Tear Spring

第11幕「教えてはくださらないのですね。」
(第26回〜第28回)




 あれは・・・ 夢じゃないのよ、ね―――・・・・・・

 自分の向かい側に座っている彼を盗み見ながら、どうしようもない自分の気持ちにリアは困り果てる。
 何を話せばいいのかわからない。どんな風に接したら良いのか思い出せない。
 ふと目が合いそうになったので紅茶に視線を落として逸らした。
「・・・・・・」
 きっと 彼は困った顔をしている。
 けれどこれは予想できた事で仕方のない事だわ。
 それは彼もわかっているはず・・・


 ―――数日前、私は彼に告白された。
 返事は要らないと言われたけれど。
 だって私はリークの事が好きで、彼はそれをすでに知っているから。
 でも私は 彼の気持ちを知らなかった。自分の気持ちでいっぱいで全く気がつかなかった。
 知らずにたくさんリークとの思い出を話していたわ。
 それを彼は今までどんな気持ちで聞いていたのかしら・・・
 私だったら耐えられない。リークが他の女性の事を嬉しそうに話すなんて、絶対笑顔では聞いていられないもの。
 そう思うと心苦しくて。どうしても目を合わせられない。

 ―――の、ハズなんだけど・・・・・・

 目の前に居る彼は今までと変わりなくて。
 むしろ前より穏やかな様子で表情にも余裕が見える。
 勝手だけれどそれがちょっと口惜しく思う。
 こっちは意識しないようにしていてもどうしても出来ないのに。どうして彼の方が平気そうなのかしら。

「・・・リ〜ア。今まで通りにして欲しいと言っただろう?」
 困った感じで笑いながらシウスはリアに声をかける。
 毎日来ているのにかかわらず、ここ最近はまともに話していなかった。
「普通に話せるシウス様の方が変ですわ・・・ こっちは罪悪感を感じてますのに。」
 まだ顔を上げずにリアはぶちぶち小声で返す。
「罪悪感、か・・・ そんなつもりは無かったんだけどなぁ。」
 成り行きで告白してしまったけれど、それで後悔しているわけでもない。
 何故だかよくわからないけれど最近心が安定している。
「正直貴女の話を聞くのは嫌じゃなかったんだから。気にしなくても良いんだよ。」
「・・・シウス様はそうかもしれませんけど〜〜・・・・・・」

 シウス様は優し過ぎるわ。どうして笑顔でそんな事を言ってくれるの?
 私はそんな風に優しくされる価値など無い人間なのに・・・


 ドン!

 彼女の思考を遮るかのように大きな音を立てて置かれたのはティーポット。
 シウスは突然の出来事にきょとんとしている。
「おかわりは如何ですか?」
 にっこりと微笑んで言ったトリナのオーラは刺すようにギスギスしていた。
 シウスはそれに動じた様子もなく少し考える。
「じゃあもらおうかな。リアは?」
「いえ、私はまだ・・・」
 そういえばこっちの問題も残っていたわ・・・
 彼女の後ろ姿をちらりと見て ちりちり胸が痛むのを感じた。

「・・・なんか不機嫌だね 彼女。どうかしたのかな?」
 誰に聞くでもなくトリナを見送った後でシウスが呟いた。
 知らないからとはいえ、その言葉はリアの胸にぐさりと刺さる。
「トリナが・・・1番嫌うのは、私に隠し事をされる事ですから。」
 昔からそうだった。
 彼女の事は全て知っていないと気がすまない。隠し事をされると本気で怒った。
 忠誠心が強いほど、リアを大切に思っているほどその気持ちは強くなる。
 今もそれは変わっていないのだ。
 だからリアはトリナにだけは何でも話してきた。
 ただ1つ、リークの事だけは除いて・・・
「隠し事・・・? 俺が貴女に告白した事とか?」
 何気にシウスが言ったセリフにリアの顔が真っ赤になる。
 また思い出してしまった。
「そ、それもありますけど・・・ リークの事もまだ話していないんです・・・」
「ああ・・・ アレはさすがに言えないよな・・・・・・」
 シウスも苦い顔をする。
 リアが意識を失うほどショックを受けた原因、そしてトリナが今1番知りたい事だ。
 いくら隠し事をしているからといって、トリナはそれを無理に聞こうとはしない。
 リアが話してくれるまでちゃんと待っていてくれる。けれど彼女でも我慢の限界はあるのだ。
「・・・でもいつかは言わないといけないと思うよ。」
「ええ・・・ 私もトリナに嫌われたくはありませんから・・・」
 でもまだ勇気がない。
 それはすなわち ずっと隠してきたリークとの関係も話さなくてはいけないという事だから。
 そちらを彼女が許してくれるかがとても心配なのだ。
「きちんと話せば解ってくれるさ。彼女を信じてあげようよ。」
「〜〜〜じゃあ今夜にでも・・・」
「うん、そうだね。できるだけ早い方がいい。」
 言ってシウスが嬉しそうに笑った。
「やっといつものように話してくれたね。」
「―――・・・ スミマセン・・・ 相談してばっかりで。」
 貴方は優しく笑ってくれるから。つい頼ってしまいたくなるの。
 いけないと解っていても 甘えてしまう。
「そんなの全然構わないよ。俺としてはもっと頼って欲しいんだから。」
 好きになって欲しいわけじゃないんだ。
 ただ必要としてくれるだけでいい。笑顔を曇らせないでいてくれたらいい。
 今はまだ それだけで十分だから。
「・・・守りたいんだ。彼みたいに強くも完璧でも無いけど、今の自分の精一杯で貴女を大切にしたいから・・・」
「〜〜〜〜〜!!?」
 再び顔を真っ赤にして笑顔の彼を見る。
 ホントに最近の私はヘン。・・・というよりシウス様が変わったのかしら?
 けれど今はとにかく 顔は熱いわ恥ずかしいわでどうすればいいのかわからない。
「す、素でそういう事をおっしゃらないで下さい・・・」
 そう言ったらシウスは本気で不思議そうな表情をしてこちらを見た。



「目を覚ましたのか・・・」
 シウスから送られてきた手紙を見てルディスは安堵の息を漏らす。
 そして手紙を机の上に置くと椅子に体重をかけて背伸びした。
「あとはこれでリアが彼を好きになってくれれば、国としては良いんだけどな・・・」
 それを抜きにしても。彼女の幸せを考えるならその方が良い。
 今度は誰から見ても不都合は無い相手なのだから。
「―――でももし好きなったとしても 結ばれるのは難しいかもな・・・」
 ふぅと今度は沈んだため息をついた。
 肘掛けに肘をついて頬杖をつき、手紙を合わない視点で見つめる。
「アイツがその事に気が付かなければ問題ないが・・・ 気が付けば絶対にその事を伝えられない。」
 最期の時、リークに聞いた2人の罪の話。
 それがまた彼女を苦しめるかもしれない、リークはそう言った。
「全く どこまでも心配事の絶えない妹だな。」
 そう言ってもう1度 深く息を吐いた。


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「・・・・・・?」
 淹れてもらった紅茶を飲みながら、シウスはちらりとリアの方を見た。
 今日のトリナの上機嫌な様子から 話した事は話したんだろうけど。
 でも、リアはどうしてここまで沈んでいるんだろう?

「どうかした?」
 カップを置いてリアに問いかける。
 彼の表情から自分がどんな顔をしていたか察していたリアは、上目遣いに彼を見て目で謝った。
 そしてトリナの姿が見えなくなってから顔を上げてほっと息を吐く。
 それでもまだちらっと彼女たちが控えている方を見たりして、彼女の方をとても気にしているようだった。
「リア・・・?」
 彼女の心中が理解できないシウスは彼女の視線を追ってみる。
 でもわからない。
 何をそんなに気にしてるのかな?
 けれどさすがにずっとこの調子ではいけないと思ったのか、紅茶を飲んで心を落ち着けてからリアは軽くうんと頷いた。
 心が決まったようだ。

「あの、ですね・・・ 昨日、ちゃんと言ったんですよ。」
 そしてちょっと間が空いて。
「―――シウス様の事から。」
「あ、うん・・・」
 やっぱり恥ずかしかったのかリアの顔が赤くなったので、つられてシウスも赤くなってしまった。
「それは"やっぱり"の一言で終わってくれたんですけど・・・」
 すぐにわかったって周りも一緒に笑っていた。
 "そんなにわかりやすかったかしら?"と聞いたら、"見たままでバレバレです"と言われてしまった。
 それでちょっと緊張もほぐれてきたから、もう1つの方も勢いで言うつもりだったのだ。

「何か問題が?」
「問題というか・・・ まず倒れた理由を言ったんです。―――リークが死んだのを聞いたからって。」
 まだそれを言葉に出して言うのは辛そうだ。
 トリナたちに言った時もこんな風に少し震えた声だったのだろうか。
 けれどすぐ声のトーンが変わった。
「その時、トリナが何と言ったと思います?」
「へ?」
 突然ふられて答えに困る。
 少し間を空けて いや、わからないよと 誤魔化しの混じった笑顔で言った。
「聞いてすぐはさすがに驚いてみんな言葉を失ってたんですけど。 そうしたらトリナが
 "まだ好きだったんですか? ホントに一途な方ですね。"って。」
 感心とも呆れとも言えない感じで言ったのだ。
 その時はかなり面食らってしまった。
「それからトリナったら 昔の事まで取り出してユキナたちに話したんですよ!?」
 本人も忘れかけてた失敗談とか 私に手作りのプレゼントを手伝わされた経験とか。
 思わず耳を塞いでしまっていた。
「・・・それが沈んでた理由?」
 理由にしては弱い気がして首をかしげる。
「いえ、そこじゃなく、て・・・」
 とても言い難そうだ。
 何故かそこで視線を逸らされた。
「そんな言い難い事?」
「〜〜〜 言ってないんです・・・・・・」
 やっと聞き取れるくらいの小さい声で しかも下を向いているのでなお聞きづらい。
「何を?」
 聞き返してしばらく間があった。
「・・・リークと恋人同士だった事、を です・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「それでタイミングを逃してしまって結局言ってないんです・・・」
 自分でも情けないやら何やら。
「あ、それ、で・・・」
 やっと納得して 同時に何ともいえない少しひきつった笑みが出てきた。
 でも 1番重要な事を伝えてないって・・・
「―――ヤバイんじゃないかな・・・・・・」
「そう、ですよね・・・」
 リアもそう言いつつ、どこか安心している部分もある。
 心のどこかでまだ伝えたくないという弱い気持ちが残っていたのだろう。
 けれどそれを振り払うように首を振った。
「〜〜〜どうしてこんなに弱くなってしまったんでしょう・・・」
 こんなの今までの私じゃないわ。
 確かに多少背伸びして無理をしていたかもしれないけれど、それでも心は今より強かったと思う。
 
「だいたいトリナもトリナですっ! 私が片思い限定で話を進めるんですよ。少しは可能性考えてくれても良いのに・・・」
 ぶつぶつ言ってるリアを見て 可笑しくなったシウスは軽く吹き出した。
「リア、可愛いね。」
 みるみるうちに顔を赤くしていく彼女にまた笑う。
「初めは俺より大人びてて感心してたけど、こういう可愛い面もあると思うと・・・」
 声を殺しても笑いが止まらなくて涙が出てきた。
 笑われたのに少しカチンときてリアはムッとした表情になる。
「子供っぽいっておっしゃるんですか?」
 彼女は年下扱いされるのが1番嫌いだ。
 だから誰の前でも大人びた態度で接するのだ。
「いや。そういう所も好きだよ。」
「かっ〜〜〜・・・!!」
 さらりと言われたセリフだけれどリアの顔は再び真っ赤だ。
「からかわないで下さい〜・・・」
「? 本気だけど?」
 ワザとなんだか天然なんだかわからないがとりあえず真顔だ。
 というか本気できょとんとしている。
「とにかくご自分のセリフに自覚を持って言って欲しいです・・・」
 この熱い顔がどうにかならないかなと思いながらリアはシウスの目を見ずに言う。
 けれど当の本人はまだ理解できていないようで、首を傾げていた。



「なかなかいい雰囲気みたいね。」
 影から覗き込んでトリナが言うと他の女官たちも覗き込んでくる。
「・・・姫様のあんな表情って珍しいわよねぇ。」
「そうね。上手くいくかもしれないわね。」
 言ってトリナはあれ?と思った。ここには自分も合わせて5人のはず。
 でも何か足りない気がする。
 周りを見渡して1人居ないのに気づいた。
「―――ねぇ ユキナは?」
「ああ なんかね、姫様たちを見てたらカレに会いたくなったってさっき出て行ったわよ。」
 覗き込みの体勢のまま 首だけで見上げてティーナが答えた。
「・・・カレって あのこの前のヒト?」
 尋ねると彼女は頷く。
 こういうのは別に不思議なものでもない。
 宮ではたくさんの人が働いているし、女官たちは姫君と違って外の人と接する機会が多い。
 だからたまにこういう事も起こるのだ。

「あーあ、私もそーゆーヒト欲しいなぁ。・・・あ、そういえばトリナ。」
 突然思い出したようにティーナがトリナの方を振り返る。
「貴方ホントにここに来ても良かったの?」
「・・・え? どうして?」
「だって。恋人置いてこっちに来ちゃったんでしょ?」
 トリナの事だから 彼より姫様を選ぶのはわかっていたけど。
 彼女はその問いに苦笑いで答えた。
「いいの もう別れたから。―――元から私の方は好きだったわけじゃないし。」
 向こうからの申し出で、叶わぬ想いを抱いていた私にとっては忘れるのにちょうどいいと思ったから。
 彼の傍は安らいだけれど それ以上はムリで。
 姫様に付いて来るのは別れるいい口実のようなものだった。
 確かに姫様が1番大切だったからだけど、それも理由の1つだったのは確かだ。
「そうなんだー・・・」
 ティーナはそれ以上深くは追求しなかった。
 そんな性格が彼女には救いであったし、2人の気の合う所でもある。

「・・・いつの間にやら私ら以外居なくなったわね。」
 呆れ混じりにティーナが呟いた。


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 あれは夏の終わり、宮殿裏のバラ園に彼を誘って伝えた。
 よく晴れた日で、咲いているバラもまだ少し残っていたっけ。

 ―――姫君?

 困ったような表情で私を見つめる 紫色の瞳。
 顔を真っ赤にして言った私の言葉に、貴方はとても驚いていたわね。

 ―――6年も待ったのよ。私ももう14、言ってもおかしくない年になったわ。

 ちゃんと覚えていたのよ。
 "その言葉はもっと大きくなってから本当に好きになった人に言いましょう。" って貴方は言ったわね。
 私は今も貴方が好き。想い通せたら言おうと誓っていたもの。

 ―――もう1度言うわ。私は貴方が好きよ。・・・だから、返事を頂戴。

 やっぱり私の事は妹くらいにしか思っていないのかしら。
 けどそれでもいい。思いを伝えた事に後悔はしないわ。
 ただ、もしそうなら納得のいく答えを頂戴っ・・・

 ―――姫君、それはどういう事かわかっていらっしゃるのですか?

 すぐに彼は返事を返してくれなかった。
 わからなくて私は不思議そうな顔を彼に向ける。

 ―――・・・今すぐ今言った事を忘れて下さい。私も聞かなかった事にしますから。

 ―――・・・っっ!!

 頭にかっと血が上った。
 ずっと我慢してやっとの思いで伝えた事を無かった事になんか出来るはずがない。
 それにそんな言い方はリークらしくないわ。

 ―――嫌よ! 私は"貴方の気持ち"が知りたいの!! 理屈なんて要らないわ!!

 あの時はホントに必死だったから。
 次の瞬間 彼が私を抱きしめてくれるまで、意味がわからなかったの。
 彼が自分の気持ちを抑えようとしていた事に。
 その時初めて彼の気持ちを知ったの。それが初めて見た彼の本音だった気がするわ。

 そして私たちの 内緒の関係が始まったの・・・


「―――とうとう夢にまで見ちゃったわ。」
 クスリと笑って体を起こす。
 まだ今より幼かった頃の、怖いもの知らずだった時期の夢ね。
「・・・今ならあの時彼が言いたかった事がわかるわ。」
 躊躇った理由は私と彼の身分の事でしょう。冷静に考えれば当たり前の事、リークは知っていたのね。
「でも、気持ちはそうはいかないものね・・・」
 それに気づいた今でも私はまだリークが好きだわ。
 そして・・・貴方も同じ気持ちだったと思ってもいいのよね。

「ん〜・・・ 久しぶりに早く起き過ぎちゃったわね・・・」
 ベッドの上で思いっきり腕と背を伸ばして一息つくとベッドから降りる。
「トリナたちが来るまで本でも読んでようっと。」
 そう言ってテーブルに1番近い窓のカーテンだけを開けた。



 空は澄んでいて太陽が高く輝いている。
 今の時間なら中庭の噴水が過ごしやすいでしょう とトリナに言われて、リアは彼女だけを連れてやってきた。
 ここからは彼女の部屋は見えない。
 それは彼女の部屋が1番奥にあるせいでもあるが、それ以前にとにかく後宮は広いのである。
 部屋をあまり出ないという理由もあってか、リアは未だに全部を覚えきれてはいなかった。

 ここには彼女を含めて 現在8人の側室がいる。
 シウスはリアの所以外には行かないから関係ないが、どの女性もどこかの国の王女だったり大貴族の娘だったりする
 のだ。
 そして当然彼の寵愛を受けるリアに恋敵意識を持っていた。


「お久しぶりですわね、リア姫。 1度お倒れになったそうだけれど、もう出ても宜しいのかしら?」
 数人の女官を従えて、高慢そうな姫君が現れる。
 人を見下したように見る態度があまり好きではないとシウス様が言っていた。
 確かに彼女の自分を見る目はその通りだ。
「けれど―――王子に心配をかけさせるなど あまり好ましい事ではありませんわね。寵愛を受けているからといって、
 それだけで何でも許されるわけではないですもの。」
 "だけ"と強調されたところにトリナが反応して睨もうとするのをリアが影で制止する。
 そしてその嫌味たっぷりの言葉にリアは全く動じずに笑顔を返した。
 だってそれは事実だから。
「ウィスタリア姫。・・・確かにそうですわね。さらに貴女にまでご心配をおかけしたようで、でももう大丈夫ですわ。」
 嫌味が通じていないとわかると彼女の眉が微かに動いた。
「・・・最近王子はこちらにいらっしゃらないようだけれど? 愛想でもつかされましたの?」
「〜〜〜!!」
 さすがに今度は我慢しきれず飛び出そうとしたトリナを またリアが制止した。
「シウス様は政務が忙しくて明日まで来れないそうです。話し相手が居ないというのはつまらないものですわね。」
 リアは優越感を得る気など毛頭無いが、相手にとっては自分も知らない予定を知っているというのは何とも許せない
 ものがある。
 けれど彼女がわなわな震えだしたのに気づかない様子でリアは彼女の手を取った。
「ちょうどいいですわ。ウィスタリア姫、今から私とお話をしませんこと?」
 嬉々として、さらに目を輝かせながら言う彼女に少し引く。
 彼女が一体何を考えているのかウィスタリアにはわからない。実際彼女は何も考えてはいないのだが。
「あ・・・そういえば、この前決まったリィル国からメイプル国への麦の輸入量の増加について貴女はどう思われます?
 メイプル国王女としての意見が聞きたいですわ。」
 リアは本当に楽しそうに聞いてくる。
「わ、私に聞かないでくださいます!? 麦なんてどうでもよろしいですわっ!!」
 聞かれても全然わからない。でもこれが普通で変なのはリアの方だ。
 しゅんと項垂れて彼女から手を離した。
「そうですか・・・やっぱりこういう会話って楽しくないですよね。やっぱりシウス様がいらっしゃるまで待つしかない
 ようですわ。―――残念ですけど また。」
 軽くおじぎをしてその場から立ち去る。
 うかつにリアに話しかけるとこうなってしまうので、今ではほとんど誰も何も言わなくなっていた。



 彼が来ない事に本当はちょっと安心している。
 朝見たあの夢がまだ忘れられない。リークへの気持ちをその時再確認してしまったから。
 そしてふと彼の顔が浮かんだ時に、何故かとてつもない罪悪感に襲われたのだ。
 シウス様は私を好きだと言ってくれた。
 何万回お礼を言っても足りないくらい、彼は私のためにたくさんの事をしてくれたわ。
 だけど、私は彼に応える事はできない。
 リークを好きな半端な気持ちで彼を受け入れるわけにはいかないから。
 それで傷付くのは彼の方だもの。
 気持ちを押し殺して嘘を演じ続けたってわかる時はわかってしまう。
 だから、応えられない。
 それが今会いたくない理由。
 彼は優しいからそれでもいいと言ってくれるかもしれないけど、私の方が自分を許せなくなるわ。

「・・・姫様、何真剣な顔して黙っちゃってるんです?」
 横からひょっこりトリナが覗いてくる。
 それにビックリしてリアは現実に引き戻された。
 廊下に涼しげな風が吹き込む。
「何でもないわ。さ、早く戻りましょう?」




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