Tear Spring

第7幕「悲しみ以外に何が得られるのでしょう・・・」
(第15回〜第17回)




「・・・ねぇ やっぱり?」
「間違いないみたいよ。」
 トリナを含めた女官たちが部屋の隅で固まって小声で話している。
 リアは多少訝しげな目で見ていたが、彼女たちの噂話はそう珍しい事でもないので放っておいた。
 今日はシウスも来ないので別に不都合はない。

「―――で姫様は?」
 1番背の高い女官がトリナに尋ねる。
「当然のごとく 全くお気づきじゃないわよ。」
 そっち方面にはサッパリ疎いから。
 きっぱりとトリナは答える。
「うっわ・・・ 殿下かわいそー・・・・・・」
 周りは同情を隠せない。
「だってそれって殿下も気持ち伝えてないってコトでしょお?」
「・・・自分の側室に告白ってゆーのも変だけどね・・・・・・」
 側室相手に気持ちなんか伝えなくても何したって普通はOKのはず。
 しかしリアの場合は最初に宣言しているし、まずシウスの性格からしてできっこない。
 強く出る事が出来ないのだ。
「殿下って性格良すぎだもんねぇ・・・」
「今どき貴重なくらいお優しいものね。」
 全員がうなる。

 そんな性格の方だから姫様に相応しいと思っているけど。
 アクラムの王子だったらきっと好きにはなっていない。
 けれど、
 この時代、時には非道にならないと国は保てない。
 ルディス王子はああ見えて割といい性格をしてらっしゃるから。
 諸国一の指導力を持っていると言われるのも、その感情に流されない冷静な判断力を持つが故のこと。
 同じ立場に立った時、シウス王子が同じように考えられるか。
 あの方の優しい性格がアダになりえないという保証はない。

「前途多難ねぇ・・・」
 姫君に仕える者としては何としてもくっついて欲しいものだが。
 我が主君の方にその気が無いのではどうしようもない。


 コンコンッ

『!?』
 突然の訪問客にリアが応対するため出ようとしたので、周りは慌てて止めトリナが開けに行く。

「! これは・・・殿下。 どうかなさいましたか?」
 来るはずのない訪問客の顔に驚いて、トリナは半ば呆然とした様子で言った。
「ああ、明日からしばらくここへ来れない事を告げに、ね。」
「・・・?」

 とりあえず中に入ってもらい、お茶を出そうとしたらすぐ帰るからと言って断られた。
「―――しばらく来れないとは?」
 本を閉じてシウスを見たリアの表情はあまり機嫌が良いとはいえない。
 けれどそこから感じ取れるのは会えなくて寂しいとかそういう可愛らしいものではない。
 危険を察知した獣のような、緊張感を持った瞳。
 リアは何かに感づいているようだ。
「・・・さすがだね。実はしばらくこっちには帰ってこられそうもないんだ。」
 明日から城に缶詰になりそうだと困り果てたように言う。
「何処と、ですの?」
 戦争の準備でしょう?
 そういうリアにシウスは苦い表情を返した。
「―――いや、シーダーじゃないよ。」
「え? では一体・・・」
 シウスは何故か言い難そうにリアを見る。
 でも言わないわけにもいかない。
「それが・・・ ロークワットなんだ。西の国境付近でミラ皇国と対峙している。」
『!!』
 リアだけじゃない、今の言葉には全員が驚いた。
「それで援軍を出すか出さないかで意見が真っ二つ。で、結局とりあえずは様子を見ようって事で。」
「どうしてすぐに出せないのですか!?」
 そう言ったのは女官の1人。
 彼女の父はロークワットの第2将軍だ。
 彼女の気持ちは誰もがよくわかる。

「―――そう簡単にはいかないのよ。」
 シウスより先にリアが答えた。
「時期が時期ですものね。そしてミラの現王妃はアクラム王の姉君。もし援軍を出せばアクラムとの全面対決は避けられない。
 ・・・それが意見が分かれている理由でしょう?」
「本当に貴女には敵わないな。そ、我々が戦争を始めてしまえばかなり大規模なものになってしまう。今はまだそういうわけ
 にはいかないんだ。」
 同盟を組んだのだから援軍を出すのは当たり前と考える者と、アクラム国との事を考えて止めるべきだと言う者。
 それはいつまでも平行線で最後まで決まらなかった。

「・・・ミラ皇国が今仕掛けてきたのはバックにアクラムが居るからですわね。けれどアクラムはシーダーが干渉しない限り手は
 出しませんわ。」
「あ、やっぱり貴女もそう思う?」
 父上も同じ事を言っていた。
「ええ。ミラについてもアクラムがけしかけたのでしょう。狙いはこの国、ロークワットはエサみたいなものですわね。」
 そう言うリアの表情は厳しい。

 やはり全面戦争になるのも時間の問題か。
 アクラムは本気だ。
 あちらがその気ならもう今までのように避けてばかりもいられない。

「―――援軍は送らなくてもよろしいと思いますわ。」
「・・・どうして?」
 祖国に対しての言葉にしては意外だった。
 国力はほぼ同じ、お互いそんなに余裕もないのだ。
 なのに援軍が要らないとどうして言える。
「お兄様ならきっと要らないとおっしゃるわ。相手がミラだけなら、の話ですけど。」
 シーダーが援軍を送らないならアクラムも動かない。
 それが確かなら相手はミラ皇国だけだ。
「兵力が互角ならあとは統率者の技量でしょう? ミラなんてお兄様の相手ではありませんわ。」
 どの国も今まで手を出せなかったのはそのおかげ。
 これは決して妹だから言っているのではない。
「ミラもバカな事を・・・ アクラムに上手く乗せられたとも知らないで・・・・・・」

 考えたのはどうせあの男なんでしょうね。
 アクラムの第1王子・・・ ミラがロークワットに敵わない事も知ってて言ったのだわ。
 相変わらず卑怯な男―――

「リア・・・?」
 突然黙ってしまった彼女に不思議そうに話しかける。
 どうしたのだろう。
 明らかに彼女のアクラム国に対する態度は良いものではない。
「リ・・・・・・」
「何でもありませんわ。」
 次の瞬間にはにっこり笑っていた。
 その笑顔は有無を言わさせない。
 笑顔なのに何故か威圧感があるのは気のせいではないだろう。

 ふ、触れられたくないのかな・・・

「え・・・えっと、俺もう行くよ。サーズが待ってるからっ・・・」
 これ以上機嫌が悪くなる前にシウスは部屋を出ていった。


 ---------


「シーダー国からの援軍は来ないそうだ。」
『!!?』
 軍本部の早朝会議の場でルディスが言った言葉に周りの顔色が変わった。
 来ないはずが無いと思っていただけに、彼らの動揺は並ではない。
「それは真ですか!?」
 そう聞いた いかにも将軍らしい風格の第2将軍の顔色もあまり良くない。
「・・・ここで嘘を言っても仕方ないだろう。」

 ざわっ

 最後の望みが断ち切られてしまったと全員が顔を見合わせる。
 ただルディスだけがやけに冷静だ。
 頬杖を付き目を閉じたままでそれ以上彼らの話に加わろうとはしない。
 そしてあともう1人、彼の肩脇に立つリークも。

「我々は一体どうすれば・・・っ!」
「殿下! もう1度書簡をお送り下さい!!」
 こちらとて負けるわけにはいかないのだ。
 今のままでは国力も互角、いつ不利になってもおかしくはない。
 ところがルディスはちらっと彼を見ただけですぐ面白くなさそうに再び目を閉じた。
「・・・何故そんな事をする必要がある。」
「!? 何を言っておられるのですか! 今の我々には少しでも多くの戦力が必要なのですぞ!!?」
「今の状況をお分かりないのですか!?」
 帰ってきた非難は1つではなかった。
 この状況で少しも慌てない態度は冷静なのではなく
 逆に諦めているのではないかという考えに達して不安になったのだ。

「わかってないのはお前達の方だろ・・・」
 呆れたといったふうに大きなため息をつく。
「シーダー国王は噂通りの賢王だな。こちらとしても援軍は来ない方が良い。」
「なっ!? 一体何を・・・!?」
「これ以上戦いを拡張されても困るだけだ。シーダーの敵は1国じゃない。」
「っ!!」
 言葉に詰まる。
 そしてやっと気が付いたのだ。
 我が国と同様にミラの後ろにはアクラムがいる事を。

「・・・フン、私も負けるつもりは無いさ。自分の主君が信じられないのならそれでも構わないけどな。」
 しーんと静まり返った室内にルディスの冷たい一言が突き刺さった。
 何も言わなくなった重臣達に見向きもせず彼は席を立つ。
「戦闘開始までまだ時間はある。それまでに少し頭冷やしておけよ。」



「―――勝算は?」
 廊下を歩きながら横に居たリークが尋ねる。
「100%だな。」
「・・・ずいぶん強気ですね。」
 くすりと笑う。
 リークもずいぶんと余裕だ。
「当然だ。あんな虎の威を借る狐なバカ王に負けてやる気は無い。」
 自分の力量もわきまえないでアクラムに踊らされている奴なんか。
 おかげでこっちは大迷惑だ。
「でもまさかこの時期に来るとは私も思いませんでしたよ。」
 大国2つが睨み合って一触即発のこの時期に攻め込んでくるなんて。とリークも呆れ顔だ。
 今の状態はピンと張った1本の糸だ。
 それを自ら断ち切ろうとするなど。
「だから"あっち"は始めたいんだろ。」
 アクラム国・・・
 今回の事も遠回しにシーダーを挑発している。
 それに気づいているからこそあの賢王は援軍を送らなかった。

「―――まぁ こちらもあまり長引かせるわけにもいかないし明日中には終わらせないとな。」
「あの方々もうるさい事ですし?」
「父上も今日にはここに来られるしな。そろそろ決着つけてやるか。」
 何か裏のありそうな笑みをリークに向ける。
 父王が来るまでわざと戦闘を長引かせていた事などこの2人以外知る者はいない。
「本気を出されますか?」
「明日、な。お前に教え込まれた術を存分に使わせてもらうさ。」
「"氷の瞳の王子様" その腕前楽しみにしていますよ。」
 絶対に我を失わない冷静な判断力を彼の瞳にかけていつしか呼ばれるようになったその名。
 リークがそう呼んだのは初めてのことだった。
「サポート頼むぜ "銀の最強騎士殿"」
 ルディスも言い返す。
 ロークワットの最強コンビに敗北という言葉はない。


 そして決戦の時がもうすぐそこに―――・・・


 ---------


 砂埃と血と掛け声の中で男たちは戦っていた。
 いつ命を失うかわからない状況の中で、それでも自分の国 そして家族を守るためには戦うしかない。
 例え それがどんなに無意味な争いだったとしても・・・
 
 この頃の戦闘は歩兵戦と騎馬が普通で、王子のような司令塔は1番見渡しやすい場所で指示を出す。
 ロークワット王は昨日の日暮れ前には到着していたが
 今日の戦闘も全てをルディスに任せて自分は1番後方で戦況を見守っていた。
 周りには危なくなったらいつでも指揮を交代するとだけ伝えて。
 けれどどう見ても今の状態はこちらが圧されているのにそういう素振りは全く見せない。

「王・・・ いつまでも任せておいてよろしいのですか?」
 さすがに心配になってきた王の親衛隊長が尋ねる。
「心配ない。」
「・・・ですがこのままでは・・・・・・」
 1番攻撃が集中している中央の隊は徐々に後退を始めている。
 それなのにこの自信は一体・・・
 見れば王子も意外に涼しい顔だ。
 元々表情を表に出さない性格ではあるがこの状況でどうしてそんなに余裕なのか。
「―――戦況を見誤るようでは王は務まらないよ 親衛隊長。」
 王が穏やかに笑って言う。
「あれは獲物がエサに喰らい付くのを待っているのだよ。まぁもう少し見ていなさい。」
 そう言ってまた戦場に視線を向けた。



「・・・もう少しですかね。」
「―――そろそろだな。」
 ルディスとリークがほぼ同時に呟く。
 そして近くに居た兵を呼んだ。
「各軍に伝令を送れ。私も出る。」



「いけるぞ! そのまま中央を突破しろ!!」
 自軍が有利になったとふんだミラの皇帝が声を張り上げる。
 ロークワットの軍は徐々に後退してきており、これを突っ切れば残すはロークワット王の直属軍だけだ。
 これで長年の夢が叶う。あの男の国をこの手に収められる。
 アクラム国が最初懸念していたような器量はあの王子にないようだ。
 ミラの皇帝は完全に勝利を確信していた。

 ・・・・・・?
 
 強い視線を感じて前を見る。
 多くの兵が動き回る中で ほぼ中央に馬に乗って立ちこちらを見ている。
 若い頃のロークワット王によく似た・・・

 ルディス王子か!

 目標が決まったとばかりに皇帝自ら先頭に立って軍を率いてそこに向かう。
 勝利はすぐそこだ。



「私はここだ ミラの皇帝―――・・・」
 まだ遠い。もっと近くに・・・・・・
「ルディス王子!」
 周りの敵を一凪ぎで倒しながらリークがこちらにやって来た。
 これだけ人が混在していても彼にはそんなに障害になっていないようだ。
「リークか。何だ?」
「あまり一所に居ると危険です。ここは確実に人が増えています。」
「・・・いや、もう少し待ってくれ。皇帝はすぐそこまで来ているんだ。」
 そう言って視線を送った。ミラの皇帝は思惑通りこちらに向かっている。
 あと少しなんだ。もうすぐこの戦いは終わる。
「とりあえずもう少し後方にお下がりください。」
 とはいえこれ以上ここにとどまるのは危険すぎる。
 戦の勝敗は数ではない、どちらの将が討ち取られるか だ。
「ああ。わかっ―――・・・! リーク!!」
 ルディスが叫ぶより早く、

 ドスッ!
                                   ツルギ
 マントの上から、深々と刺さる鈍く光る剣。
「――――・・・っ!」
 
 ザシュッ

 ひるまず己の剣を握り直してその相手を薙ぎ倒す。
 しかしその反動で刺さっていた剣が抜けてそこから血が滲み出した。マントの色が赤く染まっていく。
「リーク!!」
 本当に一瞬の出来事でルディスは何もできなかった。
「王子・・・何を、なさってるのです・・・・・・私は、大丈夫ですから・・・・・・」
 話す度に空気の抜けるような音がする。
 大丈夫だなどと誰が思うだろうか。
 珍しくルディスの表情にも動揺が見えた。
「・・・私はここに、居ます、から・・・・・・この、チャンスを、逃すおつもりです、か・・・・・・?」
 厳しい瞳で彼を見る。たとえどんなに辛そうでも人を威圧するその瞳は変わらない。
「っ!」
 そうだ 今はあの皇帝を倒す方が先だ。感情に流されている場合じゃない。
 弾かれたように視線を皇帝に向ける。
「これで終わりだ!!」
 ルディスの声が高らかに響き、それを合図にロークワット軍の動きが変わった。

「!!?」
「陛下! 囲まれています!!」
「・・・何!?」
 前も後ろもいつの間にかロークワット軍が包囲している。
 あともう少しであの男の所に辿り着けたというのに!

 ―――そこで 全ての動きが止まった。



「戦闘は終わりました。降伏しますか?」
 ルディスが前にやって来て言う。
「―――・・・ここまでか・・・」
 悔しそうな皇帝の言葉にロークワット軍から歓声が起こった。
 こちらの完全な勝利だ。

「・・・よくやったな。」
「父上。」
 ロークワット王はルディスの隣に並び笑いかける。
「あとの事は私に任せてお前はリークの所に行きなさい。」
「あ、はい!」
 急いで馬首を返す彼を見送ってからミラの皇帝の方に向き直る。
「・・・詳しくはこれから話し合いましょうか。まずは武器をこちらへ渡して貰いたい。」



 リークはまださっきの場所に居た。彼との約束を守って。
 真っ青な顔でそれでも無理に笑顔を作っていた。
 息は荒く脂汗をかきながらも、それでも笑っていた。

「リーク・・・ 今 終わったよ。」
 ルディスの言葉にリークは優しい笑みを向ける。
 それは兄のような父親のような、そんな感じの表情。
「よく、できました、ね・・・ おめで、と・・・ござ―――・・・」
 言いかけて 力が抜けたように馬からずり落ちる。
 慌てて馬から降りたルディスが彼を受け止めた。
「ガイエラ!手伝え!! 誰か!私とリークの馬を頼む!」



 パキィ――――ン

 硬い金属音。
 ひびが入って割れた腕輪が彼女の腕を滑り落ちる。
「や、やだ・・・ どうして割れたりなんか―――」
 しかも3つともなんて・・・
 足元のそれを拾う。どれも見事に1ヶ所ずつひびが入って割れていた。
「―――姫様!?」
 リアの顔を見た途端、トリナの表情が青ざめる。
「何 泣いてらっしゃるんですか!?」
「え―――・・・?」




←戻るにおうち帰るに次行くに→