血色の天使 その3





「邪魔だ!!」

 ザンッ!

 赤い翼をはためかせ、等身より長い 金に輝く錫丈を振り回す。
 迫ってくる漆黒の翼を持つ者を次々薙いでゆく姿はまさに戦うために生まれてきた者。
 いつものように攻めて来た魔族を倒す為に フィリアとカイの隊も戦闘に参加していた。
「消されたくなければさっさと失せろ!」
 彼女の錫丈は薙いだ者を死滅させる、特別で そして最も恐ろしい武器。
 消滅の刑と変わらないと、味方をも震撼させている物だ。
 けれど彼らは逃げ出そうとはしない。
 それを容赦無くフィリアは倒していく。

「フィリア殿。ここは貴女1人に任せてもよろしいか?」
 カイの隊とは別の、彼女の近くにいた隊の長が 一通り周りを殲滅させた彼女に聞いた。
「好きにするが良いさ。どうせ足手纏いだ。」
 事実なので彼は何も言い返したりはしない。
「ではご武運を。」
「・・・心に無い事を言う必要は無いよ。そちらもせいぜい死なない事だな。」
 彼が苦笑いを見せるとフフンとフィリアも笑う。
 彼は目で合図をすると、隊の全員を引き連れてその場から飛び去った。


「良かったのですか?」
 長のすぐ近くに居た まだ年若い天使が問う。
「我々は余計な事を知る必要は無いのだ。上からの命に逆らうなど許されない。ましてやそれが主の御意思とあれば・・・」
 逆らえば、ここに居る全員が消滅の刑になるのは免れない。
 隊を守る者として、長としてそれだけは避けなければならない事だ。
「思っていたより随分と優しげな方でしたね・・・」
 寂しげに年若い天使は呟く。
「・・・・・・噂の真実とは常にそんなものだ。」
 心の奥に残る罪悪感を振り払って、彼らの隊はフィリアから離れていった。


 
「フィリアを知らないか!?」
 自分の隊の1人に焦った様子でカイは尋ねる。
「い、いえ・・・ 先程からお見かけしていませんが・・・ ご一緒ではなかったのですか?」
 普段あまり見られない彼の焦りに 聞かれた方も少々驚いてしまった。
 すると近くに居た別の1人がカイの傍にやってくる。
「フィリア様なら別の隊と西の方に行かれるのを見ましたよ。あちらの方が敵が多そうでしたので喜んでおられたようですが・・・」
「〜〜〜あの馬鹿っ!」
 フィリアの困る所は、戦闘となれば途端好戦的になり 思慮の欠片も無くなってしまう部分だ。
 だから普段から目を離さないようにしていたのだが、戦況を見る為に少し目を離してしまったばっかりに。
「長時間の戦闘は危険だと教えておいたはずだろうに・・・!」
 自分も悪いが、考え無しのフィリアの行動にも腹が立って1人ごちる。
 戦いが長引けば長引くほど自分を見失う事を忘れたのか。
「お前達はここを離れるな。私は彼女の所に行ってくるよ。」

「・・・行かない方がよろしいのでは?」
 また別の方からした声に、眉を寄せてカイはそちらを向く。
「―――デュクタ、それはどういう意味かな?」
 彼はカイの隊の副官であり、また彼とは正反対のタイプである事からいつも意見が合わなかった。
 カイの行動とは常に対立していたが、今日は最悪にタイミングが悪い。
 急がなければならないのに何故止めるのか。
「今から行っても間に合いませんよ。それとも死ぬおつもりで?」
 挑発にも似た態度で彼は言う。
「間に合うかどうかは行ってみなければ分からない。それとも・・・お前は何かを知っているのかな?」
 睨み据えたカイの目を 彼は目を閉じて外した。
「・・・いえ。何も。」
「―――そうか。・・・アーサス!!」
 もう1人の副官をカイは呼びつけ、彼は急いでカイの所へと飛んでくる。
「何でしょう?」
「私とフィリアが帰って来ない時はお前が隊を率いて戻りなさい。そろそろこの戦闘は終わるから。」
「は、はい!」
 元気の良い返事を聞くと、笑ってカイは彼の背中をぽんと叩いた。
「任せたよ。」

「・・・本当に死ぬおつもりですか。」
 呆れたような彼のセリフにカイは不敵に笑う。
「お前が何を知ってるかは知らないが・・・ それで死んだら私の運命もそこまでという意味だろうね。」
 怖れを知らない彼の強さはまさにそこにあると思った。
 そして自分は絶対に敵わないと、デュクタは悟る。
「それに 愛しい者を置いて行くほど私は冷たくはないよ。」
 いつもの軽い調子で言うと 彼は強く翼を羽ばたかせた。

「愛してはならぬ者を愛するから・・・」
 苦しそうな声で、誰にも聞こえない言葉をデュクタは吐いた。



 この感覚は何だろう・・・
 さっきから目の前が霞んだようにしか見えない。
 周りに味方は居ないはずだからどうでも良い事だけれど。
 迫り来る者達を感覚だけで薙いでいく。
 手応えはあるようだが 敵がどのくらい居るのかは全く分からない。
「まぁ・・・ 別にいくら居ても構わないけどな。」
 要は倒せば良い事だ。
 それが私の存在意義なのだから。


「フィリア!」
 彼が彼女の姿を見つけた時 彼女は最後の敵を薙いだところだった。
 けれど彼女の周りの緊張は解けていない。
 錫丈を手に持ち、周囲の気配を探っているようだ。
「フィリア・・・?」
 戦闘はすでに終わっている、全ての隊にも退去命令がすでに出ている。
 けれど彼女はまだ敵の気配を探っているのだ。
「・・・目が、見えていないのか?」
 彼女の異変に気づきはしたものの、それはただ事態がより深刻だと分かっただけだった。
 我を失いかけた彼女に 声は音としか届かない。
 迂闊に近づけば敵と認識されて攻撃を受ける。
 だからといって このまま彼女を暴走させてしまえば誰彼構わず殺してしまうだろう。
 もう時間が無かった。

「―――やはり運命なのだろうね。」
 諦めにも似た表情が彼の顔に浮かぶ。
 薄々と気づいてはいた。私はそろそろ消されるのだろうと。
 隠された歴史を知ってしまった時から、ずっとそんな予感はしていたのだ。
「しかし、フィリアにその役を負わせるとは 主も何をお考えなのか・・・」
 決心のわりに軽めの口調で彼は呟く。
 まぁ、私もフィリアだからこそ 止めようと思ったのだが。
 今から起こる事 全てを覚悟して、彼は拳に力を込めた。
「・・・でも 私は後悔はしていないよ。」

 君を愛してしまった事は・・・・・・

 そしてカイは武器を何も持たずに 彼女の目の前へと飛び出したのだった。



<コメント>
彼女の口調が安定しないのはわざと。
親しい者以外には男みたいな口調になるのです。
そう考えるとカイはやっぱり彼女にとって特別だったんですよね。
ああ、なんだかいろいろな思惑が・・・
ってかどうでも良いキャラにも名前が・・・(汗)
絶対的なタテ社会って哀しいものだね。



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