Tear Spring

第2幕「彼女がウワサの姫君か」
(第3回〜第4回)




 風が優しく吹いて青く茂った木の葉を揺らす。
 その大きな木の太い枝に腰を下ろして、彼は風の音を聞いていた。
 上を見上げれば一面の緑、葉と葉の間から差し込む光も鮮やかな緑色だ。
 涼しい風と風の音だけの静かな世界。
 ココは誰も来ないし昼寝には絶好の穴場だ。


「―――シウス様!」
 その沈黙を破るかのように突然大きな声で名前を投げかけられた。

 !?

 ズルッ

「わっっ!!?」
 ちょうどいい具合に眠り始めた所だったので突然の事に驚いてバランスを崩しかける。
 
「突然呼ぶな! 危ねーだろ!!」
 咄嗟に隣の枝に掴まって何とか持ち直し、元のように座って下に向かって叫んだ。
 遥か下にその声の主が見える。

 そっか・・・こいつだけはココを知ってるんだっけ。 

 心の中で舌打ちをする。
 彼より2歳年上の、彼にとって一番身近な側近。
 幼い頃から一緒なわけだから彼の行動範囲くらい知っていて当然である。
「サーズ! 一体何の用だ?」
 俺の昼間を邪魔しようってんだからそれなりの理由だろーな。
 じゃなかったら明日の哲学サボってやる。
「何の用だじゃありませんよ。もうすぐ姫君がいらっしゃいますから早く準備して下さい。」
「あー・・・」
 気のない返事を返して幹に体を預ける。

 そういや今日だっけか・・・

「シウス様!!」
「・・・今行くさ。」
 やる気なさげに言ってあくびをした後 わりと太い枝の1本を握る。

 ガサガサッ

 木全体が数回揺れて、

 ザッ

 緑の葉と一緒にシウスが降ってきた。
 そして彼はサーズの真横にきれいに着地する。
「お急ぎください!」
「・・・そう急ぐ必要もないだろ。」

 急かすサーズの忠告も流してあくまで足はゆっくりだ。
「―――だいたい俺にはすでに7人も側室が居るのにどうして増やすかな。」
 俺自身 後宮になんて興味もないというのに。
 どこかの姫君だとか貴族の娘だとか 顔も知らない女たちと勝手に結婚させられるこっちの身にもなって欲しい。
 いつだって突然で いつだって勝手に決まっている。

「仕方ないじゃないですか。王では姫君と年齢が釣り合わないんですから。」
 自分より年下の義母君がいても良いんですか? とサーズが聞いてくる。
「どうしてそこまで話が飛ぶんだよ・・・ そんなにしてまで迎えなきゃならない姫なのか?」
 シウスのすっとぼけな問いに一瞬空気が凍った。
「シ、ウスさま・・・ それ 天然なんですか・・・?」
 サーズの声は完全に呆れが入っている。
「お相手はあのリア姫なんですよ!? 王だって姫君の年齢がもう少し上だったら御自分の妃になさってましたよ!」
「・・・はぁ?」
 サーズの熱弁もシウスにはまだいまいちピンと来ない。
「・・・だから ロークワットの姫を手に入れてこっちに何の得があるんだよ。確かに銀は必要だけどさ。」
 その表情は本当に純粋な疑問を持っていた。

 なんか嫌な予感が・・・

「―――・・・ま さか リア姫をご存知ないとか言いませんよね・・・・・・?」
 ちょっと不安になっておそるおそる尋ねる。
「知ってるわけないだろ。俺キョーミねーもん。」
 さも当然のように自信たっぷりな返事が返ってきた。
 それを聞いた途端 サーズは はぁ・・・ と額に手を当ててため息をつく。
 
 本気ですかぁ・・・? 

 頭がくらくらする・・・
「―――これは興味ないとかの問題じゃないですよ! いいですか? この際他の姫君には興味を持たれなくても構い
 ませんからこれだけは覚えておいて下さい!!」
 ビシィっと指を立て力いっぱいに言ってシウスに顔を近づける。
「リア姫といえば 美の女神の化身、絶世の美女と謳われる姫君。けれど彼女の本当の魅力はそれではなく彼女の持つ
 政治判断能力にあります。それは現在最高の指導力を持つと言われている兄君様と並ぶほどだとまで。」
 多少なりとも誇張された所はあるかもしれないが、彼女がその能力に長けている事は事実である。

「へぇ・・・ そんなにすごい姫なのか。」
 素直に感心するシウスにサーズはため息をつくしかない。
 彼はサーズが言いたい事にまだ気づいていない様だ。
「・・・ですからっ どこの国も彼女を欲しがったんですよ。そして―――その筆頭がアクラム国の王子。」
「!」
 そこでシウスの表情が変わる。
 やっと気がついたようだ。
「ロークワットはこちら側に付いたんです。これでかなり私たちが有利になりますよ。」
 サーズがにっと勝ち誇ったように笑う。
 小国ながら他の国と平等に渡りあえるロークワット国は敵にまわれば非常に厄介だが味方になれば心強い。
 姫が嫁ぐというのはそういう事。
 国同士の信頼関係のためだ。

 ―――でもそれって・・・・・・


 --------- 


 彼女を初めて見た時、確かにサーズの言う通りだったと思った。

 今回王の強い希望で リアは後宮入りする前に特別に王へ謁見を許可された。
 表向きはロークワットとの国交の関係だというが、ただ王が評判の美姫を見てみたいだけだったりする。


 そして
 入ってきた彼女を見た途端に その場がしんと静まり返った。

 今の季節に合わせた 薄桃色のドレス。
 上からかけられた透かしのレースには小さな花の刺繍が散りばめられている。
 絹糸のような金の髪は結い上げられ、歩く度に髪飾りの鈴がチリンと涼しげな音で鳴った。
 同じ銀細工の 緻密な模様が刻まれたブレスレットやイヤリング等も美しい。
 けれど 彼女の美しさはそれ以上に周りを惹きつけてしまう。
 そして彼女を包む気品に満ちたオーラも いっそう彼女を引き立てた。
 
 はぁ・・・誰もが欲しがるわけだ・・・・・・

 王の隣に立っていたシウスは驚いた様子で彼女を見る。
 まだ女には興味がないと言い張る彼でさえも納得する程の美しさ。
 その場にいる男性は 王でさえも言葉を失って半ば呆然としている。

 リアはシーダー式の挨拶を完璧にやってみせ、顔をあげるとにっこり微笑んだ。
「お目にかかれて光栄ですわ 国王陛下。」
 そう言った後にちらりと目だけで周りを見る。
「―――本日のお召しは私の力量をお測りになるためでしょうか?」
 笑顔のままで穏やかに けれどきっぱりと言い放つ。
 たかが姫1人の謁見にこの数は大袈裟なのではないか と言っているのだ。
 けれど言っている事が正しいとはいえ 普通一国の王相手にここまで言い切れるものではない。
「・・・これは なかなか食えない姫君だ。」
 苦笑いしながらも嬉しそうに王が言う。
 噂が過大評価されているわけではない事を確信したからだ。
「最高の褒め言葉ですね。」
「・・・あと10才年の差が縮まっていれば私の妻にしたのだがな。」
「ち、父上!?」
 もちろん冗談ではあるがこのセリフにはシウスも周りもぎょっとなった。
「あら、それは残念でしたね。」
 けれどその言葉をリアは笑顔で受け流す。

 それから2人は2つ3つほどの言葉のやりとりを交わした。
 一見穏やかでどちらも笑顔ではあるけれど、その内容は裏があるような際どい会話でその度にシウスや周りは命が縮まる思いをした。
 

「―――シウス。」
 突然王が話題を振る。
 視線はリアの方を向いたままだ。
「・・・はい?」
「―――お前の新しい側室は素晴らしいな。お前にも彼女と対等に話せるくらいになって欲しいよ。」
 声はリアまで聞こえない。
 今日は久々に楽しい会話ができたよ。と言って彼は立ち上がる。
「シウス、姫君を部屋へ。」 
「あ、はい。」
 そうして他は何も言わずに奥へ入っていった。

 え・・・・・・?

 すれ違った時シウスは一瞬我が目を疑う。

 笑ってる・・・?

 初めてだった。
 今まで余裕な時とか人を見下したような笑みは見たことあったけれど。
 今のは本当に純粋な笑い。
 きっと1人を除いては誰も見たことがないはずだ。 
 やっぱり彼女は只者ではないと思った。



 後宮内には側室を含めたくさんの女性たちが住んでいる。
 すれ違う時女官たちは端に寄って頭を下げているが、通り過ぎた後にリアに向けられる視線は敵意に満ちていた。
 たぶん他の側室のお付きの女官だろう。
 ライバルが増えたのだから仕方のないことだとリアは思う。
 代わりに彼女の女官たちが睨み返していたが。


「こちらが新しいご側室 リア姫様のお部屋でございます。」
 先導の女官が説明し、扉を開ける。

「あ、王子様。」
 彼から離れる間際に 彼女はシウスに視線だけを向けて上目使いで見た。
「これだけは言っておきますわ。」

 ?

「私 後宮の・・・王子様の寵争いなどには興味ありませんので。」
 にっこりと笑う。
「ですからご安心ください。」
 それだけ言ってさっさと部屋に入っていった。
「・・・・・・・・・」
 ビックリしたというか彼女の言葉に度肝を抜かれてシウスは言葉を失う。

 見透かされたのかな・・・

 俺が後宮の争いに辟易してる事に気づいたのだろうか。
 同時に面白い姫だなと思って興味を持った。
 でも最初は本当にそれだけだった。




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