Tear Spring

第1幕「いつかこの日が来ると・・・」
(第1回〜第2回)




 春、それは様々な花が咲き人々に安らぎを与える1番穏やかな季節。
 話の始まりはちょうどその頃、1つの小国から―――・・・



 ―ロークワット王国城内―

 外の麗らかな空気に相反するように部屋中にはぎすぎすした空気が立ち込めている。
 その原因は1人の姫君からだった。

「お父様  これはどういうことですか!?」
 ロークワット王国第1王女リアが父王につめよっている。
 膝下まである長い髪、バランスがとれた体、整った顔立ち、
 他に類を見ない美貌を持った姫は怒りを抑えきれない様子で王を睨んでいた。
「黙っていたのは悪かった。だがお前ももう16だ。そろそろ結婚をと考えていたところだったのだ。」
「だからってどうして私がシーダー国の王子の・・・側室になどならなければいけないのです!?」

 この国は諸国一の銀の産出国、そして彼女はその美貌だけでなく政治に関しても男並みの才を見せる。
 まさに誰もが欲しがる理想の姫君。
 当然求婚者も後を絶たず、相手に困ったこともない。
 それなのに正妃ならともかく、何故側室なんかにならなければならないのか納得がいかない。

「・・・・・・だいたいシーダー国は求婚者の中には入っていなかったでしょう?」
 要するに今回のコトは「こちらから」もちかけたことになる。
 シーダー国といえば最近急激に大きくなった国で確かに勢いはある。
 これで我が国の利益になる事といえば・・・
 「・・・ああ、そういう事ですか・・・・・・」
 
 ギクッ

「大国のシーダー国と手を結んでいれば他の国も手を出せない・・・そう考えたんですね、お父様は。」
 最近大国2つが一触即発状態になり、たいていの国はどちらかについている。
 王としては目的のためなら手段を選ばないアクラム国より若くても友好的なシーダー国の方がいいと考えたのだ。
 とはいえ姫の意思を無視したのには変わりなかった。
 リアの視線は冷たい。

「―――変更はできないのですか?」
 そう尋ねたのはリアの兄であるルディスの側近のリークだった。
 彼は国一番の強さを誇り、その強さで王達の信頼も厚く、このような場での発言も許されていた。
 ちなみに国1番の美形でもある。
「・・・残念ながらそれは無理だ。先方も大賛成らしいからな・・・」
 あの有名なロークワットの姫君相手に断る理由などあろうはずもない。
「・・・そう、ですか・・・・・・」
 ここで断ったらこの国は終わりだ。
「・・・・・・わかりました、行きます。・・・国のためですもの、仕方ありませんわね。」
 それが王家に生まれた女の運命ならば。
 諦めたようにリアが言った。
 しかし言葉とはうらはらに手はドレスを握り締めていて、納得はしていないのが誰にでも理解できる。

「・・・失礼します。」
 リアはそう言い残すとドレスを翻して早足で部屋から出ていってしまった。
「姫!?・・・あ、私も失礼させていただきます。」
 リークもそう言って一礼すると慌ててリアを追うように出ていった。


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 リークが部屋を飛び出して時にはすでに彼女の姿はなく・・・
「っ・・・!」

 しかしまったく迷わずに彼は進路を変える。
 こういう時に必ずリアが行く場所を彼は知っていた。
 きっと彼女はそこにいる。

 姫―――・・・

 バサッ
 彼の白いマントが風を受けてなびいた。



 中庭を抜けてしばらく進むと花園がある。
 そこは迷路のような造りになっていて、よく手入れされ刈りいれられた高い木々が延々と続いている。
 それでもリークは慣れた様子で右へ左へ他は見向きもせずに進んで行き、ある古びた扉の前で止まった。
 錆びて開きそうもないその扉は彼が手をかけて引くと割と簡単に開く。
 そして中にはすでに人が居た。

「姫! リア姫様!!」
 枠で囲われたその空間いっぱいに埋め尽くされた赤や黄の草花たち。
 ここの花たちは誰からも干渉されていない。自然に伸びる花たちは自由で思い思いに風に揺れる。
 そしてその中央に彼女は立っていた。
「―――リーク・・・」
 振り向いた彼女の瞳にたまっている涙。
「やはりこちらにいらっしゃったのですね。」
 安心したように微笑み、リークが目の前まで来るとリアは彼に抱きつく。
「リーク・・・」
 自分の胸の中で泣いている姫をリークは優しく抱きしめ返した。

「お役に立てなくてすみませんでした 姫・・・」
 貴女の涙はもう見たくないというのに。
「2人の時は姫って呼ばないでって言ったじゃない・・・」
 怒っているようにも悲しんでいるようにもとれる声でリアがつぶやく。
 それを聞いたリークは少し困ったように笑った。

「―――姫、もう終わりにしましょう・・・姫はシーダー国へ嫁がれるのですから。」
「っ嫌よ! たとえそうでも私が好きなのはリークだけ!!」
 さっきより強く彼の服を掴む。

 お願い言って! 一言でいいの!!

「―――私は姫には幸せになって欲しいのです。私との事は全て忘れてシーダー国の王子様を愛して差し上げてください。」

 私が欲しいのはそんな言葉じゃない!

「どうして・・・? 私のコト嫌いになったの!?」

 それを言うために追いかけてきたの!?

「・・・そうではありません。姫が大切だから言っているのです。」

 !

 手が、自分を抱きしめるその手が震えていた。
 彼の声はいつも通りだったけれど、無理に感情を抑えてこんでいるのがわかる。

 本当は言いたいのよね  "行って欲しくない"って。
 でも言えないのが貴方らしいわ。
 でも私はそこも好きなのよね。

 小さく笑ってリアは息を吐いた。
「―――リーク お願いもう一度だけ"リア"って呼んで・・・」
 リークから彼女の表情は見えない。
「・・・リア。本当ならずっとそばに居たかった―――・・・」
 リークは彼女を強く抱きしめる。
 本当は永遠にこの手を離したくはない。
「これが最後ね・・・リーク・・・ありがとう・・・・・・」
 リークの方を見上げてにっこり笑うと、リアは彼の腕からゆっくりと離れる。
「さよなら―――・・・」
 少し悲しげな表情で、それでも精一杯の微笑みを残して彼女は行ってしまった。
 その後ろ姿を名残惜しそうにリークは見つめる。

 "さよなら" か―――・・・

 
 リアが扉から出て行ってしばらくリークはそこを動けなかった。
「・・・ふーん、そういう事だったのか。」
「!?」
 声に驚いて顔をあげると扉にルディスが寄りかかって立っていた。
「お、王子!? いつからそちらに!?」
 あまりに突然なことにいつも冷静なリークが珍しく気が動転してあたふたしている。
 逆にルディスは落ち着いた様子で中に入ってきた。
「安心しろよ、誰にも言ったりしないさ。でも驚いたよな お前とリアがそういう関係だったなんて。」
「・・・・・・はあ・・・・・・」
 耳まで真っ赤になってリークは返事をする。声もどこか抜けた感じだ。
「いつからだ?全く気づかなかったぞ俺は。」
 誰よりも長く、誰よりも近く2人と居たはずなのに。
 ずっと見ていたはずなのに2人の変化に全く気がつかなかった。
 
「―――いつからだったんでしょうね・・・」
 遠い過去を思い出すように少し笑ってリークは言った。
「はぐらかすなよ。」
「違います。本当にいつからだったのか覚えてないんです。」
 いつのまにか、気がつけば彼女を受け入れていた。
 姫君とただの騎士の恋など、決して許されないことだと解っていたはずなのに。
 けれど己の気持ちを偽り抑えることはできなくて。
 それに罪があるのなら彼女に罪はない。彼女は何も知らなかったのだから・・・
 罪は彼女を拒めなかったこと、自分も彼女を求めてしまったこと。
 そして・・・
「・・・私は間違っていたんですね。これはその代償でしょうか。」
 どこかで甘えがあった。
 いつか認めてもらえるかもしれないと、夢物語のような事を考えて。
 そして一瞬でそれは崩れ、結果彼女にも傷を負わせてしまった。
 片想いで終わらせていれば苦しい思いをするのは自分1人で済んだはず。
 そう思うとやはりあの時心を偽ってでも拒むべきだったと思う。

「姫を見送る時 私は笑顔でいられるでしょうか・・・」
 リークが小さくため息をついて言う。
「ムリに笑わなくてもいいんじゃないか? 見送りたくないなら欠席すればいいんだし。理由くらい俺が作ってやるさ。」
「ありがとうございます。でもちゃんと出ますよ。」
 そう言ってルディスに笑いかける。
 彼女が嫁いでしまったらもう2度と会えないかもしれないのだ。
 最後、可能な限りずっと彼女を見ていたい。
「俺にはそれくらいしかしてやれないしさ。できるなら力になってやりたかったけど これはどうしようもないもんなぁ・・・」
 困ったと頭を掻く。
 もっと早く知っていたら他にできる事があったかもしれないと、後悔は後を絶たない。
「いえ・・・そう言ってくださっただけで十分です。」
 そういうリークはやけに冷静だ。

 私は―――・・・・・・

 けれどそれは声にならなかった。




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