血色の天使 その4





「―――!!」

 ドスッ

 反射的にフィリアは向かってきた者の腹に錫丈を突き刺した。
 それを抜けば相手は消滅する。ただそれだけで終わるはずだったのだが。
 しかし 錫丈はそれっきり動かなかった。
「フィリア!!」
 何かが聞こえた。
「目を覚ませ! フィリア!!」
 腹部への激痛に耐えながら、彼は必死で訴えた。
 彼女を止められるのは自分だけだ、そう心に言い聞かせて。
 躊躇無く刺された錫丈は貫通して その先は彼の血で真っ赤に染まっていた。
「自分を取り戻すんだ!!」

 ――――――!

 前の霞みが消え失せ、1番に飛び込んできた状況に彼女は愕然とした。
「カ・・・イ・・・・・・?」
 私は何を・・・ 私が彼を刺した・・・!?
 彼が咳き込むと 金の錫丈の上に赤い滴がぽたりと落ちる。
 それを見たフィリアの顔から血の気が失せた。
「遅くなってすまないね・・・ でも、良かった・・・・・・」
「!」
 力無く倒れようとした彼の身体を フィリアが腕で支える。
 そしてゆっくりと地上のある場所へ降り立った。



「ごめんなさい・・・っ こんなつもりじゃなかったの・・・・・・」
 流れた涙が彼の頬に落ちる。
 片腕で彼の肩を支え、もう片方は抜く事もどうしようもできない錫丈を持っていた。
 抜けば彼は消えてしまう。そのままでもいずれは同じ運命だけれど。
 何故こんな事になってしまったのか、自分の行いを後悔せずにはいられない。
「―――君のせいじゃない。・・・これは私の意思だ。」
「・・・え?」
 静かに微笑って 彼はフィリアの涙をそっと拭く。
「・・・・・・後悔はしていない、君に会えて幸せだった。・・・愛しているよ。」
 次々と流れる涙が止まらない。
「私も・・・ 私も貴方が好きなの・・・ 意地を張ってばかりだったけれど・・・ ホントはずっと好きだったの・・・・・・」
 素直になれなくてごめんなさい。
 こんな事になる前に、もっと早く伝えていれば良かった。
「知っていたよ・・・ こんな身体で無ければキスくらい返したいところなんだけれどね・・・」
「カイったら・・・」
 挑発でも嘲笑でもなく、初めてフィリアは純粋に微笑った。
 そこでカイはとても満足した気分になる。
 最期でも、彼女の笑顔を見れただけで、何故だかとても満足だった。

「フィリア・・・ 君はここに居るべきじゃない。今なら何処へでも行ける。」
 途切れそうな言葉をゆっくりとした口調で繋ぐ。
「貴方が居ないのに、何処へ行けば良いかなんて分からないわ・・・」
「何処へでも良い・・・ 誰にも捕まるな、フィリア・・・」
 君には自由に生きて欲しい。
 けれどフィリアは首を振る。
「無理よ。だって私は赤翼の天使、何処に居ても分かってしまうわ・・・」
「―――やっぱり心配だね、君を1人置いて逝くのは。だからずっと傍に居て守りたかった・・・」
 彼の手がゆっくりと差し伸べられる。
 何かを言いたげなその表情にフィリアは顔を近づけた。
「カ・・・」
 同時に引き寄せられて 2人の唇が重なる。

 サァ―――――・・・

 それはほんの一瞬の出来事。
 次の瞬間、彼の姿は風となって掻き消えた。

「――――――・・・」
 彼女に残されたのは、血の跡すら残らない錫丈と、引き寄せられた手の感触、そして一瞬だけの、キスの感触・・・
 もう 涙すら流れなかった・・・



「・・・そろそろ戻るぞ。」
 デュクタが身を翻したのに、アーサスは驚いてそれを止める。
「まだお2人が戻ってきていませんよ!?」
「彼は「帰って来なかったら戻れ」とお前に言っただろう?」
「でもっ まだ分からないじゃないですか!!」
 帰って来ると信じているアーサスはそれを認めようとはしない。
 しかし全てを知っているデュクタは それが無駄な事だと分かっていた。
 2人は絶対に戻っては来ない。
「・・・いくら待っても無駄だ。全ては主の御意志のままに―――」
「え?」
 意味がわからなくて アーサスはきょとんとして聞き返す。
 けれど彼は2度と口には出さなかった。

「―――私は彼が嫌いだった。だが、決して裏切りたかったわけじゃない。」
 独り言のように彼は呟く。
「だから止めたのだ。だが知っていても彼は自らその道を選んだ・・・」
 愛する者の為に。
 自ら死という運命を受け入れたのだ。
「どういう意味ですか??」
 アーサスは首を傾げる。
 彼にはデュクタが何の事を言っているのかさっぱり分からない。
「・・・年若いお前はまだ知らない方が良い事も在る、という事だよ。」
 意地悪そうに彼は笑った。




 それから数日、彼女は行方を晦ませた。
 逃げたのではないかという憶測が飛び交う中、神はこう言ったのだった。
「フィリアは逃げはせぬ。必ずここへ戻って来る。」
 あの者が帰る場所はここ以外には無いのだから。
 そして、その言葉通り彼女は突然現れたのだ。


「何者だ!!」
 槍を十字に交差させ、門番は彼女の進路を阻む。
 乱れた髪を掻きあげて、彼女は感情の無い表情で彼らを見据えた。
「―――名はフィリア。誤って上官を殺してしまった。捕まえてくれ。」
 それを聞いた途端、門番達は血相を変えて上へ報告に行ったのだった。

 ―――待ってて。私もすぐにそこに逝くから・・・・・・



 彼女が捕まってから裁判まで、あまり日数はかからなかった。
 それは彼女にとってもとてもありがたいものだった。
 今はもう 何もする気が起きなかったから。

「貴女が死ねば良かったんだ!」
 その言葉に顔を上げる。
 彼女はかなり取り乱した様子で叫び続け、それを止める者も居なかった。
「どうしてあの方が死ななければならなかったの!? どうして貴女じゃなくあの方が!?」
 彼女の事はよくは知らない。
 だが彼を取り巻いていた女達の中の1人なのは確かだ。
 そう言いたくなるのも無理はない。
「貴女なんか消滅してしまえば良いんだわ!」
 涙で潤んだ目で 精一杯の蔑みの言葉を浴びせる。
 けれどフィリアはその涙が美しいと思った。
 彼の為に流される涙、それは彼が愛されているという証。
 彼女の横を通る時、小さな声で呟いた。
「・・・・・・」
「――― え・・・?」

 "―――私も そう願っている・・・"



<コメント>
あーもう めっさ切り難い(汗)
切りたい所とページ数が合わないのよぅ・・・
ヒト(天使だけど)が死ぬシーンって難しいね。
感情移入し過ぎちゃって 想像は出来ても文字に起こせない。
重要なシーンで1番書きたい所なのに書けないジレンマ・・・



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