Tear Spring

第6幕「俺は・・・無力だ」
(第13回〜第14回)




 元に戻った2人の関係、
 端から見れば何も変わっていないように見える。
 以前と何ら変わりのない平穏な日々。
 ただ1つ、芽生え育ちつつある彼の想いを除けば―――・・・


「伝えないんですか?」
 サーズから勉強中に突然、何の前触れもなく問われた質問にシウスはしばらく考えた。

「―――ああ。リアの事か。」
 思い出したら思い出したで特に何も思ったりはしていない。
 まるで昨日の夕食の献立でも思い出したような感じだ。
「答えがわかっているのに言う必要もないだろ。」
 彼女には他に好きな人がいて、その相手とは恋人と呼べる関係にある。
 今 告白したとしても結果は目に見えていた。
「・・・もし言って、それでまたギクシャクしてしまったら意味がないだろう?」
 せっかく前のように接していられるのに。
 いつも隣で一緒に笑っていられる関係に戻れたのに。
 話しやすい友達、この距離が1番居心地が良くて楽でいい。
 だから今気持ちを伝えるつもりは毛頭なかった。

「・・・それでシウス様は良いと?」
 変に突っかかってくるサーズに眉をひそめる。
「いーんだよ。今のままでいることが誰にとっても1番良いと思うからさ。」
 何か文句あるか?というような目つきで彼を見た。
 他に何か良い方法でもあるっていうのかよ。
「―――――」
 サーズはすぐに返事をしなかった。
 何故か哀しそうな表情でこちらを見ている。
 その表情に何か見透かされているような気がするけれど「何か」はまだわからない。
「・・・そんな関係が、いつまで続くのかわかりませんよ。いつかきっと崩れます。」
 返ってきたのはキッパリとした断定の言葉。
「シウス様が御自分の気持ちに気づいてしまった以上、もう今までのように過ごす事は不可能です。」 
「っ! 確証もないのにそんなわかった風に言うなよ!」
 見透かされた「何か」。それはこれだ。
 考えないでいた事を目の前に突きつけてくる。
 俺の本当の望みは違う事、仮初めでしかない今の平和な日常。
 サーズの言葉は友達でいたいと思い込ませている自分の心を揺り動す。

「―――そうですね。まぁどこまで保てるか見てましょう。」
 あくまで崩れる事限定なサーズに、シウスとしては意地でも負けたくなくなってきた。
「・・・絶対続けてやる。」
「楽しみにしていますよ。」
 宣戦布告にはにっこり微笑み返される。

 全っ然信用していないなコイツは・・・

 何かもうリアへの気持ちを抑えるとかどうでも良くなってきた気がする。
 とりあえず今はコイツを負かさせたい。



「―――なぁリーク。」
 ルディスがぼけっと窓に頬杖をついて外を眺めながら尋ねる。
「はい? 何か?」
「・・・最近急に手紙来なくなったけどさ、リアの奴どうかしたのか?」
 自分としては大嫌いな手紙を書かなくていいから楽なんだけど。
 けれどちょっとは心配だ。
「それが――・・・」
 少し困った風に頬をかき、
「あちらの王子殿下にバレちゃったみたいで。」
 ドジですねぇ姫君は。と言って笑う。
 とはいえあははは〜と笑える状況じゃないのだが。
 現にルディスの顔はひきつっている。
「・・・ちょっと待て。冗談じゃないぞ!? シーダー国敵にまわしてどーすんだよ!」
 後宮入りした姫が他の男とできてるなんて反逆罪並だ。
 けれど笑ってる場合じゃないのに何でそんなに余裕なんだ。
「お前何考えてんだよ!?」
「大丈夫ですよ。"何も変わらないから"と言われたそうです。ただしばらくは自粛すると書いてありましたけど。」
 何故王子がそう言ったのかはわからない。
 けれどたぶん、王子も彼女の魅力に気が付いたのだろう。
 1度手に入れたら2度と手放したくない。彼女は相手をそんな気にさせる。
 それは自分が1番よく知っている事だ。
「・・・自信がなくなってきましたねぇ・・・・・・」
「? 何か言ったか?」
「いえ。」


 それぞれの想い。
 届くのはどちらに?


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 いつだっただろう・・・
 小さい姫君が最初に私を好きだと言ってきたのは。
 あの時は笑っていた。
 まさか本気だとは思っていなくて。
 それからもずっと想い続けてくれるなんて思ってはいなくて。
 それに気づいたのは本当にずっと後のことだった。

 ずっと妹のように思っていた。
 それは永遠に変わらないと思っていた。 

 けれど

 少女も成長し、大人になる。
 驚くほど美しくなってこちらの心を惑わせ始める。

 そして―――・・・

 気がつけば彼女の気持ちを受け入れていた。

 知っていた。
 いつかは彼女を傷つけること。
 わかっていた。
 これが束の間の夢だということ。

 だけど自分の感情を抑えきれなかった。
 いつの間にか心を縛られていた。
 彼女の強さ、弱さ、優しさ、儚さ・・・全てに惹かれていった。
 愛してはならない人を愛してしまった。


「・・・姫君はご存知ないのでしょうね。」
 足元の草花が風に揺れる。
 貴女が思っている以上に私は貴女を愛しているのです。
 毎晩私がどんな思いで過ごしているかなど知る由もないのでしょうね。

 首にかけたチェーンを引っ張り出すと、その先には淡いピンクの宝石がついた指輪。
 姫君のお気に入りで私が誕生日にプレゼントしたもの。
 とても大切にしていらっしゃった。
 片時も離さず身に付けていて、それを外していたのを見たのはたった1度だけだった。


「ねぇ キレイ?」
 もうすぐ嫁ぐ姫君。
 遠くへ行ってしまう彼女。
 私の前、正確には兄君に挨拶をしに来た時彼女が私に言った言葉。
「ええ、とても・・・」
 笑えていただろうか。
 それは彼女の表情を見ればわかる。
 泣きたげな哀しい顔をしていた。
 今の私はきっと笑っていない。
 最後だから笑っていたいのにそれは到底無理な事だった。
 愛する者が永遠に遠くへ行ってしまうのに笑えるはずがない。

「リーク・・・ 私、あの指輪はもうはめないから。」
 そう言われて彼女の指にあるべきはずのその指輪がないことに気が付いた。
「そう、ですね・・・」
 私に関する全ての物は置いていくと約束した。
 指輪はその筆頭。
 そしてそれが最後の言葉。
 別れの言葉など言えるはずもなく、礼だけしてその場から逃げるようにいなくなった。


 けれどあの言葉の真意は後になるまで気が付かなかった。
 私のブレスレットがなくなり、その指輪がそこに置いてあるのを見るまで。



「―――あの時は言葉を失いましたよ。」
 血の気が引いて倒れるかと思った。
「・・・でも それに強く注意もせず今こうして持っているところを見ると私も未練だらけのようですね。」
 呟いて苦笑いをする。

 まだ彼女を愛している。
 それはずっと変わらない。ずっと、永遠に。


「あ、やっぱりココにいた。」
 ひょこっと入口から顔を出したのはルディスだ。
「もうすぐ出征式が始まるぞ。」
「あ、すみません。わざわざお迎えに来てくださったんですか。」
 時間も忘れて物思いに耽ってしまった。

「・・・そういや出征前ってお前いつもどっかに行ってたよな。」
 思い出したように尋ねる。
 不意に姿を見せなくなり、しばらくするといつの間にか戻ってきていた。
 毎回それが不思議でならなかったのだが。
「―――ここに来てたのか?」
 リアと。

 リークは笑う。
「ええ。ここで必ず無事に帰ってくるようにと言われていました。」

 ―――絶対によ? 私を置いていかないでね。

 大切な人を失う悲しみを知っているから。
 その言葉は本当に強い思いが込められていて・・・
 リークも彼女を悲しませたくないという気持ちになった。


「やっと謎が解けたぜ。」
 ずっと不思議だったコイツの秘密。
 今さらだけどさ。
「ここって城から見えねーんだもん。」
 城の周りに生えた木々と、窓の微妙な死角にあるこの空間。
 誰にも見つからないはずだ。
「見えたら秘密になりませんって・・・」
 姫君は先王の王妃、彼女の祖母からここの事を聞いたという。
 他に知っている者はいない。

 リークにだけ教えてあげる!

 嬉しそうに案内してくれた姫君。
 それから2人の秘密の場所になった。
 彼女は辛い時にはここへ来て、私が来るのを待った。
 思い出が1番深い場所だ。


「何してんだ 急ぐぞ。」
 立ち止まって入口の扉を見つめていたリークをルディスは振り返って呼ぶ。
「あっ はい。」
 返事をしてもう1度だけそちらを見た。

 姫・・・私にご加護を―――・・・

 バサッ

 心の中で呟くとマントをなびかせ早足でルディスの元へ向かった。




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