Tear Spring

第4幕「コレは・・・何だ?」
(第8回〜第9回)




 ずっと今のままで... 
 それは哀しいくらい儚い願い。
 ガラスの糸で作られた今の関係が永遠に変わらないなんて あるはずがないのだから――――


 時は過ぎて 風が少し温かくなった頃。
 ・・・とはいえシーダー国はロークワットよりも南に位置するため暖かくなるのも早く、リアが来てからはまだ
 1ヶ月しか経っていない。

「・・・帰ってくるなり何処へ行かれる気ですか?」
 父王の執務の手伝いから帰ってサーズとの会話もそこそこに、シウスは急いで着替えを済ませた。
「え? 思ったより早く終わったからリアの所に行こうと思ってさ。突然行って驚かすのも楽しいかなーと。」
 まるで子供のようにワクワクしている。
 それにはサーズもちょっと面食らってしまった。
 そんな子供のような表情を見たのは本当に久しぶりで驚いたのだ。
「前は暇さえあれば裏の木に登って寝てらしたのに・・・ 最近行かれませんよね。」
 何にも興味も示さず サーズが呼びに行くまでただ木の上で寝ているだけ。
 王子がそうなったのはいつからだったか・・・

 確かあれは3人目の側室が来て次期王としての教育が本格的になった頃――――
 無邪気な笑顔も己を高めようという意欲も無くしてしまっていた。
 それで何も出来なかったのは自分もそうしてしまった1人だったから。

「あー・・・そういえばそうだな。でも今はリアの所に行く方が楽しいし。」
 思い出したように言うシウスにあの頃の面影はない。

 確かに最近は行く日を楽しみにしてらっしゃいますよね・・・

 必死で新しい話題を探して出かけていく様子は見ていて微笑ましい。
 全ては姫のおかげだと。
 王子を救ってくれた彼女には感謝している。
 けれど、
 できればこのまま愛し合ってくれればと、彼女の気持ちを知っていながら2人が結ばれることを望んでしまう
 自分がいる。

 結局は私も自分が可愛いのだな・・・

 償いを彼女に任せようとするなど。
 そこまで考えてサーズは心の中で自嘲気味に笑った。
「―――シウス様、頑張ってくださいね。」
 裏のある笑顔。だけどシウスは気がつかない。
「ああ。少しでも追いつけるように頑張ってくるよ。」
 やっぱりそっちの意味に取られたか、と予想していた返答にサーズはさらに笑顔を返す。
「頑張るのはそれだけですか? 私には最近は姫君に会える方を楽しみにしてらっしゃるように見えましたが?」
「え!!?」
 案の定図星を指されたように顔が真っ赤になる。
「ち、違っ! 俺はただ・・・っ」
「はいはい、早くしないとあまり長く居られませんよ。」
 シウスの反論も虚しく 追い出されるように部屋から出されてしまった。



「違うのになぁ・・・ サーズのヤツ信じてないし・・・・・・」
 ぶちぶち言いながらリアの部屋の前までやってくる。
 
 コンコンッ

「―――あれ・・・?」
 いつもあるはずの返事がない。
 不意打ちを狙っただけにちょっとがっかりした。
「・・・出かけてるのかな?」
 でもさっき見た時中庭には誰も居なかった。
 不思議に思って扉に手をかける。


 フワッ

 開けると風が頬をかすめてすぎていった。
 全開に開かれた窓から風が入り込んでカーテンを大きく揺れさせている。
「・・・あーあ。」
 見てシウスは呆れた。
 窓際に置かれたテーブルの所でリアが椅子に座って眠っていたのだ。
 テーブルの上の本が風にページをめくられてパラパラ音を立てていた。
「こんな所で寝て・・・」
 ふぅとため息をつく。
 まぁその気持ちはわからなくもない。
 涼しい風と昼下がりのぽかぽかとした陽射しは昼寝には最高だ。昔は暇さえあればやっていたからよく解る。
「ベッドまで連れて行くか・・・」
 このままにしておくのも何なのでひょいとリアを抱き上げた。 


「・・・軽いなぁリアって。」
 思っていたより軽い彼女に少々驚きながらもベッドまでつれて行ってそっと降ろす。
「まぁこんな細い体じゃ当然か―――・・・ ん?」
 足元にある何かが足に触れた。
 どうやら風で落ちたらしいその手紙を拾う。
「―――って読めない・・・・・・」
 公用語じゃない言葉も何となくは読めるが、あくまで何となくで北の小国の言葉なんてほとんど読めるはずもない。
「兄貴から・・・ってわけじゃなさそうだな。字が違う。」
 ルディス王子の字は何度か見たことがあるが、彼の字とはクセが違うようだ。
「・・・じゃあ誰から?」
 ほとんど解らない文字の列を読み下げながら差出人の名を探す。
「あ、あった・・・ えーと"リー"・・・ "リーク=レジェンション"・・・?」
 どこかで聞いた事があるような名前。
 というよりかなり有名な名前だったような・・・
「! ルディス王子の側近!!」
 思い出した。"リーク=レジェンション"・・・ロークワットの最強剣士。
 サーズがたまに話してくれた有名な剣士だ。
「・・・そんな人物が何故姫に手紙を?」
 純粋に疑問を持つ。
 嫁いだ女性に血縁でもない男が手紙を送るなんて常識外れな事を、彼のような有能な人物がするはずがない。
 もし可能性があるとすれば2人が恋仲であるとか―――・・・

 ドクンッ

 嫌な予感に鼓動が高まる。
「まさか、そんな・・・」
 でも彼女は初めて会った日 なんて言った?
 「興味がない」・・・今思えばアレは「"他に好きなヒトがいるから"興味がない」と言ったのかもしれない。
 自分でも解るくらい動揺している。
 なんだろう この気持ちは。 胸の奥がもやもやして気持ち悪い。

「―――リーク・・・」

 ビクッ

 不意にきこえたリアの寝言に心臓が跳ね上がりそうになった。
 幸せそうな寝顔、きっと楽しい夢を見ているのだろう。
 けれどそれがさらにシウスの不安を掻き立てる。
「・・・ウソ、だろ・・・・・・?」
 視界がグラッと揺れる感じがした。
 自分が今立っているのか しゃがんでいるのかの感覚もない。


「シウス様・・・?」
「!!」
 突如耳にはいってきたリアの声に反応して咄嗟に手紙を机の上に置く。
「あら・・・私いつの間にか寝ちゃってたのね。」
 体を起こしてあくびを1つ。
 まだ頭は本調子じゃないらしく、視点が合っていない。
「シウス様はどうしてこちらに・・・?」
 ボーっとした頭でリアが聞いてくる。
「え、いや ちょっと来てみたら寝てたから・・・ 疲れてるようだからもう帰るよ。」
「別に そんな・・・ もうすぐトリナたちも戻ってくるでしょうし。もう少しゆっくりしてらしたら・・・」
「いいよ ホントに。じゃあまた。」
 そそくさと別れを告げて出て行こうとする。
 この空間から早く出て行きたい。

 リアも眠い頭なので無理に止めようとはしなかった。
「べッドまで運んでくださってありがとうございました。」
 後ろでそういう声がしたけれど、ろくに振り返りもせずにシウスは部屋から出て行った。



 何でこんなに嫌な気分にならなきゃならないんだ・・・!?

 廊下の柱に寄りかかる。
 今まで経験したことのない感情に戸惑いを隠せなかった。
「・・・ンなんだよコレはっ!」

 ドン!

 壁にこぶしを叩きつける。
 でもただ痛いだけでこの感情はどうしようもなかった。


 自覚のないココロ。
 ガラスの糸が音を立てて崩れ始めていた―――・・・


 ---------


 もらった手紙の1枚目をルディスはひと通り読んで、2枚目はリークに渡す。
「一体何書いてんだか・・・」
 椅子の肘掛けに頬杖をついてルディスが疲れたようなため息をついた。
 カモフラージュのために嫌いな手紙を書くのは仕方ないと思う。
 リークがリアに手紙を送るのは不自然だし、それで2人を助ける事になるなら。
 そう思ったから協力したのだ。

 けどっ・・・!
 1回じゃなかったのかよ!?

 もう今回で5回目だ。さすがに辛くなってくる。
「そうおっしゃらないで下さい。」
 リークが顔をあげ苦笑して言った。
「手紙といっても内容は姫君らしいものですよ。シーダーの麦の収穫量から不作地域の徴収量の限度量、
 +その対策、とか。」
「・・・なんだそれ・・・・・・」
「早速首を突っ込んでらっしゃるようですね。おそらく王子殿下からのご相談でしょう。」

 答えが出せなかったんですね 姫。

 昔から負けず嫌いな所があって、それなりにプライドも高いから解らないなんて周りに悟らせたくなくて。
 そんな時は決まって助けを求めにやって来た。

 くすっ

 変わってないなとリークは顔を弛める。
 頼られてる自分が嬉しかった。
 私になら弱い部分を見せてもいいと姫は照れながら言って・・・

「―――意外と余裕だよな。」
「何がです?」
 手紙を見つめ、返事の内容を考えながらリークは手紙を閉じる。
「リアと王子がそれだけ親密だとは考えないのか?」
 国の事を並んで考えるなんて正妃になるような女がやるもんじゃないのか?
 その言葉にリークはルディスの方を反射的に見た。
 けれど驚いたという風ではなく、どちらかというときょとんとしている様子だ。
「・・・そうですね。」
 少しの間の後、リークは笑って言った。
「けれど姫の性格ではもしそうなった場合 私に手紙を出そうとはなさらないでしょう。」
 正直で嘘が苦手な方だから。
 愛されている自信があるとかそういうのではなくて長年一緒に過ごしてきた経験での答え。
 分かっているからこうして穏やかでいられる。

「・・・お前ら別れたんだろ・・・・・・?」
 前と全然変わってねーじゃん。
 ただ俺が知っているというだけで何も変わっちゃいない。
 その言葉はちょっと嫌味で言ったつもりだった。
「―――キツイ事おっしゃいますね。そんな図星指さないでくださいよ。」 
 少し歪んだ口元だけの笑みでリークは返す。
 考えないようにしていたのに。
「・・・できないんですよ、どんなに冷たく引き離したくても。」
 これ以上傷が深くなる前に2度と振り向かないくらい突き放したい。
 すぐに忘れ去る事ができるくらいに傷つけて。
 だけどそれを許さない つのるばかりの感情。
 それは彼女を受け入れた時と同じ。
 同じ過ち。
「私は弱い人間です。・・・結局は自分が傷つく事を恐れているんですね。」
 彼女の幸せを願いながら それでも彼女の気持ちがココにあることにホッとしている。
 そんなに愛しているならこうなる前に連れ去れば良かったのに、そんな勇気もなかった。
 そして今はこんな状態が続けばなどとくだらない事を考えている。
「滑稽ですね・・・」
 暗い光が射す瞳。笑みは自嘲に変わっていた。
「・・・いや、そこまで言わなくても・・・・・・」
 自分の発言に後悔したルディスがフォローに入る。
 まさかここまで深刻に悩むとは思わなかった。
「いっそ余裕なんて持てないくらい拒絶された方が良いんでしょうね。」

 オイオイ・・・

「でも・・・もし拒絶されたらお前どうするんだよ。」
「―――別にどうもしないんじゃないですか?」
 けろっとして答える。
「は・・・・・・?」
「さっきの本気にしました? 私がそんなに深刻に悩むわけないじゃないですか。」
 暗い表情は何処へやら。いつもの冷静なリークだ。
「んなっ・・・!?」
 騙された!?
「あ、でもさっき言った事や思った事は本当ですよ。ただ私は姫を愛していて たとえ姫君が心変わりをしても
 私のそれは変わりませんから。フラれた時はその時でソレで終わりです。」
 それが遅いか早いか ただそれだけのこと。
 昔を悔いたってもう姫は手に入らない。
 残るのは思い出だけだ。
 どうしてもっと早く行動しなかったんだろうなんて、思うことはしょっちゅうだけどそれでどうにかなるもの
 じゃないから。

「・・・心配して損した・・・・・・」 
 ケッとルディスは目をそむける。
「―――まぁフラれて生きてる保証はありませんけどね。」
「・・・!!?」
 ぼそりと呟いたリークの言葉が耳に入ってきて、ルディスは驚いて彼を見た。
 けれどリークはいつも通りの平然とした表情でそんな様子は微塵もない。
 聞き間違いかとも思ったけれど、ルディスはその言葉が頭から離れなかった。




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