Tear Spring

第16幕「貴女はもうお気づきですか?」
(第39回〜第41回)




「ちょっと 早く来過ぎたかな・・・」
 慌しい室内の音を聞きながら、シウスは少し気まずそうな様子で尋ねた。
「いえ 別にそんな事はありませんけど。」
 くすくす笑ってリアは彼を席まで促し、自分も対位置の席に座る。
「それにしては・・・」
 女官たちは皆部屋中を歩き回っているし、部屋に来た自分に対応したのはリア自身だ。
 もしかしたら来ている事に気が付いていないかもしれない。
「シウス様が夜にいらっしゃるのは久しぶりですから。みんな戸惑っているのでしょう。」
「そんなものかな・・・?」
 リアは笑っているが 何かそれとは違う気がする。
 誰の様子も何処となく気合いが入ってる雰囲気がしてならない。

 それとも久しぶりだからオレがそう感じるだけなのかな・・・

「―――それにしても・・・ 今夜はちょっと寒くない?」
 そう言ってシウスはブルっと少し身を震わせた。
「え? そうですか? けっこう暑いですけど。」
 自分の火照った頬に触れる。
 その湯気が出ていそうな温度、そこで気付いた。
「・・・窓、閉めます?」
「あ、ゴメン。」
 屋敷は少し高い場所に建っている。おかげで夏でも夜の風はわりと涼しいのだ。
 この涼みの時間は彼女にとって日課だから忘れていたのだが。
「・・・お風呂、さっき上がったんでした。」
 体中が火照っているのだから暑いのは当たり前だ。
 それに自分は北国出身だから彼より寒いのに慣れている。
 その事まですっかり失念していた。
 窓を閉めると、最後の風が彼女の横を通って過ぎる。


「―――ホントだ、リアの髪って良い香りがするね。今の風に乗って来たよ。」
 ひょいっと身を乗り出して シウスはたった今座った彼女のまだ濡れた髪の一房を手にとった。
 そのクセの無い真っ直ぐな髪を指に絡めて遊ぶ。
「シ、シウス様・・・?」
 どう対応したものか迷ってしまって、半分強張った表情で彼を見る。
 そうされると動けないというのもあるけれど、彼の行動の意味がイマイチ掴めなかった。
 それと、雰囲気が・・・ いつもと違う。
 纏っている空気が、と言うのが正しい気がするけれど。

 私がこう思うのは変なのだろうけれど・・・
 大人びてらっしゃったのは錯覚ではないのかしら・・・?

 彼の少し伏せた瞳を見つめる。一点を凝視するようにただ、じっと。
 普通の人なら不快感を覚えるかもしれないほどに。
 けれどシウスの方はあまり気に留めない様子でその髪に口付けた。
「・・・とっても柔かいね。絹糸のようとはこういうのを言うのかな?」
「?? い、一体どうなさったんですか・・・?」
 彼の様子が変。それはよく分かったけれど。
 けれど、何が彼をそうさせたのかはわからなかった。
「ひょっとして、寝ぼけてるんですか・・・??」
 ただでさえ熱い身体がますます熱を上げていくのが分かる。
 その常とは違う自分にも戸惑った。
 彼は笑顔を向けただけで 彼女の心には気付いた様子は無い。
「どうして? 君に会いに来るのに寝ぼけている必要があると思う?」
 髪を離れた手がゆっくり上ってきて、彼女の白い頬を優しく撫でた。
 気が付けば彼との距離はぐんと縮まっている。
 耳に熱っぽい息がかかって、リアの身体はビクンと動いた。
「君の肌は強く触れれば壊れてしまいそうだね・・・」
 そして 囁き声で紡ぐ言葉は甘く、低い声は心に響く。
 言われ慣れていないわけでもないけれど、彼の口から聞くのは珍し過ぎた。
 体中の血が頭に上ってきたみたいにぼうっとなり、熱のせいで目の焦点が合わない。
 それが限界だった。

 ガタンッ

「ほっ 本を取って来ますねっ!」
 とりあえず今の状況から逃げ出す為に 後退りをするような格好で席を立つ。
 絡もうとする彼の手をするりと抜けて机の方には早足で逃げた。
 何時の間にか部屋には2人以外居なくなっている。
 その事にも今初めて気が付いた。


 い、今のは何??

 机の前で呆然として、たった今起きた事を思い起こす。
 あのまま行ったらキスでもしそうな勢いだった。
 そして自分は何もできずにただドキドキして縮こまっていただけ。
 でも 確かに最近は本当に彼の言葉に翻弄されてばかりだけれど、今夜は何かが違う気がする。
 いつもの彼はこんな風に強引に迫って来たりしない。
 言葉だけなら無意識でたまに出てしまったりするけれど行動までには表れなかった。
 それが私の気持ちを知った上での優しさだとは気付いて知っている。

 ―――けれど今は夜だから そういう気分にもなるのも仕方の無い、かも・・・

 そこまで考えて、はた、と彼女の思考が停止した。

 ・・・私 今何考えたっ!? "夜だから"って・・・・・・!?

 自分の考えに顔が赤くなる。
 「夜」という雰囲気に呑まれて自分の頭もおかしくなってしまったようだ。
 気を抜けば変な事を口走ってしまいそうな気がしてこの場を動けない。

「――― 本はまだ見つからない?」
 後ろから降ってきた声にドキッとして 振り向こうとする前に、気が付けば自分は彼の腕の中にいた。
「えっ あ・・・っ」
 何か言おうとしたけれど 声が、それ以前に言葉が何も出てこない。
 自分が何を言おうとしたのかさえ思い出せないほど。
 さらにこんなにぎゅっと抱きしめられていれば身動きすらとれなかった。
「リアの身体って温かいよね・・・」
 そう言っている彼の方が熱いような気もするけれど 今のリアにはとりあえずそれはどうでも良い。
 それよりこの体勢でこれからどうしろと言うのか。
 できることなら今すぐココから逃げ出したかった。
 たぶんこれ以上は自分の心臓がもたない。

 ところが、急にシウスは静かになってピクリとも動かなくなった。
「・・・・・・?」
 ずっとその体勢のまま、長いようで短いような、実際はそんなに長くはなかったが空白の時間が続く。 
「シウス、様・・・?」
 恐る恐る彼女が首を後ろに向けようとした時、

 グラッ

「きゃっ・・・!?」
 彼女の身体ごと、バランスを崩した2人は真横のベッドに倒れこんでしまった。
 落ちた後に柔かいベッドが大きく上下に揺れ、2人の身体も激しく動く。
 覆い被さった彼の身体で視界が真っ暗になったリアは その状況もあって軽いパニック状態に陥っていた。
 びくともしない彼の身体を必死に押そうとする。
「シウス様っ お戯れも大概になさって下さいっ」
 けれど彼はさっきから何も言わない。落ちた体勢のまま動きもしない。
 とにかくここから抜け出す為に、うんぬん唸って身体をずらしていたら突然目の前に彼の顔が現れた。
「っっ!!?」
 途端心臓が跳ね上がりそうになったが、同時に彼の様子が変だという事に気付く。
 息が通常より荒く、寒いと言っていた割に額には僅かに汗が滲んでいた。
 それを見たら急にすーっと頭が冷静に戻ってきて、迷わずコツンと額を合わせてみる。
「! シウス様!?」
 慌てて飛び起きたら、彼の身体はとても簡単にコロンと寝返った。
 けれど今はそんな事を考えている場合じゃない。
「熱があるじゃないですかっ!」
 要するに黙ってしまったのは 気を失ってしまったからで。

「トリナ! すぐに来て!! それから医者を呼んで頂戴!」
 彼女の高い声が、蝋燭のゆらゆらと燃える部屋に響き渡った。


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 大人びたのではなくて 熱があったからだったなんて・・・
 私を困惑させた言葉も笑顔も、目が覚めたらきっと覚えていないのでしょうね・・・


 小柄な老医者が一通りの診察を終えた後、「明日の朝には熱も引くでしょう」と言ったので、皆ホッと胸を
 撫で下ろす。
 彼の息遣いも今は落ち着いて、ぐっすり眠っているようだった。
 汗ももうそれほどかいてはいない。
 仕事を終えた老医者はゆっくりした足取りで帰って行った。

「朝から熱があったのに無理をなさるから・・・」
 少し後ろに下がった所に居たサーズの呟きにリアは振り向く。
「朝から?」
「・・・ええ そうです。この暑い中、寒気がするとまで仰っていました。」
 言うと スッとリアの横を通り過ぎて彼の枕元に膝を付く。
 見慣れた寝顔に落ちる髪をそっと払い除けた。
「思い当たる所はありませんでしたか?」
「・・・・・・あ。」
 お風呂上がりの自分が暑いのだと思ってしまった時の事を思い出す。
 あの時感覚が変だったのは彼の方だったのか。

「そんな無理をして来なくても 私は全く構わないのに・・・」
 確かに寂しくはあるけれど。
 だからって熱をおしてまで来て欲しいなんて言わないのに。
「姫君はそうでも この方がそうはいかないのですよ。」
 リアの方を見ずにサーズが応えた。
「お気づきでは無いかもしれませんが・・・ シウス様はこのところ殆んど眠っておられません。」
「え・・・? どうして・・・?」
 本当に気づかなかったので驚いて聞き返す。
 その時サーズが小さな溜息をついたように見えた。
「―――空いた時間を全て貴女に会う為に使っておられるからですよ。それでなくても多忙な身であるのに
 休息時間までこちらにお出でになるので・・・ 体調を崩すのは当たり前ですね。」
 その声は呆れたような怒ったような。
 そしてその対象は自分でもあるように、リアには感じた。
「・・・止めてはいないの?」
「この方は止めても聞きませんよ。・・・それだけ貴女が大切なのです。貴女の為なら自分の身はどうなっても
 良いと思ってらっしゃいますから。」
 そして初めてリアの方を見た。
「貴女にはその事を知っていて頂きたいのでお話しておきます。」
 その彼女からの返事は待たないまま 顔を1度シウスの方に戻し、サーズは立ち上がって帰ろうとする。
 元から返事は期待していなかったのだ。

「待って。」
 突然彼女が呼び止めた。
 立ち止まったものの 振り向かない彼の背中に向かって彼女は続ける。
「・・・貴方は、私が嫌いなの?」
「―――何故 そう思われるのです?」
 否定はされなかった事に リアは1度唾を飲み込んだ。
「態度を見ていれば分かるわ。違う?」
「・・・嫌いではありませんよ。ただ私も他の方同様にシウス様が1番大切だと思っているだけです。」
 トリナ嬢が姫君を1番に想うのと同じ、私にとってはシウス様がその対象なだけ。
 そうして振り向いたその表情は無に等しい。
「姫君が応えられない理由は知っていますので無理は言いませんが・・・」
 ハッとしたリアの顔を見ても態度を変えずにサーズは言う。
「そんな私が貴女に好意を持てますか? 正直私にとって貴女は無、好きでも嫌いでもない対象です。」
 リアはゆっくり目を閉じて今の言葉を受け止めた。
 この場合は自分に原因がある。だからそう思われるのも仕方の無い事だと。
「・・・分かりました。貴方が言った事は全て、シウス様の事も含めて覚えておきます。」
 その言葉を聞いて、彼はフフッと悪どい笑みを返してきた。
 少しは認めてくれたのだろうか。
「今夜はシウス様をよろしくお願いしますよ。」
 そのセリフと同時にパタンと戸が閉まった。

「トリナたちももう休んで良いわ。彼は私が看てるから。」
「え? でも・・・」
 戸惑う彼女たちにリアは笑いかける。
「良いのよ。サーズに頼まれてしまったし、今夜一晩 彼の傍で考えたい事もあるの。」
 多少心配も残るものの、ここで戻らないわけにもいかず 彼女たちも礼をすると部屋から出て行った。


 ふぅ・・・

 ベッドの脇に持ってきた椅子に腰掛けて 彼の顔を眺める。
 その、いつもより幼げに見える顔。
 そういえば彼の寝顔を見るのは初めてだった。
「今夜は逆ですね・・・」
 私はもう何度も見られてしまいましたから。
 まだ熱い手に軽く自分の手を乗せる。
「私、わからなくなってしまいました・・・」
 ポツリと独り言のように呟く。

 ―――私が好きなのはリークよ、ね?

 今まで1度も疑わなかった想い。けれど今 それが揺らぎ始めている。
 彼以外はもう愛さないと誓ったはず。そう思って私はここへ来たはずなのに。

 ―――じゃあ この気持ちは何?

 胸が痛くなる切なさと、心地好く甘い 酔いの感覚。・・・初めてじゃない気持ち。
 あの頃のような激しさは無いけれど、ゆっくりと少しずつ熱が上がっていくこの感じは。

 ―――私が好きなのはリークではないの?

 確かに今も彼への愛しいと思う心は変わっていない。
 だけど、最近思い浮かぶのはシウス様の笑顔ばかりだと気付いた。
 忘れたくないのに 覚えておきたいのに リークの笑顔が薄くなっていく。
 だから分からない。私が好きなのは一体どちらなのか。 

 ―――ワタシガ スキナノハ ・・・・・・ ダレ? ――ダレ・・・?


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 今日の場面は、いつもと違っていた。



 寒い―――・・・

 吐いた息は白く、吸うと喉の奥がちりちりと痛む。
 あてもなくただひたすらに歩く私は 何故歩いているのかさえ分からなかった。
 霧は手を伸ばした先も見えないほど濃く、足元の氷はいつ薄くなって割れるのかも知れず。
 ヒールが鳴らす音はその場だけに聞こえて遠くへは行かない。

 ――― 覚えて、らっしゃらないのですか?

 ふと聞こえた声にリアは立ち止まった。
「リークの、声・・・?」

 ――― その方が良いのかもしれませんね・・・

「リーク!? 何処っ!?」
 けれど精一杯の声は響かずそこに留まる。
 どの方向を向いても変わらずの濃い霧、声の方向すら分からない。

 ――― 彼なら 貴女のすぐ傍に居る。

「え?」
 今度は声音はリークのもの、だけれど明らかに彼ではない者の声がした。
 変わらず声の方向はわからない。
「・・・・・・?」
 言葉の意味を理解したつもりは無かったけれど。
 不意に足元の氷を見下ろす。
「――――!!」

 ダン!

 割らんばかりの勢いで足元の氷を掌で叩いた。
 けれど もちろんその程度で厚い氷にヒビが入るわけは無く。
 凍えそうな冷たい氷の感触だけが手には残る。
「どうして・・・!?」
 氷の棺に眠るように、別れた時と変わらないリークの身体がそこには在った。
 届きそうで届かない歯痒さ、触れたくてもあるのは麻痺しかけた冷たいという感覚だけ。
「どうして彼が・・・」

 ――― それは罪の証。彼が償う罪の重さ。

 さぁっと突然霧が晴れ、そこが見渡す限りの氷原だという事を初めて認識した。
 ただ 雲が無いのにそこには照らす光が無い。
「どういうコト!?」
 相手が何処とも分からない、虚無の空に向かって彼女は叫ぶ。
「彼が何をしたと言うの!?」

 ――― 彼の罪は貴女の罪。まだ思い出さないか?

「? 何のコトを言って・・・?」
 私にはわからない。私たちがどんな罪を犯したというのか。

 ――― いずれにせよ 貴女も同じ運命を辿る・・・

 ピシッ ピシピシ・・・ッ

「えっ!?」
 足元の氷に大きなヒビが入る。

 ガボッ

 !!?

 考えるまもなく、リアは割れた氷と共に冷たい水の中へ放り込まれた。
 手が悴んで思うように動かない。
 肌がピリピリと痛み、身体中が重く感じる。
 僅かに開いた目が、だんだんと離れていく水面の光を捉えた。

 上へ――――
 思って手足をばたつかせても、何かに引っ張られるように身体は下に沈んでいく。
 息が、出来ない。
 目もこれ以上は開いている事が出来なくて固く瞑った。
 でもその前に一瞬だけ、自分が落ちていく場所を見てみた。
 何処までも続くような深く暗い闇と、そして先にリークが居た気がする。
 彼と一緒なら良いかもしれないと、抗う事を止め 身体の力を抜いた。

 ガシッ

「?」
 上がっていた片方の腕を温かい手が強く掴む。
 その途端に息苦しさが消えて、身体が上へと上がっていったのだ。



 すぅっと意識が冴えて、リアはゆっくりと目を開ける。
 そこは自分の部屋で 昨夜座ったままベッドに突っ伏して寝てしまったのを思い出した。
 そして、
 放り出した腕をしっかりと掴んだ彼の手が目に入る。
 身を起こしてまたソレを見たリアの表情が綻んだ。
「―――また、助けて頂きましたね。」
 今の夢のせいか 暖かい部屋に反して冷えきった身体、けれどそこだけがとても温かい。

 どうして貴方はいつも私を助けてくれるのでしょう・・・
 どうしてこんな私を大切だと言って、想って下さるのでしょう・・・
 私は今また、リークに付いて行こうとしてしまったのに・・・

 夢の場面を思い出して、自分の考えにもびくりと身を震わせた。
 抗う事を諦めて力を抜いたあの瞬間、私はまた"死"を選ぼうとしていた。
 シウス様が無意識にでも掴んでくれなかったら、私はどうなっていたのだろう。
 そう思うと心が冷える。

 そして、夢の人物が言った私たちの罪だというモノ・・・
 お兄様が隠した"リークの話"と関係している事はわかっているけれど。

 リークは今の夢のように重い罪だと苦しんでいたのかしら?

 あまりにリアル過ぎて、どうしてもただの夢だとは思えないリアはついに考え込んでしまった。
 今の夢がこれから起こる「何か」を示唆しているようで それがとても不安で。
 その「何か」が今のシウス様との温かい日々を壊してしまいそうな、そんな漠然とした不安がある。
 思い過ごしなら良いと、そう ただの思い過ごしだと今は考えていたい。


「・・・ココは・・・・・・?」
 突然聞こえた呟きにドキッとして 今までの考えを振り切る。
 身を乗り出して彼の顔を見た。
「シウス様、お気づきになったのですか?」
「あ、あれ・・・? リアがどうして・・・」
 事態が全く飲み込めていない彼に、リアは少し複雑な笑みを浮かべる。
「ここは私の部屋です。お倒れになったのを覚えていませんか?」
「・・・え? 倒れた? ・・・ええっ!??」
 かなり驚いた様子で彼は聞き返してきた。
 そして「そういえば昨夜の記憶が無いや」とハハハと空笑う。
 予想通り彼は覚えていなかった。
 それが残念なようなホッとしたような、複雑な心が少しだけ表情に漏れる。
「今度からは私を気遣ってばかりではなくて ご自分の身体も心配してくださいね。」
 リアの言葉と表情を照れたのだと解釈したシウスは微笑ってハイハイとだけ言った。

「・・・熱はもう大丈夫ですか?」
「ん〜 自分じゃよくわからないよ・・・」
 少し考えて、手招きでリアに顔を近づけさせる。
「?」

 コツン

「―――もうあんまり変わらないかな。」
 自分とリアの額を突き合わせて比べ確かめたのだ。
「〜〜〜!!?」
 突然急接近した顔にリアの心臓が飛び出そうになる。
 みるみる顔が赤くなってきたのに気がついたリアは慌てて彼から離れた。
「? リア?」
 部屋が暗いので 離れてしまうとその表情はよく見えない。
 今の反応は一体何なのか。シウスにはさっぱり理解できない。
 いつも、問い質す時辺りにやっている事なのに。
「・・・と、トリナたち 呼んで来ますねっ!」
 誤魔化すように 急ぎ足でそこから逃げた。
「エ・・・・・・?」
 残ったのは意味がわからずに呆然としたシウスのみ。


 そういえば、
 「リークに付いて行こうとした私」と、「シウス様に引っ張られて戻ってきた私」はどっちが本物なのかしら・・・?
 火照った顔を叩いて抑えながら、漠然とそう思った。
 その答えはわからない。今は、まだ・・・




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