来なかった。




「我等が大いなる主よ。私に話とは何で御座いましょうか。」
 鏡のように磨き上げられた床に跪き、その大天使は神に参上の言を告げた。
 段上高く 薄いヴェールの向こうにおわしますその姿。
 見た者は数少ないが 受ける圧力感はまさに我等の上に立つべき者。
「―――最近フィリアに近づく者が居ると聞く。それは真か。」
 地に響くような声で神は問う。
「はっ・・・ 彼の者の所属する隊の長にある者で御座います。」
「その者は赤翼天使の意味を知らぬのか?」
 赤翼天使は怖れの象徴。自ら好んで近づく者は居ない。
 意味は異端児。
 誰もが意図して避ける者。
「いえ、知らぬはずは無いでしょう。しかしあの者は少々変わっておりますので・・・」
「ほぅ・・・」
 俄かに興味を持ったように神は次の言葉を待つ。
「彼の者の入隊の際に、どの隊も避けようとする中で あの者だけが進んで引き受けたのです。」
 相手は赤翼の異端児、入隊前からすでに天界最強だと言われていた者を誰も受け入れようとはしなかった。
 本人もそうなる事は分かっていたようで 最初から諦めの表情をしていた。
 しかし、その中で突然彼が進み出 自分の隊への編入を許可したのだ。
 暴走についても自分が止めるからと、最も危険な役だと分かっていながら承諾したのだ。
「周囲から変わり者と呼ばれておりますが、その性格ゆえか人望は厚い様子で御座います。」

「―――・・・目障りだな。」
 フィリアは孤独に生きる運命を持つ者なのだ。
 誰にも愛され、そして心許してはならぬ。
「? 何か仰られましたか?」
「・・・否。」

「―――そういえばその者、隠された歴史を解こうとしていた者だな。」
 神の声にびくりと肩を震わせる。
 隠された歴史、それは知ってはいけない過去の記憶。
 知っている者でも口を塞いでしまう、それは禁断の記憶。
 何故ならそれは在ってはならない事実だから。
「ですが、それは不問になさると仰ったはずでは・・・・・・」
「状況が変わったのだ。歴史を知り、口を噤むなら何も言うまい。」
 今までの者は全てそうであった。
 魔族の王が天使であるなど、双方共に元は神が創り出した物などと。
 今まで信じてきたものを覆す歴史を、神の存在を否定しかねないものを好んで口に出すものは居なかった。
「しかしその者は他人に教えた。他の者ならまだ許しもするが、フィリアにとは・・・」
「! それは真で御座いますか!?」
「―――許されぬ事だ。あの者を消滅させよ。」
 常より力強い声音。
 彼は圧されて応えようとしたが、寸での所でハッとした。
「お待ち下さい! 歴史を解く事で彼は裁く事は出来ません!! それは全ての天使に歴史を公開するという事です!」
 消滅の刑は天界裁判で無くては決定できない。
 そして決定付けるには証拠が必要なのだ。
 その為に隠された歴史の存在を公開すれば 天界にパニックを起こしかねない。
 天界裁判は全天使に公開されているものなのだから。
「・・・裁判など必要無い。」
「は?」
「愛する者の手で消されるのならば 彼も文句は無いだろう。」
 神の口の端が笑う形を作っていたのは その大天使さえも知らない事・・・
「―――フィリアも自分の運命を忘れているようだ。そろそろ思い出してもらわぬとな、自分の存在意義を。」



<コメント>
いくらラブラブやってても、彼女を待っているのは下界に落される事実。
2人の先にハッピーエンドは無いのです・・・
そして天界裁判で彼女の味方は居ないのです・・・
ああ 切ない・・・
ってかちょっとテンポ速いですかね?



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