Tear Spring

第9幕「目を覚ませ!」
(第21回〜第22回)




 夢よ・・・ これはきっと悪い夢・・・
 大丈夫 次に目が覚めたらきっと――――・・・


「――――・・・」
 ふ と目を開けると見慣れた天蓋の模様がだんだんとはっきり見えてくる。
 カーテンの隙間から漏れた光だけが薄暗い室内を視る事を可能にしていた。
「ゆ、め・・・?」
 起き上がって立てた膝を抱え込む。
 前髪をかきあげると汗が僅かに滲んでいるのを感じた。
 それに何故か頬がパリパリする。私は昨晩泣いていたのだろうか。
 けれど何も思い出せない。

「おはようございます 姫様。」
 部屋に入ってきたトリナは彼女の横を通り過ぎ、勢いよく大窓のカーテンを開ける。
 眩しい光が急に視界に入ってきて目が開けていられない。
 思わず手で遮ったら 反射して指輪がキラリと光った。
 他の女官たちも入ってきて彼女の支度の準備をし始める。
「姫様、何の夢を見てらっしゃったんです?」
 さっきの彼女の呟きが聞こえていたのか、ベッドの上に今日の服を並べながらトリナが尋ねてきた。
「え・・・と・・・・・・」
 聞かれてすぐにリアは答えられずに考え込む。
「――― 何だったかしら? 覚えてないわ。」
 そう、覚えていない。
 何故泣くように苦しかったのか、何故こんなに悲しい気分なのか。
 その気持ちに応えられるような答えを私は持っていない。
「そうですか。」
 そんな曖昧な返事にも彼女は特に疑問を持たなかった。
「早くご用意下さい。王がお呼びですわ。」



 父王の部屋の前 廊下でリークとルディスにばったり会う。
「あ〜 じゃあ俺はココまででいいな。」
 リアの顔を見るなりそう言ってルディスはリークをからかうような目で見た。
 リークも少し困った表情でルディスを見返す。
「お邪魔虫は消えてやるよ♪」
「ルディス様〜〜〜・・・」

「? どういう意味?」
 2人のやりとりの意味がわからずリアはきょとんとして首をかしげた。
 するとルディスがつかつかと彼女の前に来て、

 ぺちんっ

 デコピン一発。
「〜〜〜っ!!?」
 痛い額を半涙目な瞳で押さえて兄の顔を見る。
「いったーいっ! 何するのよぅ!?」
「目ぇ覚めたか? ったく何寝ぼけてんだか。」
「???」
「昨日やっと認められたんだろ。その事に決まってるだろうが。」
 あっ と気がついてリアは声を出す。

 そっか・・・昨日許してもらったんだっけ―――

 ずっと願っていた事――― リークとずっと一緒に居たい。
 昨日決心して2人でお願いしに行って・・・ 許してもらえた。
 絶対無理だと思っていたけれどお父様は許してくれて。とっても嬉しかったの。
 けれどそこで疑問が生まれる。

 どうして・・・? 私、忘れてた・・・?

 とても嬉しいことのはず。忘れられない出来事のはずなのに。
 どうして忘れていたのかしら。どうして私は泣いていたのかしら?
 疑問は尽きない。

「姫君・・・? どうかなさいましたか?」
 心配そうな顔で覗き込んでくるリークにリアは慌てて首を振る。
「え? あ、何でもないわ。」
 そうよ、そんな事はどうでもいいわ。今の私には関係ない事。
 今 私は幸せなんですもの。
 彼は隣で笑っているの。それに何の不満があるというの?

「早く行きましょっ。」
 彼の腕に抱きついて頬を寄せる。
 ずっとこうしたかった。堂々と、どこに居ても。
 もうこれ以上に望むものは何もないわ・・・

 ずっとこのままで・・・ そう、ずっと――――・・・




「リアの様子は!?」
 帰ってくるなり一直線にシウスは彼女の部屋へ早足で向かう。
 彼女の傍ではトリナがずっとつきっきりで看ていた。
 シウスの入って来ての第1声に彼女は振り向いて首を静かに振る。
「ダメですわ。このままでは姫様のお身体の方が―――・・・」
 ただでさえ細い彼女の体が今はやつれてさらに細くなっていた。

 ダン!

 怒りを抑えきれなくて机に手を叩きつける。
「一体どうすればいいんだっ・・・ このまま黙って見てるしかないのか!?」
 シウスの叫びにトリナも言葉が出ない。
 何か言いたくても自分も同じ気持ちだからだ。
 彼女が目覚めない事への焦りと自分が何もできないという怒り。その思いはもう限界に近かった。
 しかし彼らが焦るのも無理のない事・・・
 彼女が倒れてからすでに3日が経っていた。
 それにもかかわらず 彼女が目覚める気配は一向に表れない。
 日増しに細く青くなっていく彼女に彼らはなす術もなかった。

「何がここまで姫様を・・・」
 悔しい思いでトリナが独り言のように呟く。
「・・・・・・」
 そのトリナの呟きにシウスは聞こえないフリをした。
 俺は知っている・・・ 恋人の死を認めたくないから、それほどショックだったんだ。
 けれどリアが、リークが、そしてルディスが隠してきた事を自分が言うわけにはいかない。
 いくら彼女がリアを1番大切に思っていても、これだけは許すわけにはいかないから。

「リア・・・っ もう時間がない・・・ お願いだ、早く目を覚ましてくれ―――・・・っ」
 俺は貴女を失いたくないんだ。
 彼女の細い手を握って祈りを捧げる。今すぐ目を覚まして欲しい。
「リア―――・・・」


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 リア―――・・・

「・・・・・・?」
 反射的にリアは後ろを振り向く。
 けれどそこには誰の姿もなくて、ただ広い廊下が続いているだけだった。
「気のせいかしら・・・」
 その場で立ち止まって、声がしたような方向を眺めながらふと考える。
 だって全然知らない人の声だったし。
 第一 自分を呼び捨てにできる人はほとんどいない。
 今そう呼べるのはお父様かお兄様くらいで。
 リークでさえ・・・

「どうかしたのですか?」
 ひょこっとリークが顔を覗き込んできた。
 ボーとしていたところだったのでリアはちょっとビックリする。 
「ん・・・誰かに呼ばれた気がして・・・・・・」
「誰に?」
「それがわからないの。知らない人の声だったから。」
 リークが不思議そうな表情をして自分を見る。
 でも私だってわからない。
 やっぱり私の気のせいだったのかしら?
「・・・最近あまり眠ってらっしゃらないようですから疲れているのでは?」
「え・・・? そうだったかしら?」
 意外な言葉を聞いてリアは驚いた。
 私が眠っていない? そんなはずはないはずだけど・・・
 けれどそう思った後、すぐに思い直す。

 違う。覚えていないのだわ・・・

「もうすぐですからいろいろと忙しいでしょう。」
 私たちの結婚式まで あと2週間もありませんからね。
 リークにそう言われてやっとリアは思い出した。
「また、ね・・・」
 リアが大きなため息をつく。
「また・・・?」
「私 最近変なの。たまに記憶が曖昧になったり、思い出せない事があったり・・・」
 2人の仲を認めてもらった日もそうだ。
 嬉しかったのは覚えているけれど、それがどんな話だったのかなどの細かい事は思い出せない。
 だって忘れられないことのはずよ。
 その言葉1つ1つはきっと大切なもののはずなのに。
「―――今日はもうお部屋でお休みになられた方が良いのではないでしょうか。」
 それが疲れから来たものだとリークは信じて疑わない。
「でも 今日は衣装合わせがあるわ・・・」
 珍しくリアが渋った表情を見せた。
 いつもなら人の親切は素直に受け取るような娘だ。
 でもこれには理由があった。
「私が言っておきますから。」
「でも・・・」
 そう言ってもまだ迷っている。
 だって結婚式の衣装だもの。他の誰でもないリークのために着る衣装なの。
 早く見てみたい、そして着てみたいわ。

「仕方ないですねー・・・」
 言うなり彼女を自分に寄せるように遠い方の腕を掴む。
「?」
 そして軽く腰を曲げ、
「??」

 ひょい

「きゃあ!?」
 急に持ち上げられて驚いたリアは思わず彼の首に抱きついた。
「無理にでもお部屋に連れて行きます。」
「・・・ってこのままで部屋まで行く気っ!?」
「当たり前です。」
 きっぱりと言い放って彼女をいわゆるお姫様抱っこしたまま部屋に連行する。
「えっ? ちょっと待ってっっ」
 降ろしてもらおうと彼の腕の中でジタバタしてみるけれど、リークにとってはたいした抵抗にもなっていない。
 並より軽いリアに多少暴れられても歩くのに特に支障が出るものでもないし。
 けれどリアにとっての問題は逃げられないなどというものではなかった。
「お兄様にまた甘えてるとか言われるからヤメテよ〜〜」
「ダメです。」
 今の問題は貴女が休むことです と言ってリークは聞く耳持たない。
 リアはお姫様抱っこが嫌なわけじゃなくて、ルディスに見られて言われるのが嫌なのだ。
 昔から抱っこされたりするのが好きでリークにもよく後ろから抱きついたりしていたものだけど。
 けれどいつまでもリアが強請っていたものだからルディスが呆れて言ったのだ。

「リアは甘えんぼだなー」

 もちろんカチンときたけれど事実なので何も言い返せなかった。
 それ以来リアは言わなくなったのだ。
 ルディスが言ったその言葉はリアが言われて嫌な言葉の1つだから。

「いいんですよ。甘えたって良いじゃないですか。」
 腕の中に居る彼女に笑いかけてリークは答えた。
「私はむしろそちらの方が嬉しいのですから。最近の貴女は必死で感情を押し殺してしまおうとしてらっしゃる。」
 見ている私の方が辛いのです。
 静かな声で彼は言う。
 周りに何を言われても絶対に挫けないと努力しているうちに身に付けた年齢より大人びた雰囲気と態度。
 もちろんリークにはそれが彼女の精一杯の背伸びだと気がついていた。
「だから私にくらいはこういうのもいいでしょう。」
 黙ってリアは彼の顔を見る。

 リークは優しいね。
 私が欲しい言葉をたくさんくれるの。

「そうね・・・」
 今度は素直に頷いて彼の肩に頭を寄せた。

 とても優しいリーク。
 私は貴方を誰よりも愛してるわ。きっと貴方もそう。
 でも、でもね・・・

 ――本当はそんな貴方に違和感を感じているの。

 何かが違う・・・大事な何かを忘れてる気がする・・・・・・
 そんな思いが心をよぎった。
 不安だけど"何か"がわからない。その"何か"を知るのが恐いのかもしれない。
 それ以上に知りたくなかった。
 知ったら心が壊れてしまいそうに感じたから・・・




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